ふるさと
湯気のたつマグカップを片手に、男は優雅に朝刊を読んでいた。しかし、読み進めている内に視界へ飛びこんできた強烈な見出しのせいで激しくむせてしまう。しばらくして咳がおさまった男は、パジャマの裾で口元を拭いつつ、問題の見出しの記事に目を通した。
【海に沈むアンドロイド X社、自主回収に踏み切る】
なんでも、先月発売されたX社のアンドロイドが、原因不明の不具合を連続して起こしているらしい。
X社といえば、アンドロイドの開発において、業界一といっても差しつかえない大企業だ。実績ある企業が開発を大々的に発表し、大きな期待の中販売を開始した件のアンドロイドは売れに売れたと聞いている。発売初日など、販売店に人が押しかけ、会社には問い合わせの電話が殺到し、あまりに収拾がつかない事態がおもしろおかしくニュースで報じられるほどだった。
それほど大層な代物が、翌月には自主回収するはめになるような欠陥を抱えているなんて、開発者も顧客も、それ以外の人だって、誰一人想像もしなかっただろう。
強い関心を抱いた男は、記事を何度も視線でなぞる。
件のアンドロイドの開発コンセプトは、ストレートに「新人類」。この分野においては、誰もが夢見る目標の一つだろう。
X社の技術者達は開発の過程で、コンピュータ技術だけに留まらず、既存の生物のDNAや進化の歴史までをも徹底的に調べ上げたそうだ。その上で既存の生物へと限りなく近付けるように、緻密にプログラミングを構築したようだ。しかし彼らの努力は結果に結びつかなかった。
市場に出回るまでには当然、数え切れないほどの人の手で検査やチェックが行われているはずだ。X社にしてみれば、今回の騒ぎは寝耳に水の事態だろう。
「それにしても、そろいもそろって海に歩いてった上に、そのまま沈んじまうなんてな。こりゃどんな不具合なんだ? どんなプログラミングしたらそうなるんだ?」
男は好き勝手にひとり言を呟き、難しい顔でマグカップに口を付けた。
記事には「AIに組み込んだ帰巣本能が、想定とは異なる働きをしたため」と書かれているが、門外漢にはなんのことだかさっぱりだ。
海に沈んだアンドロイドは全て、X社が回収しなければならないらしい。回収にかかるコストと顧客への補償を考えると、自分には関係ない話だというのに頭が痛くなってくる。
「手前で出てったんだから、せめて自分で帰ってくりゃいいのなぁ」
爽やかな朝日に照らされる室内に、コーヒーをすする音がズズズッと下品に響いた。
「帰巣本能かぁ……」
何度目かわからない読み直しの最中、男は何気なく呟いた。故郷で一人暮らす母の顔が脳裏をよぎる。正月以来連絡も便りもないが、元気にしているのだろうか。仕方がないから、後で電話の一本でも入れてやろう。今度の休みに帰郷して、顔を拝んでやるのもいいかもしれない。そんな考えに至った男は今後の予定を頭の中で組み直しつつ、無造作に新聞を閉じた。




