第三章 3
「ボードの大会には出ないのですか?」私は、リンゴに質問した。
「出ないかな。私、キャンディにしか乗れないし。多分、大会の規定に反するから」リンゴは、椅子に足を乗せて胡坐をかいている。
「普通のボードも練習すれば、すぐに慣れるんじゃないですか?」
「そうだろうけど、そこまでする価値がない」
「お金持ちは、言う事が違いますね」
リンゴは、明るく笑った。
「まぁ、そうかも。稼ぐ必要が無いし」リンゴは、ニッコリと笑う。
「ボードの選手で誰か参考にしている人はいますか?」
「うーんと。どうだろ。…あっ、でも、ベルは参考にしたよ。頭一つ抜けてた感じはあったし」リンゴは、ベルさんを見た。
「あれって何年前だっけ?」ベルさんは、リンゴにきいた。
「四年前。ドイツでやってた大会」
「ああ。それ位だね」
「なんの為に大会に出てたの?」
「お金と名声」ベルさんはすぐに答えた。
「ふーん。ホント?」
「まぁ、嘘ではないかな」
「それじゃ、なんでそれ以降のボードの大会に出なくなったの?」
「退屈だったからかな」
「なにそれ。好敵手でも探してるの?」
「まぁ、それもあるかも」
「競技によっては、上手い人もいるんじゃないの?」
「それは、いるだろうけど、わざわざ苦手分野を克服する必要もないしね」
「なにが苦手なの?」
「コミュニケーションが求められるのは、全般が苦手だね。チーム戦や集団行動なんて蕁麻疹が出てしまいそう」
「ふーん。そっか。そっか」リンゴは何度も頷いている。
「どうかしたの?」
「いや。なんでもない」リンゴは、あからさまに作った笑顔を見せた。「ベルは、誰か参考にしている人はいるの?」
「なんの分野で?」
「それじゃ、エンプティパイロットで」
「参考にはしていないかな。でも、僕よりも凄い人は、なん人かいるよ」
「例えば?」
「ラムネがそうだね。後は、一ヵ月くらい前にも、凄い人に会った」
「どんな人?」
「知らないと思うよ。大会で会ったわけじゃないし」
「サシで戦ったら、負けそうなのは誰?」リンゴはきいた。
「条件によっては、沢山いるよ」
「ふーん。ネオンは、誰か尊敬している人はいるの?」リンゴは私を見た。
「えっ。私ですか。えっと。ベイビィ・ブルーは、ずっと尊敬しています」
「ベイビィ・ブルー。…第一位だよね。私、生きてるっけ?」リンゴはきいた。
「最後に表舞台に姿を見せたのが、十五年前です」私はすぐに答えた。
「ふーん。名前は知ってるけど、あんまり詳しくは知らないな」
「とにかく、なにもかもが凄い人です。動きが洗練されていて美しいですし。それに、エンプティのパイロットとして、何十年も、第一線で活躍していました。その間、一度たりとも負けた事がありません。なので、祀り上げられた英雄との噂もありますが、それは、真っ赤なデマで、ただ単に、他のパイロットよりも優れていたというだけです。それはちょっとした動作の一つにも表れています」
リンゴは、私の顔をジッと眺めている。
「ああ、すみません」少しだけ熱くなっていた。
「全然。楽しい話が聴けた。ベルは、ベイビィ・ブルーについて知ってるの?」
「知ってるよ」ベルさんは答えた。
「実際に会った事はある?」
「ないよ。僕が表舞台に立ったのは、十二年前からだから」
「ベルから見たら、どんな人なの?」
「どうだろうね。でも、あれだけ長く、第一線で活躍したのは、あの人位じゃないかな」
「なんで表舞台から姿を消したの?」
「さぁ」
「それは、今も謎のままです」私は言った。「噂は飛び交っていますが、どれも信憑性に欠けるものばかりで、噂の域を出ません。怪我とか病気が、一番有力らしいです」
「たしか、ブルーって特殊なんじゃなかったっけ?」
「そうです。プロのパイロットや世界ランカは、色んなタイプのエンプティにダイヴしますが、ベイビィ・ブルーは、一体のエンプティにしかダイヴしません。だから、いつも同じ姿なんです。あれって、どういう理由があるんですか?」私はベルさんを見た。
「リンゴのキャンディみたいに、慣れているから調整の必要が無い。いつダイヴしても、最高のパフォーマンスが出来るのが、一番のメリットかな。でも、時代的な問題があったんだと思う。ブルーの時代は、今みたいにハイエンドなエンプティが幾つもあるわけじゃなかった。だから、高性能なエンプティを、わざわざ現地に運ぶ必要があったんだと思う」
「確か、お父様は会った事があるみたい」リンゴは瞳を上に向けた。
「そう。ブルーが、マツリノ氏の開発したバッテリィを採用した。ブルーは、一つの体しかないから、新しい物を受け入れるという事は、認めた事になる。だから、ブルーがその体に受け入れたパーツや機能は、どれもスタンダードになっている」
私は無言で頷いた。
ベイビィ・ブルーは、私のヒーローだった。あの綺麗な顔と体。その姿から生まれる洗練された動き。今は、どこにいるのか、どうして、消えてしまったのか、わからない。
リンゴの部屋中に映してある映像に、変化があった。こっち側の陣営が動いているようだ。敵の姿は見えないが、備えているのだろう。リンゴはすぐに反応して、端末を操作した。かなり、緊張している様に見える。
「ナツさん。二日前の、ポパイさんが壊された時なんですが、一時から二時の間は、どこにいましたか?」私は、ナツさんに近づき、小声でナツさんにきいた。ベルさんには聴こえているだろう。
「隣の部屋にいました」ナツさんは答える。
