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二人のトワイライト  作者: ニシロ ハチ
10/37

第一章 9



 ベルさんの指示したルートを全て見終わった。

 リンゴの屋敷周辺にある建物を巡るツアーのようだった。周辺といっても、一番近い建物でも、四キロは離れていたけど。

 私は、リンゴの屋敷に戻って来た。芝生の上にベルさんがいる。ベルさんは、上空で浮遊する物体を眺めていた。

 それは、ボードに乗っているリンゴだった。

 ボードは、浮遊式の一枚の板の上に乗って、重心移動で操作する乗り物だ。エアボートとか、ホバーボードとも呼ばれている。昔は、雪面や波の斜面を利用するボードや、車輪が付いて足で蹴って移動するボードがあったが、完全上位互換のエアボードが発売されてからは、あれをボードと呼ぶようになった。

 仕組みとしては、人が乗れるドローンだ。操縦方法が違っているのと、ソフト的な安全装置が組み込まれているのが一番の違い。でも、どうしても、事故を抑える事が不可能だったので、生身の人間が乗るには、大きな専用の室内に衝撃吸収のクッションを敷き詰めて、高度と速度を制限したものに限られている。殆ど全ての国では、生身の人間が公道で操作する事は禁止されている。

 だから、ボードに乗るのは、エンプティにダイヴした時だ。エンプティなら、誤って落ちてしまっても、アシスト機能によって、受け身を取る事が出来る。ただ、街中で乗る事は、エンプティであっても、禁止されている所が多い。生身の徒歩と変わらないスピードで、膝位の高さのまま移動するなら、認められている場所は増えるが、それだとボードの楽しさを実感出来ないだろう。

 リンゴは、生身のまま、ボードに乗っている。

 それも、もの凄いスピードともの凄い高度だ。風よけのゴーグルを装着しているが、それ以外のプロテクタは、なにもない。赤いパーカに半ズボンだ。

「ベルさん、あれって」私は、ベルさんに喋った。声が大きくなったかもしれない。

「ああ。凄い腕だね」ベルさんは、こっちを一瞬だけ振り返って、リンゴを見た。

「じゃなくて、危険です」私は、ベルさんのすぐ横に立った。

「僕もそう思う」ベルさんは、呑気に答える。

「止めた方がいいんじゃないですか?」

「あれは、日常的に乗っている動きだよ。相当努力したんだろうね。ホントに凄い」

 言っても無駄なようだ。

 私は、リンゴを見た。鳥よりも自由に空を飛んでいる。

 本来、ボードは、地面と水平で、僅かに角度を変えて移動するのだが、今のリンゴは、ボードが地面と垂直になったり、体ごと上下反転したりと、アクロバティックな動きをしている。

 エンプティが操作しても、あの動きは出来ないだろう。

「大丈夫なんですか?」私はきいた。見ているだけで、心配になる。

「ストレッチもしてたし、まぁ、大丈夫なんじゃない」

 リンゴの動きが緩やかになった。地上三十メートル程の高さのまま、こっちを見ている。彼女は、元気そうに手を振った。

 次の瞬間。

 頭の位置が反転して、ボードが上になった。

 そして、急加速。

 地面に衝突する前に、紙を地面と平行に落とした時の様に、滑らかに、地上スレスレを飛んだ。

 速度を落とすどころか、どんどん上昇している。

 樹々の上まで高度を上げて、その上を更に速度を増して飛んでいる。

 百五十キロと測定結果が出た。

「ボードってあんなに速度が出ましたっけ?」私は、リンゴを見たままきいた。

「出ない。ドローンならあれくらいの速度は出せるけど、ボードの場合は、安全の為に制限されているからね」

「特別仕様のモデルを買ったって事ですよね」

「そうみたい」

 ボードから落ちたなら、絶対に助からないだろう。命知らずというか、怖い物知らずというか。

「インメルマンターンだ」ベルさんは呟いた。

 リンゴがやった技の名前らしい。ボードを左右の軸には動かさずに、『つ』の字を逆から書いた様にループした。つまり、地面側にあったボードを、体の前に、そして、上下反転させた。その後、その場で、クルッとロールして、上下を反転した。これによって、左右に移動する事なく、進行方向を百八十度変更したのだ。細い路地を飛行する時に使えるかもしれないが、その場で停止して、方向を変えても同じ効果が得られるだろう。飛行機なら、速度を落とさずに飛び続ける事と、前後が重要となるが、ボードはそうでもない。なので、あの技は、速度を可能な限り維持したまま、方向を変える事に意味があるのだろう。

