金がほしい
ベッドの上に四肢を投げ出し、
「腹へったなぁ」
と呟いた。隣で小さな笑い声があがる。耳をくすぐるその音は、眠気を誘う心地良さ。
「冷蔵庫の中、なにもないよ」
彼女が言う。
「財布の中も空っぽだ」
俺は返す。でも本当はめちゃくちゃ重い。小銭ばっかり詰まっているから。
「金ってどうにか食えないかな」
頭にふっと浮かんだことを、そっくりそのまま呟いた。なにも考えずに言葉を外に出すのは、俺の悪いクセだ。
「どうにかって?」
「どうにか」
「だから、どうやって?」
「えーと……」
しつこい追及の嵐に、ようやく俺は頭を動かしはじめる。
「金箔みたいに薄く削ってさ、なにかにかけるとか?」
答えを探していると、彼女が先に案を出した。
金箔かぁ。高級料亭なんかで出てきそうな、お高そうな料理が頭に浮かぶ。でもあいにくと、俺の財布の中に金貨なんかありゃしない。一番たくさん入っているのは、十円玉だろうか。渋い茶色のそれを削れば、スイーツなんかにかかってるチョコレートみたいになるかもしれない。
でも。でもなぁ。
「かけるものがないんだよなぁ」
俺はウーンとうなった。視線は天井に向けたまま、眉間に皺を寄せる。彼女はそれがお気に召さなかったようだ。
「なによ。真面目に答えたのに」
裸の胸を、平手で殴られた。すねてしまったようだ。叩かれたそこは、鈍い痛みを訴えてくる。
殴られた場所をそろりと撫でると、薄い皮膚を通して、手のひらに心臓の鼓動が伝わってきた。ドクンドクン。エンジンふかしたバイクみたいだ。いつまでもきいていられる気がする。
「しゃぶしゃぶとかどうかな?」
ふっと、アイディアが落ちてきた。
「出汁のきいた鍋の中に、諭吉さんを泳がせんの」
でもこれ、ひどい考えだ。罪のない諭吉が火傷してしまう。威厳に満ちたあの顔が、泣き顔に変わるとこは見たくないな。
俺は考えを撤回しようとした。深く息を吸う。だけど彼女が先手を打った。
「泳がせるお金がないでしょ」
鼻で笑われる。しかしどうにも反論する気力はわかなかった。怒れない。代わりに笑いがこみあげてくる。
ケラケラ笑いながら、俺はごろんと寝返りを打った。化粧も、アクセサリーも、服すら身に着けていない女が視界に入る。笑いがひっこんだ。
なにもまとっていなくても、彼女はきれいだった。みずみずしく輝く瞳が、俺を見つめている。半開きの唇は、目がくらむほど艶やかだ。思考が奪われる。
赤と赤の隙間から、吐息が落とされた。なんてことはない、ただの呼吸だ。だが俺はそれに酔った。自然に体が動く。カッサカサの唇を、彼女のそれへ重ねる。色気もへったくれもない、軽い触れ合い。
すぐに体を離し、至近距離で見つめあった。
「金がほしいな」
目の前の唇へ吹きかける。彼女はなにも答えない。ただもう一度、互いの唇が重なっただけ。
昔はコインの形したチョコレートを「お金だったらいいのになぁ」なんて思いながら食べてました、私。




