第一章 11
リンゴは、食事用のテーブルに座っている。
ケンゾウさんがコーヒーを淹れて、彼女の前に差し出した。彼は、キッチンへと消えて行った。ダイニングでは、リンゴが昼食と同じ席に座り、その後ろにナツさんが姿勢良く立っている。リンゴの前にはベルさんが座り、その隣に私がいる。
私たちは、ベルさんからの情報を聴いた。話終えた後、ベルさんから、ポパイさんを発見した時の映像データも全員に共有された。
それを見ると、ボードを終えたベルさんが屋敷に入った所から始まり、一階のダイニング、つまりこの部屋で、ケンゾウさんと少し話をした後、二階に上っている。そのまま、例の部屋を開けると、そこにポパイさんがダイヴしていたエンプティが、切断された状態で倒れていた。すぐその後に、私とリンゴがやって来て、映像は終わった。それ以外の不要な部分は、カットされているようだ。
私はエンプティなので、そのまま再生して、リンゴは携帯端末でそれを見ていた。その後ろから、ナツさんも携帯端末を覗き見ていた。
「僕があの部屋に入った時には、ポパイさんは何者かにやられていた。犯人が出入りしたのは、玄関と思われるけど、玄関先の庭には、僕とリンゴが殆どずっといたし、その後にネオンも来た。誰かがやってきたなら、気付いたはずです。でも、現実として、犯人は、どこかに姿を晦ませた。その方法はわかりません」ベルさんが説明した。
「入ってきた時は、玄関以外を使った可能性があります」私は言った。「一階か二階のどこかの窓が開いていれば、そこから侵入する事が出来ます。屋敷に入った後、内側から鍵を閉めて、ポパイさんを排除して、一階のどこかの部屋に隠れていた。全員が二階に上がったタイミングで玄関から外に出れば、一応、可能ではあります」
「そう。謎だけど、不可能ではない。だから、警備システムのカメラ映像を全てチェックすれば、犯人が映っているかもしれない」
この屋敷の窓の鍵が閉まっているのは、ベルさんとナツさんの二人が確認している。裏口も内側から鍵が掛かっているので、犯人が利用したわけではないだろう。
ケンゾウさんは、フルーツが乗った食器を運んできた。それをリンゴの前に並べた。
「ケンゾウさん。身に覚えのない内に窓や裏口の鍵が開いていて、それを閉めたという事はないですか?」私はきいた。
「いえ。普段から裏口は利用しておりませんので、常に鍵は閉めたままでございます。調理をする時に、キッチンの窓を開けておりますが、それも、片付けが終わりましたら窓を閉めて、鍵を掛けております。その他の窓に関しましても、換気の時以外は、閉めたままでございます。基本的に窓を開けている時は、私がその部屋の中で掃除をしております」ケンゾウさんは、ゆっくりと発音した。
「ケンゾウさんやナツさんの食事は、何時頃でしたか?」私は質問した。
ケンゾウさんは、ゆっくりとナツさんを見た。
「私たちの食事は、お嬢様のお食事の後に行いました。十二時五十分頃から食べ始めて、一時十五分には食べ終えています」ナツさんが答えた。
「わかりました」
私たちが、この屋敷に来たのが、現地時間で午前十一時。リンゴの昼食が正午で、食べ終えたのは、二十分後。そこから、三十分後の十二時五十分から一時十五時まで、二人は食事をしている。
私が最後にポパイさんを確認したのは、十二時二十五分。その後の一時間半くらいは、私は、ベルさんが示したポイント巡っていた。
「私たち会ったよね。あれ、何時頃だっけ?」リンゴがベルさんを見た。
「今、確認したら、一時だね。僕とリンゴは、その時間にポパイさんと屋敷の前の森で会っている。その時点では、彼には異常が無かった」ベルさんは、答えた。「あとは、僕とリンゴは、ポパイさんと別れた後も、その前も、屋敷の前にずっといた。リンゴがボードを車庫から持ってきたのは、一時十分だし、その後もリンゴは、屋敷の前で、ボードで遊んでいた。僕も屋敷の玄関前から動いていない。一時五十分にネオンが僕たちと合流しているね。僕が屋敷に入ったのが、二時になる。だから、その一時間の内に、犯人は、ポパイさんを切断して、屋敷から逃亡している事になる」ベルさんは、淀みなく言った。この短時間で綺麗に整理しているようだ。