 その後、リンゴは、コークスクリューと呼ばれる、頭を軸の中心として、ボードを時計回りに動かしながら、地面と平行に飛行した。目が回って危ないのではないだろうか。

 通常飛行に戻った後は、ゆっくりと旋回しながら、私たちの上空を飛んで、静かに着陸した。

 リンゴは終始笑顔のままだった。楽しくてしょうがないのだろう。こんな事が許されるのも、ここが私有地だからだ。

「凄いね」ベルさんは、リンゴに言った。彼女は、ボードに座って両足をブラブラと振っている。両足が地面から浮いているのは、足を振って羽ばたいているわけではなく、ボードのお陰だ。

「まぁね」リンゴは照れくさそうに笑った。

「ボードはフルカスタムしてるの?」

「うん」

「ドイツのルビィのとこ?見た事ないけど」

「んーん。自分でやった」彼女は首を横に振った。可愛い仕草だ。

 ドイツのルビィとは、ドイツのエンプティメーカの代表であるルビィ・スカーレットの事だ。そこは、エンプティだけでなく、ボードも製造している。ルビィ・スカーレットはあらゆる意味で有名なので、知らない人はいないだろう。

「カラーリングのこと?」ベルさんはきいた。

 リンゴのボードは、朱色と白のマーブル模様だ。

「違う。出力とかジャイロとかプログラムから色々と。調整の結果、この形になった。色は、好みだけど」

「ホントに?」ベルさんは驚いている。

「うん。そっちも、一応、専門だし」リンゴは、ボードの表面を撫でる様に触った。

 それが本当なら、さっきの操縦技術以上に凄い事だ。リンゴの下の芝生は、勢いよく揺れている。でも、音は静かだ。

「怪我をした事は無いのですか?」私はきいた。

「ないよ」リンゴは答える。「テスト段階だとエンプティでやるし」

「あんなに凄いの初めて見ました」私は、正直な感想を言った。

「ボードの世界大会に出たら、優勝すると思う」ベルさんも言った。ベルさんは、こういう時にお世辞を言う人じゃない。だから、ホントの事なのだろう。

「それはそうだと思う。でも、あんまり興味ないし」リンゴは言った。「ベルって、なんの為に、大会とかに出てるの?」

「お金と名声の為」ベルさんは、すぐに答えた。

「嘘」リンゴはベルさんを睨む。

「ホントだよ。あとは、体が訛らない様にと、面白そうな人がいないか、見つけるくらいしかない」

「それって楽しい?」

「お金と名声の為だから仕方がない」

「そのわりには、楽しそうに相手のエンプティを排除してるけど」

「楽しい瞬間もあるね」

「排除するのが?」

「駆け引きが」

「ふーん。もう、ボードには乗らないの?」

「足場として利用する事はある。今でも、単純な移動くらいなら出来るけど、あんな動きは無理かな」

「キャンディに乗ってみる?」リンゴは、自分が座っているボードを見た。

「オリジナルの調整をしてるなら、壊してしまうかもしれないから遠慮しておくよ」

「キャンディはそんなに馬鹿じゃないよ。壊そうと思っても壊れないから、安心して」

「その調整も自分でやったの?」

「うん。エンプティが蹴っても、鈍器で殴っても、石を投げても、目があるから避けられるよ。当たっても、衝撃を抑える動きをするし」

「へぇ。操作方法は、重心移動?」

「そう。あとは、私の声と、端末で操作も出来る。私の後ろなら追尾もするし」

「賢いね」

「キャンディは、いい子だから」

「まぁ、そうだね」ベルさんは、『まっ、いっか』みたいな表情をしている。賢いねと言ったのは、リンゴに対してなのだろう。

「オールラウンダなんでしょ?やって見せて」リンゴは、ボードから降りた。彼女は右手をボードの上に翳して、ベルさんの方へ、腕ごと振った。ボードは、腕の速度で、等速直線運動をしている。ベルさんに当たる、二メートル前で、ボードは自動で浮遊したまま停止した。あんな動きは、ボードには出来ないはずだ。あれも、キャンディのオリジナルだろうか。

