あこがれ
大気を震わせるほどの轟音が都市部に響き渡った。大地が割れ、街が揺れる。崩壊する街並み。立ちのぼる土煙。逃げ惑う群衆。波紋のように広がる人波の中心に、巨大な人影が佇んでいる。しかし、その正体は人ではなかった。中天に達した太陽の下、黒光りする鋼の身体。黒き鎧を纏った騎士とも見紛う様相の「それ」は、人に酷似した姿形をした巨大なロボットだった。
「きゃー! ワルインダーよぉ!」
「誰か助けてくれぇ……!」
憐れ、無力な人々は、ただ悲鳴をあげることしかできない。蜘蛛の子を散らすように、瓦礫の間を駆け回る彼らを見下ろし、巨大ロボット、ワルインダーは哄笑する。
[見ろ! 愚民どもがムシケラのようだ!]
スピーカーから発せられたヒビ割れた声は轟雷のごとく大気を震わせ、人々は恐怖にちぢみあがった。
[ゴミムシどもめ! 我が愛剣、ダークネスソードの錆にしてくれる!]
抵抗する気力すらなくしただ震えるばかりの人々を嘲笑い、ワルインダーは背中の鞘からダークネスソードを引き抜く。太陽光を反射して、漆黒の刀身がギラリと不気味に煌めいた。
[儚き貴様らの命が、強者たる我の糧となるのだ!]
ヒビ割れた高笑いと共に、ワルインダーはダークネスソードを振り上げる。鋭い剣先に生み出された一陣の風が土埃を巻き上げ、人々は再び悲鳴をあげた。
破壊された街。失われた日常。日々を必死に生きる人々を一蹴する嘲笑。辛うじて保たれていた人々のか弱き心は、強大な悪を前に無惨にも崩れ去ろうとしていた。
[地に伏し、頭を垂れ、悦びに打ち震えながら散れぇ……!]
無慈悲な刃が振り下ろされる。
「あぁ……神様…………」
と、祈りを捧げるか細い声が聞こえた。しかしこの世には、神も仏も存在しない。誰もが奇跡を願いながら、己が身に降りかかる残酷な運命を受け入れていた。
[そこまでだ! ワルインダー!]
……そう、「彼」が現れるまでは!
[ぐぅっ……!?]
突如飛来した巨大な弾丸が、剣の柄を握るワルインダーの片腕を穿つ! 鋼鉄の装甲が砕け散り、衝撃でよろめいた暗黒の騎士は剣を支えになんとかバランスを保った。その様は絶望に染まっていた人々の心に、一筋の光明をもたらした。希望を取り戻しにわかにざわめきだした民衆達に囲まれて、体勢を整え直したワルインダーは、不躾な闖入者へ愛剣の切っ先を向けた。
[よくも邪魔をしてくれたなメタル=シェリフ!]
[悪があるところに、私は必ず駆けつける!]
獣の咆哮にも似たワルインダーの怒声に、毅然とした声が応じる。ダークネスソードの差し示す先に、その主はいた。構えたピストルの銃口を油断なくワルインダーへと定め、荒れ果てた街に凛と立つ巨大なロボット。その名もメタル=シェリフ! 人々の安寧を守る、正義の守護者である!
[私が来たからには、もう、お前の好きにはさせないぞ!]
悪の権化たるワルインダーとは対称的に、正義の体現者たるメタル=シェリフのメタルボディは、太陽の光を反射し白銀の輝きを放っていた。その輝きに照らしだされた人々は立ち上がり、一丸となって、救世主へ声援を送る。
「がんばれメタル=シェリフ!」
集団の中から一人の少年が飛び出して叫んだ。大きな瞳に涙を浮かべながら、しかし、その瞳は綺羅星のごとき光をたたえていた。メタル=シェリフはそんな少年を一瞥し、親指を立てて見せた。
[任せてくれ、少年よ! 必ず私が君達を守ってみせよう!]
正義の味方の言葉を聞いた少年は、頬を染めて笑顔を浮かべた。彼だけではない。その場に存在するすべての人間の顔が、明るく染まっていた。メタル=シェリフ、彼はまさしく太陽であった。
しかし、それをおもしろく思わない者がいた。ワルインダーである。彼は再びダークネスソードを構え、戦闘態勢に入る。それに気付いたメタル=シェリフも銃を構え直し、民衆の敵に向かい直った。対峙した両者の間に緊張が走る。ひりつく空気が支配する市街地を、不意に風が通り過ぎた。それが合図だった。二つ巨体が同時に地面を蹴る。
[ぬかせ偽善者め! 今日こそ貴様の脳天に、ダークネスソードを叩き込んでくれるわ!]
[私は決して、悪には負けない!]
