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なりそこない

通報を受けた警察がA氏の家に駆けつけると、キッチンの床に男が転がっていた。体中に赤黒い殴打の痕がある男は、ピクリとも動かない。顔を覗きこむと、男の顔はA氏にそっくりだった。合点がいった警官はすぐに、

「これは【なりそこない】ですね」

なんでもないことのように言った。

「なりそこないとは?」

A氏は困惑をありありとあらわした顔でたずねた。

「ご存知ないんですか?」

警官は意外そうに聞き返す。

「小麦粉でできた生地をね、特定の人物を思い浮かべながら恨みを込めて殴るんです。するとね。だんだんその人物に似てくるんですよ。使う道具は麺棒でも拳でも、なんでもいいんですけど」

「そんなことがあるのですか!?」

ショックを受けたA氏は、全身真っ白になった。それでは誰か、自分を恨んでいる者が存在するということに気が付いたからだろう。

心境を察した警官は、

「お一人で暮らしてるんですよね。何か不安なことがあったら、いつでも相談してください」

そう言って、恐れおののくA氏の肩を叩いた。けれどそれっきり【なりそこない】を回収してすぐに引きあげていった。あとに残ったのは、不気味な静寂に包まれた家と青ざめたA氏だけだ。



その晩のこと。

A氏はキッチンにいた。頼りないろうそくの灯りが、表情のない顔をおどろおどろしく照らし出している。A氏の視線の先には、小麦粉の生地が横たわっていた。

「……」

A氏は無言で握り拳を振り上げた。大きくふくらんだ影が、淡い光源の中に浮かびあがった。まるで何かを溜め込むような異様な間を置いて、A氏はようやく拳を振り下ろす。そうしていよいよ殴りつけられた生地は、ドンとも、フスっとも、どちらともつかない音をたててぐにゃりと変形した。A氏はその後も立て続けに、何度も何度も生地を殴りつける。

鈍い殴打の音が止んだのは、どれほどの時間が経った頃だったろうか。腕を下げたA氏は一糸乱れぬ姿で呼吸すら荒げていない。薄暗がりにただ立ち尽くすA氏が見守る中、生地がゆっくりと形を変えはじめた。やがてそれは、A氏と同じ顔の男になる。

「やぁ、おはよう」

A氏へ起床の挨拶をした男もまた、色のない無表情であった。



翌日の朝。

通報を受けた警察がA氏の家に駆けつけると、キッチンの床に男が転がっていた。体中に殴打の痕がある男は、ピクリとも動かない。顔を覗きこむと、男の顔はA氏にそっくりだった。合点がいった警官はすぐに、

「これは【なりそこない】ですね」

なんでもないことのように言った。

「ピュグマリオーン、あるいはナルキッソス」の焼き直しです。

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