「誰が言ったの?」ベルさんはボードを見る。

「ベルの紹介文に書いてあった」リンゴは、ニッコリと笑う。

 私は、ボードから離れた。

 ベルさんは、腰の高さで浮遊しているボードに足をかけた。そして、猫の様に軽やかに乗ると、その場で上昇した。三メートルの高さで、また止まった。初めは、ボードを殆ど水平にしたまま、ゆっくりと移動した。操作性を確かめているのだろう。高度を上げたのは、その方が安全だからだろうか。

 一分位は、緩やかな動きのまま、移動しては止まってを繰り返した。気が付いたら、リンゴが私の隣にいた。

「やっぱり凄い」リンゴは呟いた。

「どうしてですか?」私はきいた。

「AIのアシストを使ってない。自分で操ってる」

「普通じゃないんですか?」

「キャンディの感度は、高く設定してあるから、もっと暴れ回るのが普通」

「片足立ちした時に、一歩も動かない方が難しいみたいなものですか?」

「そう。いいね」リンゴは、私を見て笑った。

「というか、それは、乗る前に教える事じゃないですか?」

「まぁ、そう。普通はね。でも、ほら、オールラウンダだから」リンゴは、声に出して笑った。「一度くらい、暴れるキャンディを見てみたかったんだけどな」

 ベルさんを信用しているのかどうか、怪しい発言だ。

 ベルさんは、その後、高度を上げてから、速度を出した。綺麗な円を描きながら旋回して、更に上昇する。ズームしないと、体の体勢が見えない程小さくなっている。ベルさんは、そのまま旋回を続けた。

「ボードがあると、山頂までの登山も簡単ですね」私は言った。

「山頂に向かうより、森の中を高速移動する方が楽しいけどね」

「それも、アシストで避けてくれるのですか?」

「アシストを使うと、速度が落ちちゃうから、自分で操るよ」

 それは、かなり難しいのではないだろうか。ベルさんの賞賛は、ホントにお世辞ではないらしい。

 ベルさんは、ボードを上下反転させた。頭が下で、足が上にあり、足元にボードがある。

「あの体勢ってなんの意味があるのですか?」私はリンゴにきいた。リンゴは、ゴーグルを付けているから、ズームにして見えているだろう。

「落下よりも速度が出る。足の裏にボードの感触がちゃんと伝わるくらい、出力を上げてるから出来るんだけどね」

「地面に立っているみたいに、ボードが反発してくれるって事ですよね。それで操作も可能になってるんですか?」

「半分はそう。でも空中で体を捻って上下反転するだけで、ボードは足に追尾してくれるから。私がさっき、ベルにキャンディを投げたのも、触れていたわけじゃないでしょ」

「そういえば、そうですね。その設定を全部自分でしたのですか?」

「そっ」

「かなり時間の掛かる作業なんじゃないですか?」

「まだ完成してないしね。失敗と調整の繰り返しだから」

「出力を上げる為に、パーツを変えたらジャイロとか、全体のバランスも崩れる事になりませんか?」

「なるよ。キャンディは、昔から手の掛かる子だったから。まぁ、それは、私の問題なんだけど」リンゴの最後のセリフは、殆ど呟く様なものだった。あれだけ凄い調整を行ってるのに、謙虚なものだ。

