あったか~い
冬といえばおでんだろう。我が家では毎年、十一月から二月にかけての寒い時期には、よく食卓にあがっていた。母の手作りおでんは、私にとってお袋の味の一つだ。
だからだろうか。一人暮らしをはじめて一年目、はじめて迎えた冬。帰宅途中に身を切るような風に吹かれて縮こまった私は、不意におでんを食べたくなくった。これもある種のすりこみというやつだろうか。
コンビニで買って帰ることも考えたけれど、どうせなら母の味を再現したい。そんなこんなで帰宅ルートを変更し、私は行きつけのスーパーへと向かった。
*
結果からいうと、私の作ったおでんは母の味には遠くおよばなかった。母のレシピを私なりに再現し、それなりの出来には仕上がったけれど、なにかが決定的に足りない。その上、張り切って作りすぎてしまった。大鍋いっぱいのおでんを前に途方にくれた私は、友達に連絡を入れた。食いしん坊の彼女は、すぐさま家にかけつけてきた。
「昨日、カマボコにされる夢を見ちゃったの」
キッチンに立って作業をする私の隣で、友達は唐突にそんなことを言った。彼女が突拍子もないこと口にするのはいつものことなので、私の方も「ふーん、それで?」と素っ気なく返す。深刻そうな顔をする彼女には申し訳ないけど、私の意識は鍋の中に集中していた。
「いきなり工場に連れてかれたかと思ったら、服を脱がされて頭を落とされて、お腹を開かれて内蔵を引きずりだされてさぁ」
「あんた頭なくなった後のこと覚えてんのね」
「それはほら……、夢? だからさ」
「そういうもんかしら」
「そういうものだよぉ」
邪気のない顔でのんびり言われると、どうでもよくなってくる。
いい加減なのかおおらかなのかよくわからない友達は、私の細かい指摘にも嫌な顔一つしない。「真面目だとか」「気難しい」だとか言われて、煙たがれる私には、彼女みたいな存在は貴重だ。出来る限り大事にしたい。
おでんを山盛りについだ器を手渡すと、彼女は感嘆の声をあげた。「おいしそう!」と瞳を輝かせている。正直満更でもない。
「それで、悪夢のせいで目が覚めたとか?」
別に照れ隠しではないけれど、私は自分の分も器に移しながら、片手間に彼女にたずねた。丸天、ちくわ、ゴボウ天。我が家のおでんは練り物が多い。おでんの具としては大根や卵、しらたきなんかが人気の中、私は断然練り物が好きだった。
「それがねぇ、そう怖くもなくてね」
具をえって、器の中を練り物だらけにしていく私の隣で、友達はほがらかに笑っている。ふんわりゆるい雰囲気をかもし出しながら、彼女は二人分の箸を用意する。
「蒸し器の中がサウナみたいで気持ちよくって」
「熱くなかったの?」
「うぅん、ぜんぜん。最後は冷水につけられてさぁ、もう、お肌ぷるっぷるになっちゃった」
「でもカマボコでしょ?」
「そうだけど、真っ白でとっても綺麗なカマボコにしてもらったの」
「よかったわね」
「うん。ありがとう」
どういう意味の感謝かはわからないけど、友達はその言葉と共に箸を差し出してくれる。私はそれを受け取って「こちらこそありがとう」と返した。
「冷めない内に食べましょう」
「そうだね。あ、そうだ! 柚子胡椒と辛子と味噌ダレを持ってきたんだけど、嫌いだった?」
「というか、どれも試したことないわね」
「そうなの!? おいしいよ。試してみてよぉ」
テーブルにつくなり鞄から取りだされる調味料達。我が家ではなにもつけずに食べるのがセオリーだったけど、彼女の家では色々つけて味変しつつ楽しんでいたらしい。
薦められるまま、さっそく柚子胡椒を試してみる。ちくわの先にほんの少しつけてかじりつくと、柚子の爽やかな香りとピリリとした山椒が鼻を抜けていき、それを追いかけるように出し汁の染み込んだちくわの素朴な味わいが口の中を満たしていく。それは革命にも似た新しい感覚をもたらし、イマイチだと思っていた自家製おでんが見違えるほどおいしく感じた。
「どう、おいしい?」
「まぁまぁね」
素っ気なく答えた私は辛子に手を伸ばす。無愛想な顔の私をにこにこと眺めながら、友達もおでんも食べはじめた。なにもつけずに。
「おいしい! このおでん最高だよぉ」
「あんたって、いちいちおおげさね」
本当におおげさね。うれしそうに次々タネを口に入れて器を空にしていく彼女と、仏頂面でゆっくりと咀嚼している私。それぞれのペースで食事をする内に、なんだか体がポカポカしてきた。やっぱり冬はおでんが一番だ。




