犬も食わない
大切にしまいこんでいた宝物の一つがなくなっていた。持ち主の自分ですらめったに触れることなく大事に丁寧に扱っていたっていうのに、これは一体どういうことなの。もちろん、ひとりでに歩いてどこぞへと去っていくなんてことはありえない。つまり、私の大切な宝物を盗み出した、不届きな輩がいるってことよ。
許しがたい凶行に及んだ犯人の目星は、幸いにもすでについている。気に入った物があれば、誰のものであろうとおかまいなしに自分の物にしてしまうとんでもないヤツが容疑者だ。ヤツの暴挙もいつもなら多めに見てあげるところだけど、今回ばっかりはそうもいかない。この世にただ一つの宝物を、譲ってあげることなんてできないからだ。
私は胸中に渦巻く怒りと焦燥感に急かされるように、容疑者の元へと早足に向かった。
容疑者の棲み家は私の家の庭の中にある。ご立派な庭付き一戸建てに住むソイツは芝生の上に寝そべり日なたぼっこをしていたけど、自分に向かって駆け寄ってくる私に気が付くとムクリと体を起こした。
三角形の耳をピンと立てて、巻いた尻尾を左右にブンブン振りながら、つぶらな瞳で期待を込めて私を見上げてくる容疑者。名を「ポチ」というこの柴犬は、今年で三歳になるオスだ。
「ポチ!」
怒りをこらえきれず鋭く名前を呼ぶ。眉は逆のハの字で、ほっぺたはぷっくり風船。絵に描いたような怒り顔で自分を睨む主人の機嫌を知ってか知らずか(多分、わかってないんだろうな……)ポチは「ワン!」と元気に吠えて、私がなにも言わないのに自ら進んでおすわりをした。こんな状況でなければ思う存分に褒めてあげるところなんだけど、残念なことに今はそんな余裕がない。そもそもポチのせいだし。
「私の宝物、また勝手に盗ってったでしょ?」
たずねても、ポチは舌を出してヘッヘッヘッと呼吸をするだけだ。ちょっぴり間の抜けた表情は笑ってるみたいでものすごくかわいいけど、だからといって騙されてはいけない。此奴は凶悪窃盗犯。情けはむようなのだ。
「もう! ポチがそんななら、私も勝手にポチのお宝貯蔵場所漁るからね!」
天使の顔した悪魔に厳しく告げて、犬小屋の裏に回った。ポチは相変わらずおすわりで、小首をかしげて私の一挙手一投足を見守っている。ちょっぴりお馬鹿っぽいポチだけど、こういうところはお利口さんだ。
うちの子の賢さに感心しつつ、犬小屋の裏の地面を見る。最近掘り返したんだろう、やわらかくなった土が湿り気を帯びている。ここで間違いない。
核心を得た私は、素手で迷わず地面を掘り返しはじめた。爪の間に土は入るし指先は冷たくて痛いけれど、甘ったれたことは言っていられない。しばらく無心で掘り進めていると、ついに探していた宝物が姿を表した。細長くて白いそれは土で汚れてしまっているけれど、私が彼を見間違うはずがない。
「やっぱり、ここにいたんだねダーリン」
出てきた骨を両手で丁寧に持ち上げて、安堵と陶酔感で胸をいっぱいにしながら微笑む。なんとなく、昔を思い出してなつかしくなった。
「どこにいても必ず見つけだすって約束したもんね? ダーリンったら照れ屋だから、たくさんかくれんぼして遊んだよね」
つい感傷的になってしまうのはしょうがないよね。今朝、部屋の中に飾っていたダーリンの一部がなくなっていることに気付いたときは我を忘れるくらい驚いたけど、こうして無事に見つけることができてよかった。ポチのことは今日は多めに見てあげよう。それよりも、もっと優先すべきことがあるからね。
「久しぶりに一緒にお風呂に入ろうね? 私が隅々までキレイにしてあげるよダーリン」
うっとりと囁いて、ダーリンに口付ける。土の匂いとか、唇が汚れちゃうとか、そんなのまったく気にならない。ダーリンがどんな姿になったって、私は死ぬまでダーリンのことを愛してるから。
「いつまでもずっと一緒だからね」
幸せすぎておかしくなっちゃいそう。とろける表情を浮かべる私を見上げるポチが「クゥン……」と鼻を鳴らした。ごめんねポチ。あなたの相手は、ダーリンの身支度が整ってからちゃんとしてあげる。