 ベルさんは、屋敷の三倍の高さの辺りで止まり、そのままエレベータの様にゆっくりと下りてきた。ベルさんは、静かに飛び降りた。ボードは、その場に浮遊したままだった。

「凄いね。あれを扱うなんて、変わり者だ」ベルさんは言った。

「素直な子が好きだから」リンゴは答えた。

「うん。慣れたら、どのボードよりも有利だろうね。速度もキレも桁違いだ。安全な乗り物じゃないけど」

「私専用だから。キャンディ」リンゴが呼んだので、ボードは彼女の元に飛んで来た。鳥を自在に操る人を、ネットで見た事があるが、鳥よりは賢いだろう。

「ネオンも乗る?」リンゴは言った。

「私、ボードに乗った事が無いので、止めておきます」

「でも、乗りたそうな顔をしてるよ」リンゴは、首をコテッと傾けた。

「屋敷にぶつかるかもしれません」

「ぶつかるのはネオンだけで、キャンディは止まるから」

「ホントに大丈夫ですか?」

「うん。っていうより、私以外の人が乗った時のデータが欲しいから、早く乗って欲しい。ボールを人に渡して、ボールの心配をする人はいないでしょ。それよりも、屋敷に突っ込んだ時に、屋敷の壁の方が心配だから、離れた方がいいけどね」

「…わかりました」正直にいうと、乗ってみたいとは思っていた。空を飛ぶのは、人類の夢だし、私も人類に含まれるからだ。

「僕、ちょっと、見ておきたい所があるから」ベルさんは言った。

「えっ?私が行きましょうか?」私は、ベルさんを見た。

「大丈夫。屋敷の中だから。二人だけで、どこかに行かないように。あと、なにかあれば、すぐに呼んで」

「わかりました」

 ベルさんは、屋敷の方へ歩いて行った。

 私は、ボードに近づいて足を掛けた。

「もし、リンゴに向かっていったら、どうしたらいいですか?」私は、少し大きな声をだした。

「キャンディは勝手に避けるから、ネオンが私にぶつからない様に避けて」リンゴの声は、いつもと変わらないが、エンプティなので、聴きとる事が出来た。こういう時は、相手がエンプティでも、つい声を張ってしまうものだが、彼女は、エンプティとの会話にも慣れているみたいだ。もしくは、頭が相当いいのだろう。

 私はボードの上に乗った。重心が後ろにズレたので、バナナに滑って転ぶみたいになりそうになった。でも、ボードが私の動きを察知して、後ろ側に瞬時に移動した。それにより、体重を支えられたので、ボードの上に乗る事が出来た。

 凄い技術だ。リンゴが賢いと言っていたのも頷ける。でもこれは、ボードに搭載されているAIのアシストのお陰だろう。ベルさんは、こういう機能を使わずに操っていたのか。

 ベルさんがやっていた様に、少しだけ重心を前に傾けた。すると、ボードは、勢いよく前進した。

「うわっ。嘘っ」バランスを保つので精一杯で、森の樹々が目の前に迫っている。

「ジャンプ。ネオン」リンゴの声が聞こえた。

 私は、ボードから飛び降りる為に、勢い良くジャンプした。

 樹の上まで跳んだ。

 ボードを足場にして、跳躍したのだ。

 なのに、私はまだ、ボードに乗っていた。

 高さは、地面から二十五メートル程。

 下は森で、リンゴは小さく見える。

「凄い」私は呟いた。

 跳躍したというより、ボードがここで運んでくれたのだろう。ジャンプは、ボードが上昇する操作の一つなのか。

 周りに障害物が無いので、速度が出ても落ち着いて修正出来る。リンゴやベルさんみたいなアクロバティックな動きは出来ないけど、単純な水平移動なら出来た。少し傾けるだけで、四十キロくらいは出ているだろう。

 周りに邪魔するものは、なにも無い。

 髪も服も揺れている。

 風が目に入っても、目を細める必要もない。

 綺麗な自然がどこまでも続いている。

 この下を歩いていたけど、ボードに乗った方が、何倍も楽しい。

 楽しい?

