第三章 4
僕は、警備システムのカメラ映像を見た。見たい映像を探すのに時間が掛かるのは、AIのサポートがないからだ。敵を捉えているカメラを見つけた。
昨日と同じように、山の西側エリアの麓から攻めてきている。一番南側の車道とその周辺を、上ってきている。
「シェルタに入る準備をしないと」僕は言った。リンゴも頷いた。扉が開いて、ケンゾウさんが現れた。
「お嬢様、地下へ行く準備は出来ております」彼は言った。
「わかった。危なくなったらすぐに行くから、先に入ってて」リンゴは答えた。
「どうか、お気を付けて」彼はお辞儀をして、ドアを閉めた。
敵の武装がより強化されているという点が、昨日とは違う。
前衛に装甲の厚いロボットが並び、その後ろに潜む様にドローンが並んでいる。こっちのドローンも前線に到着した。そして、すぐに銃撃戦となった。やはり、分厚い装甲に苦戦しているようだ。
リンゴの横顔を斜め後ろから盗み見た。銃撃戦の映像を真剣に見ている。
マツリノ氏の陣営はジリジリと後退しながら交戦中だ。今日の敵の襲撃は、明らかに昨日の結果を踏まえて、作戦を組んでいる。昨日、襲撃があったチームと同じだろうか?
今回の暗殺は、依頼者が一人だ。そして、同じ依頼を受けたグループが四チームいる。依頼者が複数人いる場合との違いは、ルールが共通している、という点だ。暗殺者側は、それを踏まえて戦略を練る事となり、結果として、混沌とした無法地帯は免れる事となる。
ここで問題なのが、資金面だ。大富豪であるマツリノ氏を排除すれば、莫大なお金が動く。でも、暗殺をした者が、その全ての利益を得るわけではない。暗殺者は、成功報酬を得るだけで、他のマツリノ氏以外のターゲットより何割か多いくらいだろう。なので、大層な武器が使えない。成功報酬よりも費用を出すわけにはいかないからだ。それに今回は、暗殺成功したグループにしか、報酬が渡されない。なので、昨日の敵や、今回攻めてきた敵が、暗殺を成功させなければ、ただ、お金をドブに捨てた様なものだ。だから、敵も、費用を減らして報酬だけを得たいと考えるだろう。結果的に、今回のドローンの襲撃に乗じて、美味しいところだけを狙う暗殺者はいるはずだ。そもそも、それが、本来の暗殺者としての姿だろう。
恐らく、今日、マツリノ氏は、殺されるだろう。
昨日は、お互い牽制し合っていた。その結果を踏まえて、どのチームも作戦を練ったはずだ。そして、この襲撃を合図に、全てのチームが動くだろう。
それは、終わるまで、終わらない。
でも、悪い事ばかりじゃない。それは、敵が一枚岩でない事を意味するので、その弱点を付けば、時間を稼ぐ事も出来るかもしれない。でも、やはり、結果は変わらない。僕の提案を飲んで、身を隠すしか方法はなかった。
「押されてますね」ネオンが僕に直接言った。
「そうだね」僕も直接答えた。わかり切った事をいちいち報告しなくてもいいのに、律儀なものだ。こっちの陣営は押されているが、有利な地点に誘い込んでいる。そこで、一網打尽にするつもりだろう。それは、こちらの陣形を見た段階でわかっていたことだ。
三キロ程、北に離れた地点に、敵の別の部隊が攻めてきた。同じ様な編成だ。それにも対応するため、マツリノ氏のドローン迅速に向かった。
一分後に、また別の部隊が来た。今度は、編成が全く違う。戦車に近いロボットだ。あんな大きなロボットを、どうやってここまで運んだのだろうか?近くで組み立てたのだろうか?その辺は、ラムネの方が詳しい。
こっちの陣営は、まだ、初めの敵の部隊にも手こずっている。どう考えても火力不足だろう。
戦場は、決定打が無く、膠着状態となっている。でも、確実にこちらの兵力は削がれている。時間の問題だろう。
「ちょっとトイレに行ってくる」リンゴがドアの方へ歩いた。
「すぐにシェルタに入る準備だけはしておいて」僕は注意した。
「私がついて行きます」ナツさんが言った。「それに、今はまだ、敵は遠く離れた地点にいます」
確かにその通りだ。トイレに行く位なら、問題ない。僕は頷いた。
リンゴとナツさんが部屋から出て行った。部屋中に映されたカメラ映像で、敵の様子を見ているが、特に変わった様子はない。平凡な銃撃戦が行われているだけだ。この屋敷付近にも、近づく者がいない。しばらくは大丈夫だろう。
まだ、間に合うかもしれない。
「ちょっと、報告があるんだけど」僕はネオンに直接言った。
「私からも、あります。結構、重要な事です」ネオンも直接言った。
その時、屋敷から出て行く二つの人影があった。もしかしてと、ズームにしてみたら、悪い予感が的中した。
「早くここから出るよ」僕はネオンに言って、走り出した。
「えっ、どこにですか?」
「あの二人が出て行った」
「どこにですか?」ネオンが付いてきた。
それは、マツリノ氏の所だろう。靴を履いて、屋敷の玄関を飛び出して、二人の方向に向かった。二人を視認する事が出来た。二人の行動は、警戒していたからだ。
リンゴが、そこまでマツリノ氏に会いたいとは思わなかった。それを、ナツさんが協力するのも想定外だ。リンゴの命が大切ではないのか?
