第一章 12
時刻は、午後四時を回った。
ポパイからの連絡はない。
常識的に考えれば、あり得ない事だろう。仮にも彼は仕事中で、それを中断せざるを得なくなった。なら、その理由くらいは説明すべきだ。連絡手段なら幾らでもある。護衛を任されたプロとしては失格だ。
「どうしちゃったんでしょうか?ポパイさん」ネオンが直接言ってきた。
「さぁ、手の離せない用事が立て込んでいるのかも」僕も直接答える。
外に出るのは危険と判断して、リンゴには屋敷内にいるようにお願いした。彼女もそれを了承してくれて、今は端末をいじっている。
部屋には、僕とネオンとリンゴだけだ。
「この屋敷の二階の間取りなんですけど」ネオンが直接言った。「エンプティのカプセルが置いてある、ポパイさんが被害にあった東側の部屋があって、西側の二部屋の、階段側が、ケンゾウさん、南のソファ側がナツさんの部屋ですよね」
「うん」
「切断されたエンプティを発見した後、二人は階段を上って来ました。一階でなにをしていたのでしょうか?」
「ケンゾウさんは、僕が屋敷に入った時は、ダイニングにいたよ。椅子に座って休んでいる様だった。どのくらいあの部屋にいたのかは、わからないけど。ナツさんは、わからない。キッチンかトイレか。浴室ではないだろうから」
「二階にもトイレも浴室もありますよ」
「そうだね。たぶん、ケンゾウさんたちは、普段からそっちを使っていると思う」
「それじゃ、キッチンにいたって事ですよね?」
「リンゴの部屋に入っていなければ」
「勝手に入られるのは、リンゴも嫌うんじゃないですか?掃除が目的でもなさそうですし」ネオンは、部屋を見渡す。確かにどう見ても、掃除が行き届いているとは言い難いだろう。掃除を拒むのは、リンゴ以外にいない。勝手に触れられる事を嫌っての事だろう。
「そうだね」僕は肯定した。
「あと、ポパイさんは、護衛の任務中に、どうしてあの部屋に行ったのでしょうか?」
「彼が自分の足であの部屋に行った確証はないよ。どこかで切断された後、あの部屋に運び込まれた可能性もある」
「ああ。そうですね。でも、なんの為ですか?」
「わからない。警告とか?」
「警告……ですか」
ネオンは、スッキリとしない表情だ。確かに、暗殺を目論む人がやる行動ではない。
リンゴは、ヘッドフォンを付けたまま、モニタに向かっている。
そろそろ、時間的にも、問題ないだろう。
僕は、床が見えている数少ない足場を辿って、リンゴの元に辿り着いた。ドアから彼女が座っている椅子まで、怪我をした獣の血の痕の様に、足場は続いている。彼女がいつも、その足場を歩くから、そこだけは、床が見えているのだろう。
彼女の前にゆっくりと手を翳した。彼女は気付いて、ヘッドフォンを外してこっちを見る。
「ん?」リンゴは口を開けずにきいた。
「ポパイさんから連絡はない?」僕は、一歩下がってきいた。
「ないみたい」
「それは変だね」
「うん」
「ポパイさんを雇ったのは、キンギョさんだよね」
「そう」
「彼にききたい事がある」
「お父様も知らないみたい。連絡があれば、こっちにも知らせるし」
「そうじゃなくて、異常事態なんだ。ポパイさんを排除したという事は、邪魔する者は排除するという意思表示かもしれないしね」
「それで?」
「キンギョさんに直接会って伝えたい。なにか、異変が起こっているけど、直接会わないと伝わらない事だから」
「それは無理」彼女は首を横に振った。
「どうして?」
「私もお父様の居場所が知らないから。きいても教えてくれるわけないし」
「…そっか」嘘を付いている様には見えない。確かに、自分の居場所を娘に教える意味がない。
「異常事態?」リンゴが言った。
「うん。間違いなく」
「わかった」
リンゴは、ヘッドフォンを首に掛けたまま、端末を操作した。姿勢も戻ったので、話は終わったようだ。
……。
どうしたものか。
マツリノ氏の居場所を探る為だけに、この場所を離れるわけにはいかない。
「大丈夫かも」リンゴが背もたれに勢いよく体重を預けて、上を向いてこっちを見た。
「なにが?」
「お父様の場所がわかるって」
ドアが開いた。
僕は振り返る。ドアの外にナツさんが立っていた。
「準備は?」リンゴは言った。
「出来ています」ナツさんは答える。
「じゃ、行こっか」リンゴは立ち上がった。「あっ、その前に」
リンゴは部屋の奥へ探検家の様に進んだ。床に積もった物を取り出しては捨てて、取り出しては捨てた。
「あった。あった」リンゴは、服をバサバサと振って皺を伸ばしている。「ベルとネオンって男?」
「私は女です」ネオンが答えた。
「僕はどっちでもない。女性でもないから、着替えるなら、部屋から出て行くよ」




