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明日天気にしておくれ

僕の住むアパートのお隣さんは少し変わった人だ。だけど悪い人じゃない。顔をあわせれば挨拶をかわすし、お互い気分があえば少しのあいだ立ち話だってする。友達とまではいかないけれど、それなりに仲良くさせてもらっているんだ。

そんなお隣さんは、最初にも言った通りに少し変わっている。だけど、話している分にはおかしなところは見当たらないし、接客業をしているらしい彼女との会話はそれはそれはとても楽しい。僕が色眼鏡で見ているってこともあるんだろうけど、笑顔がチャーミングで、とても好感の持てる人なんだよ。だから変わっていると言っても、性格的な話ではないし、少なくとも僕の目から見た彼女は決して変人でも変質者でもない。


ならどんなところが変わってるかというと、それは彼女の住む部屋をアパートの外から見てみればわかる。防犯意識の低いらしい彼女は、カーテンを閉めるということをしない。そんな無防備なところが庇護欲をかきたてるし、同時に都合よくもあるんだけど、それは今は置いておこう。大事なのは、彼女の常人とは少し異なる性質の話で、僕の偏執的な恋の話ではない。

カーテンを開ききった窓からは彼女の家の中がよく見える。物はきれいに整理されていて、部屋の中はいつも掃除が行き届いている。仕事で忙しくしている彼女が、貴重な休日を掃除に費やしていることは、薄い壁越しに聞こえてくる掃除機の音で知っている。たまには丸一日なにもせずに休む時間だって必要だと思うけど、几帳面だからそれができないのかもしれない。一見家庭的だけど、一緒に住んだら息が詰まるタイプかもしれないなぁ。ゴミは必ずきちんと分別されているし、ベランダに干された下着だって上下がセットでなかったためしがない(ちなみに僕は、白地に青いリボンのついた下着が好きだ)。なんでもきっちりしないと気が済まないんだろう。なんとなく、わかる気もするけどね。


……さて。ここでようやく話を本題に戻そう。

僕も長話で疲れてきた。


これまでの話で、彼女の神経質な性格はそれなりに伝わったと思う。彼女の部屋の中は、無駄が一切なく、一種芸術的なほどに片付いてる。

だけど、そんな彼女の部屋にも一つだけ異質な存在があるんだ。いや、一つどころじゃない。余すことなく晒された窓際、そこには数えるのも億劫になるくらい、たくさんのテルテル坊主がぶら下げられているんだ。その上よく観察してみれば、それぞれにかわいらしい顔がかかれている。目が三角形だったり、口がへの字だったり、中には涙を流してる奴なんかもいて中々に個性的だ。そいつらがまるで見張りをするみたいに、そろって外へ顔を向けているもんだから、僕は少しだけ決まりが悪い。


だからではないけれど、僕はあるとき勇気をふりしぼって、彼女にテルテル坊主のことを聞いたんだ。ひょっとしたら僕の陰湿でいて執念めいた彼女への想いを悟られてしまうかもと不安に思ったけれど、それはまったくの杞憂だった。

彼女はいつものにこやかな笑顔で、僕の質問に快く答えてくれた。


彼女がテルテル坊主をつくるようになったのはひとり暮らしをはじめてから。一度試しにつくってみたらハマってしまったらしい。大人になってから子どもの頃に好きだった遊びをしてみたら、つい夢中になって時間も我も忘れてしまったという経験は僕にもある。だから、なんとなく似たような状況にある彼女にシンパシーを感じてうれしくなった。

彼女は更に話を続けた。だんだんと声がはずんできている。

なんでもテルテル坊主達にはそれぞれに名前がつけられているそうで、あのかわいらしい顔だって個性を出そうとずいぶん苦心しているらしい。そうしてこだわりにこだわり抜いてつくりあげたテルテル坊主を窓際につるすと、彼女はスッと胸がすくような達成感に包まれるのだそうだ。

楽しそうにテルテル坊主の話をする彼女に相づちをうつ僕は幸せで胸がいっぱいで、けれど腹のそこでかすかに燃える嫉妬心にチリチリと苛まれていた。彼女は当然そんな僕の心の内なんて知りはしない。子どものように無邪気に「特にお気に入りなのは、古株の田中太郎なの」と言った。なんでも今の勤め先に就職してから三カ月後につくったものらしい。彼女の口からはっせられた「お気に入り」の単語は鋭利なナイフのように僕の心臓にぐっさりと突き刺さった。その痛みを笑顔で隠し、テルテル坊主について熱く語る彼女を見つめながら、ふと僕はあることを思い出したんだ。彼女が以前こぼしていたグチの中に出てきた上司、その人の名前も田中太郎じゃなかったかなって。もちろん、わざわざ指摘するほど僕は無粋じゃない。

彼女が満足するまでテルテル坊主談議に付き合って、その日はそれでお開きになった。本心ではもっと話をしていたかったけど、彼女の新たな一面を知ることができて、僕は満足したんだ。


どうだったかな?

僕の少し変わったお隣さんの話はこれでおしまい。

今日も明日も明後日も僕は、恋い焦がれる彼女の部屋の様子をひっそりとうかがい続けるのだと思う。彼女が丹精込めてつくったテルテル坊主達に睨まれながらね。

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