第三章 6
ナツさんの体が、地面に落ちる音がした。
でも、そっちを見ている余裕はない。
これから目を離しては駄目だ。
さっきので、移動速度が速い事がわかった。
ロボットか?それとも、ダイヴしているのか?
狙いはリンゴか?
蜘蛛と、リンゴが走っていった方向との間に入った。ネオンに、北東方向に向きを変える様に指示を出した。
この体で勝つことは不可能だ。
それだけはわかる。
なので、時間を稼がないと。
八本ある脚を破壊しても意味がない。顔と一体化している胴体を破壊しないと。でも、あの脚を搔い潜ってそこまで辿り着けるか?
胴体の球体部分は、直径が一メートル以上。ナツさんに接近する時、その部分だけは、全くブレていなかった。そこが弱点なのは、一目でわかる。
でも…。
敵が間合いを詰めてきた。
全ての脚に注意を向ける。
振り払う様に、一本が襲う。
間合いの外に、下がって躱す。
次は、別の脚が二本同時。その後ろから、もう一本。さらに、間合いも詰めながらの攻撃。
相手の懐の脚の一本に飛び込む様に躱した。
そのまま、一回転して立ち上がり、全速力で走った。
あと二メートル。
音で後ろから追ってきているのがわかった。
警備システムのカメラ映像を見た。相手の脚の一本が攻撃態勢になったのを見て、飛び込む様に躱した。
ナツさんが持っていた機関銃を右手で拾い、振り向きざまに引き金を引いた。
衝撃。
音。
銃を持った右腕ごと無くなっていた。
一手遅れて、敵の攻撃を受けたのだ。
舌打ち。
銃には安全装置がついていて、登録した本人以外に使えない様になっていた。
銃弾は出なかった。
そのせいで、反応が遅れた。
鞭の様な脚が襲う。
一度目は攻撃を躱したが、その次の突きには間に合わなかった。
敵の脚に捕まった。脚の先端には、三本の指の様なものがあり、それが、僕の体の胴体を掴んで、地面に押さえつけた。
このまま、押し潰す事も、握り潰す事も、出来るだろう。
死を覚悟した。
払いのける事は不可能だ。
胸が圧迫されているので、きっと苦しいだろう。
一瞬だけそんな想像をした。
左手で、相手の脚に触れた。
硬い。
壊れる音。
次の瞬間には、強制的に離脱させられていた。
……………。
……………。
専用端末を外した。
少し汗をかいている様に感じたが、それは気のせいだった。
「うなされてた」ラムネの声が聞こえた。
すぐ傍に、ラムネが立っていた。
一メートルよりも近い。
「嘘?」僕は言った。
「嘘」ラムネは、僅かに笑った。
「今は、それどころじゃないんだ」
「敵にやられたの?」ラムネの落ち着いた声。
「うん。どこの兵器だろう?アメリカかな?」
「さぁ、見てないから」
深呼吸をした。
「どうしてここにいるの?」
「別に、特に理由はない」
「そう。早くしないと」僕は立ち上がったが、立ち眩みが襲って、その場に両手をついた。
「なにか飲んだら?」
「いや、時間が無いんだ。リンゴが殺されるかもしれない」僕は呼吸を整える。
「嘘?」
「ホント」
「そう」そう言って、ラムネ近づいて来た。「はい」
「なに?」
「手を貸してあげる」ラムネは、片手を差し出していた。
これには、少しだけ驚いた。
「ありがと」僕は、ラムネの手を借りて、立ち上がった。
「イオ。マツリノの屋敷周辺の映像を全部映して」ラムネはイオに言った。
「わかりました」イオが答えて、壁に映像を映した。
僕は、ブラックボックスに近づいて、鍵を開けた。厳重にする事しか考えてないので、そのロックを開けるのに時間が掛かる。鍵が開いて、中に入った。一番目立つところに、専用端末がある。それを取り、外に出て扉を閉めた。自動的に鍵は掛かる。
専用端末を持ったまま椅子に座った。
「あれは、アメリカのエンプティ」ラムネが衛星カメラ映像を見ながら言った。
「エンプティなの?」
「完成してたんだ。私は試作段階のしか知らない」
「ふーん。そんな無駄な資金があったんだ」僕は、ダイヴの準備が出来たので、椅子のリクライニングを倒した。
「気を付けて」ラムネが言った。
「そのつもりだけど。一度、負けたし」
「そっちじゃなくて、君の体調」
「………。ああ、うん。ありがと」
なんというか、調子が狂う。
でも、悪くない。
深呼吸。
目を閉じる。
ダイヴ。
……………。
そして、僕は目を覚ます。
真っ暗な世界。
右手を握る。
力強く。
体を覆っているシートを右手で払いのけた。
「イオ。敵の位置は?」
「マップに映しました。リンゴさんに接近中です」
視界にマップが表示されて、更に、山の中に、ルートの案内も映し出された。
「計算では五秒、間に合いません」イオが言った。
深呼吸をしたかったが、すぐに走り出し、廃墟の窓を突き破った。