一時間の間に、犯人は屋敷に侵入して、ポパイさんを切断して、屋敷から出て行った。窓にも裏口にも鍵は掛かっていて、唯一の出入り口である玄関の外には、その間、ベルさんとリンゴがいた事になる。私が戻って来た時に、ベルさんとリンゴがいたのは、玄関の正面の庭に位置しているし、その辺りは綺麗な芝生が整備されているので、物影に隠れて玄関を出入りする事は不可能だろう。人が出入りすれば、気付かないはずはない。護衛の任務中なのだから、尚更だろう。
「調理を開始してから、片付けるまでの間、キッチンの窓は換気の為に開けていたのですよね?」私はケンゾウさんに確認した。
「はい。片付けが終わりましたのが、一時半頃かと思われます」彼は答えた。
「調理を開始したのは、何時頃ですか?」
「お二人をお嬢様の元にご案内したすぐ後でございます」
「リンゴが外に出るまでは、玄関の鍵は開いていましたか?」
「いいえ。お嬢様が中におられる時は、常に鍵を閉めております」
つまり、犯人が出入りに必要な鍵を持っていないと仮定した時、玄関から移動したのなら、十二時二十分から、二時までの間になる。キッチンの窓からの出入りなら、十一時から一時半の間。最後にポパイさんを確認したのが、一時なら、時間的な矛盾はない。
現時点で考えられるのは、一時頃にベルさんたちと別れたポパイさんは、屋敷に入った。犯人はキッチンの窓から人がいない間に侵入して、ポパイさんを切断した後、一時半までの間に窓から出て行けば、ケンゾウさんがその窓の鍵を閉めてくれる。もしくは、全員が二階に上がった後、玄関から出て行く。
でも、誰にも気付かれずに可能だろうか?
「お二人は、物音をきいてはいませんか?」私は、ケンゾウさんとナツさんを交互に見た。
「いいえ」ケンゾウさんもナツさんも首を横に振った。
「そういえば、エンプティの中に記録が残っているんじゃないですか?」私は、隣のベルさんを見た。
「エンプティの記録は、殆どが専用端末で行っている。本体は、この体じゃなくて、専用端末の方なんだ。でも、エンプティの中にも、記録媒体はある。事件が起きた時は、街中にいるエンプティの数だけ、監視が出来るシステムなんだ。ただ、あのエンプティは、首が切断されていた。その記録媒体は、首のすぐ下にあるんだけど、意図的に壊されていた。たぶん、ポパイさんは犯人を見たから、その隠滅を図る為だと思う」ベルさんは答えた。
「でも、それじゃ、ポパイさん本人と連絡を取れば、犯人もわかるって事ですね?」私は確認した。
「そう。だから、屋敷の中の安全さえ確保出来たら、時間が解決する事件なんだ」
私は、少し安堵した。これで、事件はすんなりと解決するだろう。
殺されたのが人間なら、その時点で、その人の中に蓄積された情報は失われる。でも、エンプティなら、操っている体が壊れるだけの事なんだ。操作しているドローンが壊れたなら、新しいドローンを使えばいい。パイロットのノウハウも情報も失われない。それが、エンプティの利点だ。
「一応、僕とネオンの視覚と聴覚情報を共有しておくよ。なにか映り込んでいるのを、見逃している可能性もあるから」ベルさんは、提案した。そして、ベルさんから動画が送られた。私も、ここに来てからの動画をベルさんと、リンゴの携帯端末に送った。動画時間が違ったので、確認すると、ベルさんの動画は、リンゴが食事を食べ終えた辺りからの映像だった。確かに、ダイヴした直後の動画は必要ないだろう。データが重くなるだけだ。
「この事件の謎は、どうやって犯行を行ったかではありません」ナツさんが淀みなく静かに発音した。「どうして、犯行を行ったのかです」




