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二人のトワイライト  作者: ニシロ ハチ
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第一章 10



 階段を上る音がして、一人の女性が部屋の前に現れた。

 黒い長袖のワンピースに、白のフリルの付いたエプロンを付けている。日本人らしい見た目で、髪は黒髪のロングだった。ゲームかアニメに出てくるメイドの姿だ。

「どうかしましたか?」その女性は言った。

「どちら様ですか?」僕はきいた。でも、なんとなく目星は付いていた。

「ナツと申します。お嬢様のメイドをやっているものです」彼女は、上品にお辞儀をした。

「この部屋で、ポパイさんがダイヴしていたエンプティが排除されたようです。心当たりはありませんか?」

「いえ」彼女は首を横に振って、部屋の中を覗いた。驚く様子はなく、平然とした顔で、部屋の中に入って来る。切断されたエンプティを、彼女は珍しそうにじっくりと眺めている。

「これをやった人が、屋敷の中にいる可能性があります。一時的にですが、シェルタに避難しましょう」僕は言った。

「そうですね」彼女は、僕の顔をジッと眺めた。

「ケンゾウさんは?」

「屋敷内にはいるはずです。呼んできます」彼女は、部屋の外へ向かった。

「ネオンも付いて行って」僕は指示を出した。

「わかりました」ネオンは、スイッチが入ったようだ。機敏に返事をした。

「お嬢様?」ナツさんが、部屋の外からリンゴを心配そうに見ていた。視線に誘導されて、リンゴを見る。リンゴは、切断されたエンプティをぼんやりと眺めているようだった。

「大丈夫?」僕は近くにいたので、声を掛けた。

「ん?うん」リンゴは頷く。まだ、ぼんやりとしている。

「シェルタへ急ごう」

 リンゴを先に歩かせて、部屋を出る。僕が最後に部屋を出て、扉を閉めた。リンゴは、切断されたエンプティを、最後までずっと見ていた。

 ナツさんは、階段を挟んで向かい側の部屋をノックしていた。階段を上って来る音がして、踊り場にケンゾウさんが現れた。ナツさんがノックしていた部屋が、ケンゾウさんの部屋なのだろう。でも、彼は一階にいた。実は、僕が屋敷に入った時に、彼がダイニングにいるのを確認している。彼はそこの椅子に座っていた。物音を聞いて、上って来たのだろう。

「どうかなさいましたか?」ケンゾウさんは言った。

「屋敷に誰かが侵入した痕跡がありました。安全を確保するまでは、シェルタに避難したいと思います。ポパイさん以外で、この屋敷を出入りしている人は、もういませんか?」僕は言った。

 ケンゾウさんは、階段を少し上がって、見渡している。ここにいるのは、僕とネオンとリンゴとナツさんとケンゾウさんだ。リンゴの話では、これで全員になる。

「はい。その様な方は存じておりません」ケンゾウさんはお辞儀をした。

「では、まずは、シェルタに向かいましょう」僕は提案した。

 ケンゾウさんを先頭に、リンゴ、僕、ナツさん、ネオンの順で階段を下りた。一階で止まらずに地下へ向かう。一階から地下への階段は、踊り場で百八十度右に回って、更に下へ向かった。玄関のあるスペースの真下に、地下シェルタがあるようだ。船の操縦桿みたいな円形の取っ手をケンゾウさんは回した。扉は分厚く、奥に押して開けていた。土砂で崩れても、中から開ける事が出来る為だろうか。

 シェルタの中は、奥行と横幅が三メートル四方で、十分な広さがあった。でも、それは想像していたものとは違った。もっと無機質な空間だと思っていたが、このシェルタの中は、アート作品の様になっていた。

 僕は立ち止まってしまっていたので、中に入って、ドアの横にズレた。

 空を飛ぶ金魚に、テーブルの上にはアイスの様に溶けた林檎。椅子の肘掛にはナイフが刺さっているが、その刃先は、溶けて椅子と一体化していた。その溶けて刺さった部分は、ナイフと同じ色で作られている。まるで、液体金属が椅子の表面を侵食したみたいだ。赤とピンクのサイケデリックな壁紙。その他にも、個性的な装飾が施されていた。