正義と悪の戦いの火蓋が切って落とされた。
*
ワルインダーとの戦いを終え、秘密基地へと帰り着いたメタル=シェリフ。その乗組員である田中はすぐさまコックピットから降り、技術スタッフ達に整備を任せると、自身はさっさと休憩室へと引きあげていった。スーツを脱ぎさりベッドの上に四肢を投げ出し、瞳を閉じて、今日の戦いやこれまでのことを振り返った。
田中は子どもの頃から正義の味方に憧れていた。小さなブラウン管の中で悪と戦う彼らの勇姿に。強きをくじき、弱きを守る、そんな存在になりたかった。そのために秘密結社をつくり、悪と戦うための技術研究を重ね、メタル=シェリフを生み出した。
しかし、現実には悪の組織など存在しない。「正義の味方になりたい」という田中の夢は叶わず、家族を養うために企業に勤め、気付けば齢五十を迎えていた。夢などとうの昔に諦めていた。
それがどうだ。一年前、ワルインダーが現れた。街を荒らして回る悪のロボットを液晶画面越しに見た田中は、いてもたってもいられなくなって、眠らせていたメタル=シェリフを起動し、待ち望んでいた悪との戦いに身を投じた。焦がれ続けていた夢がついに叶ったのだ。
民衆からすれば悪党など存在しないにこしたことはないが、田中にとってはワルインダーとの戦い以上に胸躍る体験はなかった。ロボットのおかげで肉体の衰えを感じることもなく、彼は充実した日々送っている。
しかし、そんな田中にも一つだけ憂慮していることがあった。それは最近一人暮らしをはじめた息子のことだ。
上体を起こした田中は部屋に置いていた私物の中からスマートフォンを取りだし、息子へ電話をかけた。スピーカーからコール音が流れ出す。ワルインダーと対峙しているときとは質の違う緊張感に、田中は食い入るように画面を見つめた。しかし、あっさりと呼び出し音は途切れる。
[もしもし父さん?]
スピーカーから飛び出してきた元気そうな息子の声を聞き、田中は胸をなで下ろす。
「太郎か?」
[そうだよ、太郎だよ。どうしたんだよ。なにかあった?]
「父さんは大丈夫だよ。それより、お前の方はどうなんだ? お前の住んでる街に、またワルインダーが現れたんだろ? 怪我してないか?」
田中の抱える不安要素。それは一人息子の太郎が暮らす街が、ワルインダーの襲撃を頻繁に受けていることだった。もう成人し自立しているが、いくつになっても親は子どもが心配なものだ。ワルインダーが出現するたび、田中は息子の身を思って気が気ではなかった。
しかし、この世には「親の心子知らず」という言葉がある。電話越しの太郎は、極めて明るく田中へ返答した。
[大丈夫だよ! メタル=シェリフが助けにきてくれたからね!]
「無事なんだな。よかった……」
[当然だろ! メタル=シェリフは最高のヒーローなんだから! どんな悪が現れたって、彼がいてくれればこの国は安心さ!]
太郎は大げさなくらいにメタル=シェリフを褒め称えた。愛する息子からの称賛は、格別な歓びを田中へもたらす。田中はおもしろいくらいに表情をゆるめ、鼻の穴を大きくした。父の威厳もヘッタクレもないが、電話越しにはわかるまい。
「そ、そうか……そうだな!」
[そうだよ父さん! 僕は彼のことを信じてるからね!]
「信じてる」。息子からの言葉が更なる力をもたらす。今や正義の味方として活動することは、田中個人の夢ではなくなっていた。ただ楽しみを見出すだけではなく、彼を信じる息子と人々の期待に応え続けなければならない。
決意を新たにした田中は、息子に断って通話を切った。ベッドから飛び降り、脱ぎ捨てたスーツを拾い上げる。この世の平和を守るためには、平時から努力を怠ってはならない。スーツを着用しなおした田中は、トレーニングルームへ早足に向かっていった。
*
「じゃあね父さん」
太郎は父親へ別れを告げて通話を切った。沈黙したスマートフォンをスーツの胸ポケットにしまうと、そばに控えていた秘書の花子が話しかけてきた。
「太郎様、またお父様からお電話ですか?」
「花子か……。今日の被害状況はどうだ?」
「街も、ワルインダーも、ついでにメタル=シェリフも最小限に抑えられたかと。もちろん、死傷者は出ておりません。流石は太郎様です」
「そうか」
称賛の声には応えずに、太郎は花子から視線を逸らす。そして彼は上向きに頭を傾けた。視界いっぱいに、ワルインダーのブラックボディが飛びこんでくる。メタル=シェリフに付けられた傷痕を誇らしく思うと同時に、今日も父親へ勝利の花を持たせることができた安堵と達成感から、太郎は知らぬ間にため息をついていた。そんな彼の横顔を見つめ、花子は淡々と言葉を紡ぐ。
「しかし、太郎様も物好き……いえ、親孝行でらっしゃいますね」
「なにを言う」
太郎はワルインダーを一心に見上げたまま、迷いなく返事を返す。親孝行などでは決してない。太郎がワルインダーとして、メタル=シェリフと戦うのは自分のため、それ以上でも以下でもない。
「父さんを喜ばせるのが、子どもの頃からの夢だったんだ。それがようやくかなっただけだ」
そう語る太郎の瞳は、ワルインダーを通して父の姿を見つめていた。彼が今浮かべる表情は、花子が尊敬する上司のそれとも、また人々に恐怖をもたらす悪の化身とも、大きくかけ離れていた。




