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作戦大成功

二月十四日。言わずと知れたバレンタインデー。

いつも通り遅刻ギリギリの時間に登校した俺は、特に期待もせずに靴箱を空けた。自慢じゃないが、俺はモテない。これまで十年と六年生きているが、母親以外からチョコレートをもらったことのない、生粋の非モテである。

故に、靴箱を空けた瞬間、視界に飛びこんできた箱を見てぶったまげた。震える手でおそるおそる箱を取りだせば、それはキレイにラッピングされた小箱であった。“Happy Valentine”と金の文字で記されたハート型のシールがまぶしく見える。

俺は注意深く周囲を見回した。ドッキリではないかと疑ったからだ。しかし、しばらく待っても誰もやって来る気配はない。状況を理解するにつれ、ニヤニヤと頬がゆるんだ。

俺は箱を鞄に大事にしまうと、スキップで教室へ向かった。



あれから数時間が経過した。

帰宅した俺はさっそく小箱を取りだしてラッピングをほどいた。蓋を開けると、一口サイズのチョコレートがいくつかとメッセージカードが出てくる。不格好な形を見るに、ほぼ間違いなく手作りであろう。うれしくてたまらなくなった。

チョコレートを一粒つまみ、しげしげと眺める。愛らしい造形をしばらく堪能した俺は、ついに意を決して口の中にチョコレートを放り込んだ。舌の上で転がし時間をかけて味わう。完全に溶けて口内からなくなると、次の一粒をとって同じように堪能した。俺のために心を込めて作られたチョコレートは、今まで食べた中で一番甘くておいしかった。


最後の一粒を食べ終えた俺は、満ち足りた気持ちでため息をついた。胸がいっぱいだ。

生きてて良かった……なんて大げさなことを考えていたら、ふとメッセージカードのことを思いだした。俺としたことが、すっかり忘れていた。

これまたかわいらしい花柄模様のカードは二つ折りになっている。俺はドキドキとカードを開いた。そして一瞬にして血の気が引いた。メッセージの書き出しが「今井くんへ」だったからだ。俺の苗字は「今田」である。とどのつまり、このチョコレートの差出人は、入れる靴箱を間違えたのである。


俺は深い後悔の念に苛まれた。先にカードを読んでいれば、こんな事態にはならなかったのに。しかし、後悔していてもなににもならない。

すぐさま財布を持って家を飛び出した。目指すはスーパーだ。目的はもちろん、チョコレートの材料を購入することである。俺のバカな過ちで、一人の女の子の気持ちを踏みにじることなんてできない。



翌日。

なんとかできあがったチョコレートを目の前に、俺は達成感を覚えていた。普段料理をしないため大変苦労したが、ネットと若さをフル活用して徹夜で試行錯誤し、なんとか食える物を生み出すことができた。あとはこれをラッピングして(もちろん、メッセージカードを入れることも忘れない)今井の靴箱に入れれば任務は完了である。



いつもより速く家を出て、全速力で学校へ向かう。今行けば、熱心な運動部の連中の他に、生徒は登校してきていないはずだ。

案の定、学生用の玄関には誰もいなかった。一休みして呼吸を整えた俺は、鞄から例の箱を取りだす。そして今井の靴箱を空けた。どうか、恋のキューピットが微笑みますように。そう祈った瞬間のことだ。


「今田?」


俺を呼ぶ声が閑散とした玄関に反響した。ギクリとして、ぎこちなく振り返る。そして、俺は絶望した。目を丸くした今井がこちらを見ていたからだ。


「お、おはよう」


なんとかその一言を絞り出した。心臓がバクバクと暴れて、いやな汗が全身から吹き出す。まさかまさかの事態である。

どうすることもできずに顔を真っ赤にする俺を見て、何故か今井は噴きだした。スタスタとこちらに近寄ってくる。そして俺の握りしめた箱を指差した。なんだか知らないが、妙に楽しげだ。


「それ、チョコレート?」

「……ま、まぁ」

「バレンタイン、昨日だけど?」

「そう、だね」

「ま、いいけど」


どもりまくる俺に対して引くこともせず、今井のノリはあくまで軽い。これが陽キャか……などと現実逃避する俺に向かって、今井は手を差し出した。意図がわからず手の平を凝視する。指が長いなと思った。イケメンはこんなとこまでキレイらしい。

困惑してアクションを起こさない(起こせない)俺にしびれをきらしたのか、今井は少し強めの口調で言った。


「ちょうだい」

「え?」

「チョコレート。俺にでしょ」


あ、なるほど。ようやく意味が呑み込めた。それならそうと早く言ってほしい。

俺は握っていた箱を今井に差し出した。本来なら昨日、こいつに渡るはずだったものだ。今井は箱を受け取るとしばし眺めて、それからうれしそうに頬をゆるめた。俺もつられて笑う。一時はどうなることかと思ったが、ミッションコンプリートだ。キューピットも大満足しているに違いない。いや、むしろ俺がキューピットだ。


「じゃ、俺はこれで」


仕事を終えて満足した俺は、教室に向かうために別れを告げた。お幸せにな……なんて余計なことを思いながら踵を返す。しかし、直後に後ろから肩を掴まれた。


「ちょっと待ってよ、今田」


振り返ると、真剣な顔をした今井と目が合った。まだなにか用があるのだろうか。まさか、昨日やらかしたとんでもない愚行を看破されてしまったのでは……内心戦々恐々とする俺の目の前で、今井は自分の鞄を開いた。それからすぐに箱を取りだす。当然、俺がさっき渡した物とは別のものだ。青を基調にした、クールな包装紙に包まれている。今井は満面の笑みで、その箱を俺に差し出した。


「本当は諦めようと思ってたんだけど」

「え?」


俺の目は点になった。

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