愛するということ
四限目の授業が終わり昼休みになった。騒がしい教室の隅で、一つの机で向かい合わせになって、田中と佐藤は昼食をとっていた。
「昨日の夜さ、マジ最悪なことがあってさ」
田中はげんなりとした顔で話を切り出した。口を動かしながら、イチゴミルクのパックにストローを刺している。
「最悪って、どんな?」
佐藤はたずねる。たずねながら、弁当箱に詰められた白米を箸できりわけていた。
イチゴミルクをすすっていた田中は、ストローから口を離して返答する。
「部屋の中にゴキブリが出てさぁ……」
「散らかしてるからだろ」
「そうなんだけどさ。ほら、オレって虫めちゃくちゃ苦手じゃん?」
「そうだったな」
「しかもゴキブリよ?」
「飯時にする話じゃないよな」
「半狂乱でハエたたき振り回して、なんとか仕留められたからよかったけどもさぁ……」
「無視かよ」
「そう、虫! マジで虫はムリだわ。生理的に受け付けないわけ」
「あっそ」
マイペースな田中に、佐藤は食事を続けながら適当に相づちを打つ。しかし不意に箸を止めた。弁当箱に向けていた目を田中へ向ける。
「お前さ、例えば、クモが部屋に出てきた時なんかはどうしてるわけ?」
「なんでクモ? 勇気振りしぼって窓から外に逃がしてるけど?」
「へぇ」
意外な返答を聞き、佐藤は目をみはった。田中は焼きそばパンの袋を開けつつ言葉を続ける。
「だってあれじゃん? 誰だっけ……あの、悪竜の助っ人みたいな名前の作家。その人の書いた話でも出てくるじゃん。クモってお釈迦様の使いなんだろ?」
「芥川龍之介の【蜘蛛の糸】な。迷信とか意外と信じるタイプだよな、田中って」
「まぁね。うちのじいちゃん、ばあちゃんも『バチが当たるから殺しちゃダメ』だって言ってたし。それもあるかも?」
「ふぅん」
焼きそばパンを一口かじった田中は、またイチゴミルクに手を伸ばす。佐藤も再び食事を再開した。母親手製の卵焼きを口に放り込む。醤油と砂糖のあまじょっぱい味がふんわりと口内に広がる。やっぱり「母さんの作ったのが一番だな」と思いつつ、パックの中身を呑みきった田中に佐藤は再びたずねた。
「ところで、コチニールって知ってるか?」
「なにそれ? 最近流行りのポップスかなんか?」
「着色料の名前。お前の大好きなイチゴミルクにも入ってるよ」
「へー。知らなかった」
田中はパックに書かれた原材料名を確認する。
「あ、マジだ。でもさ、それが急にどうしたわけ?」
空のパックをコンビニの袋に放り込み、田中は再び焼きそばパンをかじる。しかし、もぐもぐとパンを咀嚼していた田中は、佐藤の放った次の言葉を聞いて硬直した。
「コチニールの原材料って、虫なんだよな」
ゴクリ……田中は口の中身を呑みこんだ。佐藤の顔をまじまじ見つめていた目が、コンビニ袋に向けられる。しかし、すぐに視線を佐藤に戻すと、唇の端をへらりとゆがめた。
「でもイチゴミルクうまいし。虫が入ってるからって、今更嫌いになれねぇわ」
「そう言うと思った。…………これやるよ」
佐藤は弁当箱から二つ目の卵焼きを箸でつまみあげ、蓋にのせて田中に差し出した。佐藤は心なしか頬をゆるめているが、卵焼きに気をとられた田中はそのことに気付いていない。
「お、サンキュー。でも、佐藤ってたまにイジワルなこと言うよなぁ」
「お前の無神経さにはかなわないよ。文句あるならおかず返せよ」
「やだね。……うわ、うっま! ほんと佐藤んちの母ちゃん料理上手だよなぁ!」
「まぁな」




