第一章 13
車庫から車が出てきた。
誰かが携帯端末を操作した様には見えなかった。鍵でもポケットに入れているのだろうか。
赤い車は、芝生にはみ出す事は無かった。ナツさんとリンゴが前に座って、後ろに私とベルさんが乗った。
マツリノ・キンギョの場所がわかったそうだ。今からそこに向かう。でも、エンプティを切断出来る暗殺者が近くにいるかもしれないのだから、危険なのではないか?提案したのは、ベルさんだ。だから、これが護衛に繋がるのだろう。
「どうして、キンギョさんの居場所を知っているのですか?」私は、ナツさんにきいた。特定のメイドには、教えられているのだろうか?
「探して見つけたからです」ナツさんは、簡単に答えた。
「どうやってですか?」
「警備システムのカメラ映像を見ました」
「ここにいる人には、見える様にしてるんですね」
「そんなところです」
車は滑らかに進んだ。山を越えて、突き当りを左に曲がった。南側に進んでいる。この辺りは、私も歩いて調べていた。このまま進むと、三つ並んだ真ん中の山の頂上が、左手に見えるはずだ。樹に遮られていなければだけど。
車は更に南に進み、一番南側の山頂の付近まで進んだ。車道は変化のない山道で、クネクネ曲がっている。二十キロほど進んだと思う。大きな屋敷が見える門の前で車は停まった。
門の中に見えるのは、細長い建物で二階建てのようだ。等間隔に窓が並んでいる。私たちは、車から降りた。
「護衛というか、見張りの人が一人もいませんね」私は、周りを見渡しながら、ベルさんに直接言った。
「その方が有利なんだろう。この広い敷地内のどこにいるのかわからないのが、彼のアドバンテージだから」
「ああ、なるほどです」
リンゴとナツさんが先に歩いている。門をすんなりと開けてくれたようだ。リンゴは白のシャツにネクタイを付けている。下は、丈の長いスカートだ。他の三人は、着替えてはいない。ナツさんは、メイド姿のままだ。
屋敷のドア横にあるインターフォンをナツさんが押した。しばらくして、ドアが十五センチ程こちら側に開いた。中から、鍛えてある坊主の男性が見えた。黒いゴーグルに耳に通信装置を付けている。彼の瞳は見えないが、顔の動きで、私たち四人を見たのがわかった。
「お父様に会いに来ました」リンゴが言った。
「少しお待ち下さい」その男が言った。男は、呟く様になにかを喋っている。誰かと通信しているのだろう。
ドアが更に開いた。その男が開けたわけではないようだ。
坊主の男と同じスーツを着ている人がいる。そういえば、ポパイさんも同じスーツを着ていた。奥から来てドアを開けたのは、女性だった。赤いネクタイを付けている。男は黒のネクタイだった。男女で分けているのか。それとも、エンプティと人で分けているのか。
「車を、このポイントへ移動させて下さい。そして、すぐに中に入るように。外で立っていては危険です」その女性は早口で言った。金髪の髪を後ろで縛っている。瞳はグリーンだ。ゴーグルを装着していない。綺麗な欧米の顔立ちだった。たぶん、エンプティなのだろう。見分けた訳ではなく、周囲の状況から予測しただけだ。エンプティなので、ゴーグルや通信装置の必要も無いのだろう。
金髪の女性は、坊主の男性よりも、上の立場なのだろう。指示が的確で無駄が無かった。車は、ゆっくりと自動で移動して、ここからは見えなくなった。衛星カメラを気にしているのかもしれない。
私たちは、屋敷の中に入った。木造建築の建物で、長い廊下が目の前にあった。右手の壁には、窓が幾つも並んでいる。左手に、部屋があるのだろう。病院か、なにか施設のようだ。個人で住むには大きすぎる。大勢が利用するのに適した建築物だと思う。
「ここに来た理由はなんですか?」金髪の女性が言った。
「お父様に会いに来ました」リンゴが答える。
「来てはいけないと言われたはずです」
「今から引き返しても、リスクは同じです」リンゴの口調は強い。
その女性は溜息をついた。
そして、私とベルさんを上からつま先まで、二往復にわたって観察した。この場違いな服装は、リンゴが選んだものなのだから、文句を言われる筋合いは無い。
「付いて来て下さい」金髪の女性は言った。
「カイさん」坊主の男性は、金髪の女性を呼び止めた。そして、女性の耳元で話している。内容は聴き取れなかった。金髪の女性はカイというらしい。話は終えたらしく、男は玄関の近くで立っていた。
カイさんに続いて私たちは歩く。カイさん、リンゴ、ナツさん、ベルさん、私の順だ。思った通り、左側には、スライド式のドアがあり、その中に部屋があるようだ。長い廊下は殺風景で、たまに、小さなスタンドがあり、その上に花瓶が置いてあった。壁には絵が飾られてもいたが、私の好みのセンスではない。ドアにはガラスの部分があり、部屋の中を覗いたが、やはり、好きになれなかった。チープなゲームの家の中みたいに、あるべき物をあるべき場所に置いただけで、その品を選んだ理由がわからない。検索して目に付いた物を、そこに置いたような、なんだか、壊れてもいい物を仕方がなく置いているみたいだ。
廊下の突き当りに、部屋があった。カイさんはその部屋のドアをノックした。中指の骨を二回ぶつける方法だ。
