第三章 8
本体が地上から二メートルの位置にある。
脚というより、腕が妥当だろう。
その腕の四本が地面に、二本が樹にしがみつき、残る二本が間合いを取るように前に伸ばして漂っていた。
僕を警戒しているようだ。
振り返ると、倒れているエンプティの左腕がなく、右脚が潰されていた。
間に合わなかった。
後ろに突き飛ばしたが、相手の攻撃が脚に当たってしまったのだ。でも、その隙に一発、入れてやった。敵は、不意を突かれたと思っているだろう。
敵は、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
歩くだけで何本もの腕を動かさないといけないなんて可哀そう。
あんなに重い体で、不自由だろう。
ピンクに塗装された体は、目立っている。
相手の間合いに、入った。
一番距離が近い位置にある腕の攻撃が来た。
二本同時。
どちらも紙一重で躱す。そして、間合いを詰める。
その両隣の腕の攻撃が二本とも襲ってきた。
それも躱す。
もう、知っている。
相手の重量は把握している。
腕の一本が重いことも。
一度振り回すと、その重さのせいで、腕が止まるまでが遅い。
質量が問題だ。
その隙間を埋める為に、別の腕で攻撃が来る。ボクシングのラッシュと同じだ。腕が増えた程度の差。パターンが増えた程度の差。
性能の悪いエンプティなら、反応速度と出力の関係で間に合わない。でも、この体は特別だ。
そして、相手は、最低でも三本の腕は、地面や壁を掴んで自重を支えなければならない。そうしないと、長い腕を振りまわした時の力で、バランスが崩れてしまう。
なので、こちら側にある四本の腕の攻撃を躱すと、残る腕はあと一本。
前回はその一本でやられた。
一番後ろにある腕だ。
その腕は振り回すことは出来ない。他の腕が邪魔になるからだ。
だから、その腕は、突き、もしくは掴む、のどちらか。
躱すのは容易い。
そして、僕の間合いに入る。
敵の真下だ。
最初に攻撃した二本が、また、攻撃してきた。
でも、遅い。
本体を右脚で蹴った。
当たる。
……。
手応えが無い。
長い腕を利用して、重心をズラしたのか。
それで衝撃をいなした。
マズい。
敵の本体を蹴る為に、空中に跳んだのだ。
地面に着地するまでに時間が掛かる。
敵の攻撃が来た。
突きだ。
空中で体を捻って、その突きに対して、足の裏で受け止めた。そして、そのまま、後方に跳んだ。
成功。
十メートルほど跳ばされたが、無傷。
敵は、一瞬の溜め。
そのすぐ後に、間合いを詰めてくる。
悪寒。
痺れる。
DNAに刻まれた恐怖に近い。
こっちの体勢は十分。
それに敵を、倒れているエンプティから、遠ざける事にも成功。
敵の長い手足は、攻撃の間合いが広いだけじゃなく、躱す間合いも広いのか。
どんな態勢からでも、一歩も動かずに、二メートル程、本体の球体を移動させる事が可能だろう。それで、さっきは、躱された。
攻撃が来た。
それを躱す。
でも、なかなか、僕を間合いに入れてくれない。
相手の腕だけが届く距離で、四本の腕が代わる代わる攻撃してくる。
さっきよりも、攻撃がコンパクトなっている。
後ろに跳んで距離をとる。
相手もすぐに詰めてくる。
手強い。
太い樹を利用して、体を隠す。
敵は、腕を大きく横に振り、腕が樹に当たると、鞭の様に関節を曲げて、僕に攻撃をした。
しゃがんで避ける。そして、間合いを詰める。
相手は少し下がって、自分に有利な間合いを取った。
そして、また攻撃。
僕に近い位置の四本の腕を振り回している。
それを、躱して、一気に間合いを詰める。
一回転して、回し蹴り。
見事ヒット。
手応えあり。
今度は、狙いを変えた。
相手の腕の関節を狙ったのだ。
こちら側にある四本の腕で攻撃する時、敵の重心が前のめりになってしまう。それを支える為に、腕の一本を、球体よりも前に突き出して支えている。
何本も腕があっても、そこに重心が乗っているのは、一目でわかる。
そして、さっきの攻撃で腕の関節部分もわかった。
敵の腕は、蛸の脚の様に、自由自在に動くのでは無く、関節がちゃんとある。
それは、潰される前に、あの腕に触れてわかった。
なので、関節に一発入れてやった。
本当は、切断するつもりだったが、流石に硬い。
でも、破壊は出来た。
そのまま、山を上る方向に走って、距離をとった。
もう、その腕は使い物にならないだろう。
おそらく、自ら切断するはず。
ただの重りになるからだ。
それには、僅かに時間が掛かる。
右脚の脛から、武器を取り出した。
そこに収納していたのだ。
脛のサイズの棒は、一振りすると、二メートルにもなった。
普段、脛に収納している時は、蹴りに鋭さが増すので、無駄が無い。
もし、敵が、普通のエンプティなら、棒術で圧倒出来た。
でも、敵のリーチが三メートルある今、普通に戦っても、邪魔になるだけ。
腕の一本にはじかれて終わりだろう。
息をフッと吐いた。
敵は、破壊された腕を切り離した。
腕の一本が、音と共に地面に落ちた。
この棒の正式名称は忘れた。
だから、ロンギヌスと勝手に命名している。
基本的には、棒術として使用するが、槍としても使う事が出来る。
僕が、一番得意としているのは、棒術ではなく、投擲。
敵に顔が無いから、どこを見ているのかはわからないが、こっちを見ていないわけが無いだろう。
でも、どっちでも同じだ。
ロンギヌスを敵の本体に向けて投げた。
ここの方が、高いところに位置している。
それも計算通り。
そして、敵の動きも見切った。
敵は、銃弾を躱す事が出来ず、硬い装甲の腕で弾いているだけだった。
それならこれも、避けることが出来ない。
投げたロンギヌスの先端は、敵の本体を貫いた。と、当時に、破裂音と共に、両端から、返しが開いて、抜けない様に変形した。
そうなるように、プログラムされている。
敵の腕の位置は変わらないまま、球体の本体だけが地面にぶつかった。
間髪入れずに、周りを飛んでいる、ドローンを石で撃墜した。
これで、終了。
敵の腕は本体を守る様に、反り返って丸くなった。
死んだ蜘蛛みたいに。
茹で蛸みたいに。
深呼吸。
ロンギヌスは、電気を流す事が出来る。貫いた相手を内部から破壊する為だ。
ロンギヌスが貫くだけなら、どこまでダメージを与えているかはわからない。もしかしたら、まだ、腕が動くかもしれない。でも、電気で内部から破壊してしまえば、もう、終わりだ。
喉が渇いた様な錯覚。
それは、こういう事すれば、いつもそうだ。
楽しかった。
僕は、ずっと、笑っていただろう。
また、この相手と戦いたい。
今度は、相手に有利な環境で。
わざと、この樹が密集しているポイントまで誘ったのだ。
確実に勝つ為に。
仕方がない。
仕事なんだから。
でも、相手のエンプティもパイロットも素晴らしい。
素晴らしい才能だ。
握手がしたいくらいに。
本当に楽しかった。
敵の周りの土は抉れ、樹は削られていた。
でも、仕方がない。
素晴らしいダンスの代償だ。
「リンゴの様子はどうなってる?イオ」




