夢見る×××様
姉の病室には先客がいた。ベッドの上で健やかに眠る姉に寄りそう先客──義兄は静かにパイプ椅子に腰かけていた。
「お姉ちゃん、起きました?」
以前より少し痩せた背中に問いかける。義兄はピクリとも身動ぎせずに「いいや」と一言返事をした。
姉が病にかかったのは一年前。
眠りについたまま、なにをされても目を覚まさない姉に、医者が与えた病名は聞いたこともないものだった。曰く「運命の人が口付けをするまで永遠に眠り続ける」病だそうで、症例はごく僅かながら大昔から存在する奇病だそうだ。
そんなわけで、姉は昏々と眠りつづけている。どんな夢を見ているのか、知りたいような知らない方がいいような。
ただ一つわかることは、まだ目を覚ましたくないということだけ。
細い腕にささる点滴のチューブを横目に、義兄にまた問いかける。
「お義兄ちゃん、お母さんが、家でご飯食べて帰りなさいって」
「……ありがとう。昨日も、一昨日も、ここのところ毎日お邪魔して悪いな」
「どうして? 家族じゃない」
おかしなことを言うのね。心の底から不思議に思って首をかしげると、義兄は本当にほんの少しだけ、泣き出しそうに瞳を細めた。艶やかな唇が、風に揺れる花びらのように震えている。