カイさんは、ドアの鍵を古典的な、つまり、物理的な形が重要となるタイプの鍵を使って開けた。そして、スライド式のドアを開けた。カイさんは、部屋の中には入らずに、横に逸れて、私たちが中に入るように、腕で示した。四人は中に入る。扉が閉まった。カイさんは、中には入らないようだ。
広い部屋だった。物の少なさが、それを強調しているのかもしれない。濃い茶色のデスクの上には、端末とペンと紙と見慣れない物が乗っていた。
真っ黒の椅子。その黒い革と白い糸によって閉じ込められた綿が反発して、革に張りが生まれている。デスクの後ろには、窓から光が差し込み、地面の色を几帳面に変えている。
白髪が混じった髪は、セットされている。肌は健康的に焼けて、顔には皺がある。でも、それが色気にもなっている。五十代や四十代と言われても信じるだろう。顔は整っている。今でも十分に魅力的だ。少し恍けた顔をしているが、それが柔らかさにも繋がっている。冗談を言って優しく話しかけられたなら、安心してしまうだろう。
「どうしてここに来た?」男は、眉間に皺を寄せて鋭くリンゴを睨んだ。表情も雰囲気も一変して、威圧的で緊張感が生まれた。この緩急が凄まじくて、彼を見誤っていたと認識した。
彼は、大富豪で、何百以上もの部下を従えていた人物なのだ。
「彼女の護衛中に異常事態が起きました。それを知らせる必要があったからです」誰も話さなかった中、ベルさんが言った。
「君は誰かな?」キンギョさんは、ベルさんを睨んだ。
「リンゴの護衛に付いているベルです」
「この屋敷に来る事に、護衛となんの関係があるんだ?」
「異常を知らせる為に来ました」
「仕事中の異常事態など、ありきたりな事だ。わざわざここに来る必要はない。対処出来ないのは、君の能力が不足しているからじゃないのか?」彼は、鋭い視線のまま動かない。
「お嬢様の屋敷の中で護衛中のエンプティがバラバラに切断されていました。知っていると思いますが、お嬢様の屋敷は、東側エリアです。ルールが読めない輩が紛れ込んでいるのは、あなたにとっても異常事態なはずです」
キンギョさんの表情に変化があった。視線を外し、少し考えている様だ。スーと息を吸い込んだ後に彼は続けた。
「どうしてそれを知っている」
「情報は多い方が有利です。命が掛かっているなら、当然の事です」ベルさんは答えた。
「…そうか。能力が不足していると言ったのは、撤回する。君なら、どうすべきだと思う?」彼はベルさんを見た。睨んでいるわけではない。こういう仕草や言葉が、上に立つ人の器なのだろう。
「ここにいては、守る事が出来ません。お二人に、つまり、あなたとお嬢様を安全に保護する施設を、私たちは持っています。そこまで安全に移動する方法も経路も、既に確保しています。ほとぼりが冷めるまで、その中で生活するだけでいいのです」
「それは無理だ」彼はすぐに言った。
「どうしてですか?」
「ここにいる事を、どうやって突き止めた?」彼は、ベルさんの質問を無視した。答える必要が無いという事だろう。
「ごめんなさい。お父様」リンゴが言った。今まできいた事のない声だった。
「いいえ。突き止めたのは、私です」ナツさんが、リンゴを庇った。
「またお前か」キンギョさんは、ナツさんを睨む。「優秀すぎるのも、問題だな。どんな方法だ?」
「それは言えません。ただ、私以外の人が、同じ方法で見つける事は不可能ですので、ご安心下さい」
「…そうか。もう下がれ」
「わかりました」ナツさんはお辞儀をして、部屋から出て行った。
「リンゴ。お前も出て行きなさい」彼は、少しだけ優しい声になった。
「…でも、お父様」
「下がりなさい」キンギョさんは、真っすぐに、リンゴを見つめる。
「……わかりました」リンゴは、振り返って部屋を出て行った。足取りも弱々しい。いつものリンゴとは別人みたいだ。
部屋の中には、三人が残った。
「ここにあの子を連れてくる危険がわからないわけでもないだろう」彼は言った。
「あなたに警告するには、これしか思いつきませんでした。彼女と離れるわけにもいきませんし」ベルさんは答える。
「それが、さっきの話か?」
「そうです」
「俺は雇う人を間違えたか?」
「明日から始まるので、時間がありませんでした」
キンギョさんは、フッと鼻息を漏らした。
「イレギュラがあると言ったのは、お前じゃなかったか?」彼は言った。
「それも含めて、お二人の安全を確保できる最後のタイミングだったのです」
「その話はもう終わった」
「どうしてですか?」
「私には必要ない」
「このままでは、あなたは殺されます」ベルさんの口調は強くなった。
「どうだろうな?」彼は、笑みを浮かべる。
「生きたいのなら、選んで下さい」
「名前はなんといったか?」彼は、ベルさんを見た。
「ベルです」
「…そうか。ベルか。ムーンウォーク計画のホワイト・ベルか」彼は、目を大きくして、ベルさんを見た。なにかに気付いた様な驚いた表情だ。
彼は、押し殺した様に笑った。
「そうか。それは災難だ。でも、仕方がない。見誤ったお前のミスだ。そういう事は良くあるものだ。まだ、若いのだろう?これから、どうとでもなる。確かな事は、女神の導きに頼らなかったのが原因だ」彼は謎が解けた様に嬉しそうだった。
私はベルさんの顔をこっそりと覗いた。
表情一つ崩れていない綺麗なエンプティの顔なのに、なぜか冷たく感じた。