「隣って?」
ナツさんは、壁を指さした。リンゴの部屋は、東側の北に位置しているが、ナツさんが指した部屋は、その南にある部屋だ。ベルさんの視覚映像で見たその部屋は、工作室の様な雰囲気だ。事実、リンゴはそこで、この部屋にある置物や、キャンディ、地下シェルタの工作をしているらしい。
「どうして、その部屋にいたのですか?」私はきいた。
「工具を触っておりました」ナツさんは答える。
「リンゴの許可は取っていませんよね?」
「はい。自由に使っていいと、お嬢様から伺っておりますので」
「二階の自分の部屋には、いませんでしたか?」
「はい」
「わかりました」
自分の中で、ある仮設が生まれていた。その仮説を確かめる為には、必要な確認があった。今の問答がそうだ。
思考が勝手に暴走する。どこまでも飛躍する。
なんとか、それを留めて考える。
二日前、ポパイさんは、バッテリィの交換の為に、二階の部屋へ入った。そこで犯人に襲われたのだろう。犯人の目的が、ポパイさんの排除なら、バッテリィの交換をする事を、知っていなければならない。それも、あの場所で、あの時間帯に。
ポパイさんは、日の出ている時間帯は外を警戒して、日が沈む前に屋敷の中に入る。そして、日が出ると、外の監視に戻る。もし、衛星でポパイさんを監視している人がいたとしても、屋敷の中に入った夜中は、充電をしていると考えるのでは無いだろうか?それが普通の思考だ。
でも、この屋敷には、垂直型カプセルは、二台しかない。そして、カプセルの中には、今の私とベルさんのエンプティが入っていたのだ。だから、ポパイさんは、充電が出来なかった。犯人は、それを知っていた。
誰がそれを知る事が出来ただろう?
数は限られてくる。今、この屋敷にいる人たちと、キンギョさんとその護衛の人たちだ。それ以外の人は、充電していると考えるだろう。
ただし、それを知っていても、人とエンプティの戦闘力は雲泥の差だ。エンプティが握手するだけで、人の骨を折る事だって出来る。
でも、バッテリィを交換する時なら、動けるのは一分程度だ。その間に、新しいバッテリィに交換するのだが、その交換したバッテリィが、空だったらどうなるだろう?ポパイさんは、異変に気付くだろう。とりあえず、元のバッテリィに戻すかもしれない。その元のバッテリィを奪えば、そして、カプセルで充電が出来ない様にしてしまえば、一分程で、エンプティは動かない人形になる。
その状態なら、工具さえあれば、エンプティを切断する事は、人にも出来るのではないだろうか?工作室の工具には、それに適した工具もある。
バラバラに切断した後、記録媒体を壊した。そこには、犯人の顔が残っているからだ。
犯人は、屋敷の外から侵入したと思っていた。
でも、そうじゃなければ?
リンゴには無理だ。彼女は、ずっと外にいたのだから。
屋敷の中にいたのは、ケンゾウさんとナツさんだ。ケンゾウさんは、リンゴが小さい時から、ずっといるらしい。ナツさんがここに来たのは、二カ月前。
ナツさんは、警備システムにも詳しく、今もこうして、内部からそれを調べる事が出来る。それだけ、入念な準備が出来ただろう。
ポパイさんを排除した目的はわからない。護衛の数を減らしたかったのか、それとも、屋敷の外を警戒するポパイさんが邪魔だったのか。
でも、矛盾が無い。
辻褄が合う。
ナツさんが、ポパイさんを排除した。
彼女には、それが出来た。
なら、それは、誰の為に?
彼女は、どちら側の陣営なのか?
そして、その目的はなんなのか?
キンギョさんの暗殺?
その為に近づいたのか?
スパイの様に潜入して、情報を送ったのか?
そして、邪魔者を排除した。
…。
敵だろう。
ナツさんは、敵側。
それは、間違いないと思う。
そうなると、もう一つの疑問が生まれる。
リンゴはそれを知っているのか?
ナツさんを雇ったのは、リンゴだ。
二カ月前に突然雇った。家事や食事はケンゾウさんがいるから、人手不足では無いだろう。それまでだって、不要だったのだから。でも、二カ月前にナツさんは、ここに来た。
それは準備期間なのか?
現にナツさんは、ここの警備システムに深い知識を持っている。それだけの期間が必要だったのだろう。
リンゴがナツさんをここで雇わなければ、これまでの計画も不可能だ。
なら、そのナツさんの奥で糸を引いているのは、リンゴなのか?
今回の暗殺には、ルールがある。
そのルールは、誰にとって都合がいいだろう?
東側エリアでのみ、立ち入りを認められ、キンギョさん以外の人を傷つける事は許されない。ルールを知らない人からすると、この場所も危うい。だから、護衛が必要なのだ。
でも、それは茶番なのではないか?
自分の身の安全を最優先に作ったルールなのではないか?
リンゴには動機がある。
キンギョさんの数々のスキャンダルに、最終的に養子に引き取った若い女の子。
だとしたら、私の立ち位置は、どうすればいいだろう?
どこが正しいのか?
…。
正しいのは、誰も死なないことだ。
それ以外に無い。
なら、私の仕事は、マツリノ・キンギョを守る事なのではないか?
ベルさんに、伝えた方がいいだろう。
でも、口に出すわけにはいかない。
ベルさんが、表情を崩さなければいいけど。
私はベルさんを見た。
そして、反対側にいるナツさんを見た。
ナツさんは、私の視線に気が付いて、冷たい笑みを浮かべた。
その時、侵入者が現れ、警戒信号が伝えられた。