まだ、付近に敵はいない。二人まですぐに追いついた。
「どこに行くの?」僕は、リンゴの背後から呼びかけた。リンゴとナツさんまでは、十メートル程。
「もう追いついたの」リンゴは息を切らしていた。
「早く戻ろう」
「いや」彼女は、首を横に振る。
「ここも危険だから、早く」
「今日で最後に……」そこでリンゴが振り返った。顔が歪んでいた。哀しいのだろうか?それは、初めからわかっていたことだ。
ネオンが追いついた。ナツさんは、僕とリンゴの間に立った。屋敷までは五十メートル程の位置だ。敵はまだ遠いが、それでも安心出来ない。十分危険だ。
「どこに行くの?」僕は同じ質問をした。
「お父様の所」リンゴが答えた。
「駄目だ。危険過ぎる」
「私の自由じゃないの?」
「そういう行動を取らない為に、僕はマツリノ氏に依頼されているんだ。残念だけど、許可出来ない」
「ベルは、自分の両親に会いたいとは思わないの?」
「うん。顔も思い出せない」
「えっ?」彼女は、一瞬だけ驚く。
「さぁ、早く戻ろう」僕は、リンゴに一歩詰め寄った。
その時、ナツさんが、スカートをたくし上げた。そして、スカートの中から、機関銃を二丁取り出した。
「動かないで下さい」ナツさんが、銃口を僕とネオンに向けて言った。そして、体と銃口をこっちに向けたまま、ゆっくりと下がって距離を取った。
「随分と物騒だね」僕は言った。おもちゃではない事は一目でわかった。「どうして、そんなものを持っているのかな?」
ナツさんの顔を見た。汗一つ掻いていない。
銃口を人に向けているのに、涼しい顔だ。
慣れているのだろうか?
それとも……。
ナツさんを取り押さえるプランを、頭で練っていた。素早く回り込んで、直接取り押さえるか、素直に従う振りをして、離れた後に、石を、急所を外してぶつけるか、どちらかだ。どちらも、簡単に出来る。
リスクが少ないのは、後者だろう。
リンゴがナツさんの後ろにいるので、誤発射で怪我をさせてしまうかもしれない。直接取り押さえるのは、危険が及ぶだろう。
「わかった」僕は両手を挙げて言った。
その時、微かに聴こえる異様な音を、エンプティのマイクが拾っていた。
なんだろう?
耳鳴りのような。
段々と音が大きくなる。
それも、物凄い早さで。
なんとなく、空を見上げた。
綺麗で静かな空がそこにあった。
敷地内では、銃撃戦が行われている。
その音は、ここには届かない。
樹々が音を遮っているのだろう。
目の前では、銃口を向けられている。
それなのに、僕は落ち着いている。
でも、その音が、全てを壊す予感がする。
その終わりを告げる音は、まだ大きくなり続けている。
僕は、銃口から視線を外して、屋敷を見た。
五十メートル。
間に合わないかもしれない。
そんな予感がした。




