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春桜

 春だ。桜の季節だ。

 ニュースを見ても、ネットを見ても、桜の話題があがらない日はない。


「お花見行こうよ」


 隣を歩く友人に言った。そのそばから、薄いピンクの花びらが、空中を流れていくのが視界の隅にうつる。

 街中にだって、桜の木は生えている。歩道脇や学校の庭、公園なんかにちらほらと。でも違う。俺が求めているのは、もっとたくさんだ。視界いっぱい埋め尽くすくらいの、一面に広がる桜を見たい。


「花見だって?」


 だけど友人は顔をしかめた。


「桜、桜って、お前もか」


 「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめる。歩きながら、器用なもんだ。どうやら桜の話題は、友人的には気に入らない類のものだったらしい。

 友人は偏屈者だ。コイツの見る世界はいつも斜めに傾いている。この春知り合ったばかりだし、めんどうくさい奴だけど、でも嫌いじゃない。俺に気付きをくれるから。


「誰も彼も、花見だ桜餅だと浮かれて……苺大福の方がうまいだろ」


 桜餅と苺大福は、たんに好き嫌いの問題だろ。つっこみたいが、つっこめない。俺としても、気にすべき点はそこじゃない。

 花見、イヤなのか。なんだかがっくりだ。コイツと遊びに行く口実がほしかっただけなのになぁ。お花見って、気軽だし、気楽だし、いいかなぁと思ったのに。でも、イヤなら無理強いはできないよな。


「そういえばさ」


 無理矢理話題を変えようとするが、


「ちょっと待て」


友人にさえぎられた。俺はピタッと口を閉じ、指示通りにおとなしくなる。

 無言の俺が見守る中、友人は鞄から財布を取り出した。中から一枚の硬貨をつまみ上げ、それを俺の目の前に持ってくる。


「これを見なさい。なにに見える」

「百円玉ですね」


 見たまんま答えた。「100」の文字が刻まれた銀色の硬貨は、どこからどう見たって百円玉だ。


「よろしい」


 解答を聞いた友人は満足そうに頷いた。俺はホッと胸をなで下ろす。

 どうにか切り抜けられたか?──そう思ったのもつかの間、友人は話を続けた。


「今度はなにに見える」


 そんな言葉と共に、硬貨が裏返される。クルリと現れたのは、


「あ。桜の花だ」

「正解!」


驚きの声をあげる俺に、友人は口角をあげた。仏頂面がデフォルトのコイツが、滅多に見せない笑顔だ。


「我々は一年中、桜を見ている。もちろん、電子決済サービスやらなんやらが幅をきかせはじめた昨今、現物の金を見る機会は減ったかもしれないが……」


 友人はふっとさびしげな顔をする。それ、そこまで悲しむことかな。便利じゃん、電子決済。

 でもコイツが言いたいのは、そこじゃないのはなんとなくわかる。


「だが百円玉に、桜の花が刻まれている事実は変わらない。そして我々は桜を、日常的に他者とやりとりしている。サービスや商品に対して、代価と共に花を渡しているんだ」

「でもさ、桜がついてるの百円玉だけじゃない?」

「そうだな。ときには平等院鳳凰堂や、夏目漱石」

「夏目漱石は旧札でしょ」

「おだまりなさい!」


 揚げ足とりをする俺の脳天に、友人はチョップをしてきた。手心を加えてくれたのか、大して痛くなかったけど。


「まったく……」


 友人はつまらなそうな顔で俺に背を向けた。 怒らせちゃったかな?──不安が空っ風みたいに胸の中をグルグル回る。しかし、怒ったわけではないのだとすぐにわかった。

 友人の目線の先には自販機がある。


「別に特別なことなんかなくても、いくらでも遊びに誘ってくれりゃあいいのに……」


 ぶつぶつ呟きながら、友人は自販機に百円玉を投入する。声が小さすぎて、なにを言っているのかはわからない。購入ボタンが押されると、ガコンと大きな音がした。


「ほら」

「え、……ありがとう」


 振り返った友人は、俺に缶を手渡してきた。ミルクと砂糖たっぷりのカフェオレだ。俺の好きなメーカーのやつ。

 両手で缶を握りしめると、ジンと温かさが伝わってくる。


「近頃は、あたたかい飲料を見かけなくなってきた」

「そうだね」

「今日はちょっと日射しが強いな。厚着してこなけりゃよかった」

「うん」


 適当に相づちをうっている内に、友人は自分の分のコーヒーを買っていた。ぼんやりと眺めていると、プルタブを持ち上げて栓を開ける。プシュッ。空気の抜ける音に、俺はハッと我に返った。


「で、花見だっけ?」


 ブラックコーヒーを片手に、友人はたずねてくる。


「うん」

「計画はたててるのか?」

「いや、まだ」


 返事を聞いた友人は、また「やれやれ」と肩をすくめた。


「付き合ってやるから、早めに日時を決めてくれ」

「え!」

「ちゃんと連絡してくれよ。ホウレンソウは大事だぞ」


 説教じみた言葉を残し、友人は一人で歩き出す。俺も慌てて後ろに続いた。すぐに追いついて、もとのように隣に並ぶ。


「計画たてるのはいいけどさ、お前、いつヒマなの?」


 はずんだ声でたずねる。すると友人はすました顔で答えた。


「いつでもあいてる」

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