「なに?これは?」僕は率直な感想を口にしていた。

「私が造った。趣味で」リンゴは呟く様に言った。

「凄いね」面白い部屋だから、もっと見ていたいが、今はそれよりも大事な事がある。

 シェルタの中に全員が入った。扉は開いたままだ。

「今から、僕が屋敷の中を見て回ってきます」僕は言った。

「私はどうしたらいいですか?」ネオンはこっちを見ている。

「一階の階段の前に立っていて」

 ネオンは無言で頷く。

「私も同行します」ナツさんが言った。

「危険が及ぶかもしれません」

「そのつもりがあるなら、私もケンゾウも、とっくに処理しているのではありませんか?」ナツさんは、すぐに返した。こんな状況なのに、頭の回転が速いようだ。

「それに、鍵の掛かっている部屋もありますし、屋敷の構造にも詳しいです。邪魔はしません」ナツさんは、頭を下げた。

「わかりました」僕は了承した。知らない人に屋敷の中を勝手に物色されるよりは、監視があった方が、彼らにとっても安心だろう。

「扉は中から鍵を掛けて下さい。安全を確認出来た時に呼びに来ますが、なにか連絡手段はありますか?」僕は、三人を見渡した。

「扉の前にベル……鐘みたいなのがある。それを鳴らしたら、振動が中に伝わって、それが振動を増幅させるから、中にいてもわかる」リンゴは、扉に付いている箱型の機器と鈴とみたいなものを指した。

「こちらから合図をするまでは、開けない様にしてください」

 リンゴとケンゾウさんは頷いた。ケンゾウさんは、神妙そうな顔付きだ。

 僕とネオンとナツさんは、外に出て、扉が閉まるのを確認した。扉の外に金属のベルとトンカチが壁にくっついていた。ベルを叩けば、振動が分厚い扉越しに伝わり、箱型の機器がアンプの様に振動を増幅させるのだろうか?それとも、振動を感知すれば、すぐ下の鈴を鳴らす仕掛けがあるのかもしれない。

「では、一階から見て回りましょうか」僕はナツさんに提案した。彼女は頷いた。ネオンには、階段の前に立って貰った。その位置なら、地下へ誰かが来た時や、一階や玄関を出入りした者がいれば、すぐにわかるからだ。

 僕とナツさんは、ダイニングから見て回った。部屋の中の隠れられる場所や、窓の鍵が閉まっているかどうかも確認した。ダイニングの隣にはキッチンがある。ダイニングからのアクセスと、玄関の広間からもアクセスが出来る。広間から入った時、対面に当たる壁には、つまり屋敷の西側の壁には、この屋敷唯一の裏口がある。そこの鍵が施錠されている事を、僕とナツさんの二人が確認した。アナログ式だが、外から鍵を掛ける事は、不可能な機構だった。

 一階の残った一部屋は、アトリエというか工房だった。道具に溢れて、作業途中の物に溢れた、魅力的な部屋だ。この屋敷で一番魅力的なのは、この部屋だと感じた。ナツさんにきけば、リンゴの作業部屋との事だった。金属を回転させて削る機械から、刃物を回転させて金属を削る機械に、金属を切断する道具まである。基本的な工具から専門的な工作まで対応出来る様に、道具が揃っている。隣の部屋の置物や、シェルタの作品は、ここで生み出されたのだろうか。

 この部屋は、呼吸をしているみたいだ。リンゴの魅力のその欠片が、この作りかけのおもちゃから伝わってくる。

 二階の部屋も全て見て回った。屋根裏にいたるまで調べて、この屋敷の中に人がいないことを、二人で確認した。

 最後にもう一度、切断されたエンプティのいる部屋を見た。ナツさんは、興味深そうに、エンプティを見る。

「どうかしましたか?」僕はきいた。

「見事な切断面です。素早く、正確な一撃だったのでしょう。それを五回に渡って行っています。全て同じ傷跡です」

「そうですか」

「犯人に興味はありませんか?」ナツさんは、疑問に思っているようだ。

「ありません。それよりも、リンゴの身の安全が優先です」

「そうですね。……その通りです」そう言った彼女の表情には、どこか鋭さが感じられた。



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