 私は、自分が笑っている事に気付いた。

 駄目だ。

 今は仕事中なのだから。

 屋敷の近くまで戻った。

 一般的なボードは、左足のつま先を押すと、降下するはずだ。やってみると、キャンディも同じ様に降下した。

 ゆっくりと地面まで近づいて、ボードから降りた。リンゴと屋敷からは、二十メートル以上離れている。

 ボードに乗ったまま、近づく技術が無いので、手に持って運ぼうとした。

「キャンディ。おいで」リンゴが言った。

 ボードは、自動でリンゴの元に飛んで行った。リンゴは、右手を差し出して、走って来る犬を撫でる様に、キャンディを迎えた。

 こうなると、キャンディが生きているみたいに見えてくる。

 ボードの動きがそうさせるのだろうか?

 それとも、リンゴの仕草や対応が、そうさせるのだろうか?

 屋敷の前の芝生の庭で、少女と犬が戯れているみたいだ。

 幸せな光景だ。

 でも、彼女の父親は、命を狙われている。

 とても、そんな風には見えない。

 そんな悲劇が起こるとは思えない。

「ネオン、リンゴと一緒に来て。二階のカプセルが置いてある部屋。すぐに」ベルさんが直接話しかけてきた。

「わかりました。どうかしたのですか?」私はきいた。

「緊急事態。早く。でも、落ち着いて」

「はい」

「リンゴ」私は呼んで駆け寄った。「ベルさんが二階に来て欲しいって」

「ベルが?」

「ここは危ないかもしれません。早く」

「わかった」リンゴは、急に真剣な表情に変わった。

 彼女は、自分の置かれている立場を、ちゃんと認識しているようだ。

 リンゴと一緒に屋敷に入った。ドアを閉める前に、周りを見渡したが、特に異変はない。靴を脱いで、階段を上った。

「カプセルがある部屋みたいです」私は言った。

「何かあったの?」心配そうにリンゴが尋ねた。

「わかりません。でも、緊急事態だと」階段を上って、すぐ左の手前の部屋だ。今は、ドアが開いたままになっていた。

 ドアから入ってすぐの所に、ベルさんが立っている。私たちに気付いてこっちを見た。

「どうしたのですか?」私はきいた。

 ベルさんは、首を振って、部屋の中を示した。

 部屋の中を覗く。リンゴは、私の後ろにいる。

「えっ?」思わず声が出た。

 異様な光景だった。

 一瞬、何かわからなかった。

 認識するのに、タイムラグがあった。

 でも、認識よりも早く、恐怖があった。

 異様だとわかるから、怖いのではない。

 恐怖はもっと、ずっと早い。

 理解出来なくても、怖いのだ。

 あの時も……。

 目を瞑って、瞬時に切り替える。

 部屋の中には、エンプティが倒れていた。

 見覚えがある。

 ポパイさんだ。

 でも、目が潰されていた。

 両手と両足と首も切断されていた。

 服は切断された箇所で破れていて、外れたパーツは、体の傍に揃っている。

 切断された箇所に隙間があるが、本来あるべき位置に、全てのパーツは揃っていた。

 それが、より一層怖い。

 もう、人間には見えなかった。

 人形だった。

 手足も首も切断されているのに、人の形をしているので、今にも動きだしそうな恐怖がある。

「なに?なに?見えない」後ろからリンゴの幼い声がする。

 私は半身になって、彼女を通した。でも、見せない方がいいのではないかと、思い至った。でも、遅い。

「ん?」リンゴは、悲鳴と疑問をシェイクした声を出した。

 周りを見渡す。

 この部屋には、窓がない。

 破壊されたエンプティ以外に、争って乱れた形跡も無かった。

「これはどういう事ですか?」私は、ベルさんにきいた。

「わからない。この部屋に来たらこうなっていた」ベルさんは答える。「屋敷にいる人を全員呼んで、一時的にシェルタの中へ避難しよう。屋敷を隅々まで調べて、これをやった人がまだ中にいないかを、調べる必要がある」

「えっと、つまり」私の頭は追いつかない。

「誰かがこの部屋に侵入した。敵意を持って」



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