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復讐

男はある犯罪組織に所属している。数々の悪事に手を染め、何年もかけて幹部になった。

男は自分の人生に誇りを持っていた。


しかし、そんな男にも後悔していることがあった。それは、組織に入りたての頃に犯した、たった一つの過ちだ。

当時、まだ下っ端だった彼はある命令を受けた。組織に刃向かったとある商人と、その家族を皆殺しにせよという内容だった。

仲間たちと共に商人の家に押し入り、次から次に一家の人間を殺していった。商人。商人の妻。成人間近の長男。十代半ばの次男。残るターゲットは商人の娘ただ一人になった。

家中を捜し回して、男はベッドの下に隠れた娘を見つけ出した。しかし、涙に濡れた怯えた目と視線が合った瞬間、男はどうしようもなく胸が苦しくなった。まだ若かった彼は、非情になりきれなかったどころか、少女に対して罪悪感すら抱いてしまったのだ。

結局男は少女に手を下すことができず、仲間と連れだって家から出ていった。この過ちを知る者は誰もいない。墓まで持っていくつもりでいた。


ところで、話は変わるが、男には愛する女がいる。歳は一回り離れているが、男の理想とする女像を、そっくりそのまま体現したかのような完璧な女だった。

男は彼女を愛するがあまり、たびたびこう囁いていた。「お前になら殺されてもいい」と。もちろんジョークではあるが、それは裏社会に慣れすぎた彼にとっての最大級の愛の言葉だった。


故に、現在、愛する女にピストルの銃口を向けられていながら、男は一切抵抗を試みる素振りを見せなかった。


「いつから気付いていたの?」


女はたずねてきた。その間も彼女の構えるピストルの銃口は、ピタリと男の額に狙いを定めている。


「いつから? はっ! 長いことこんな世界で生きてんだ。自分に近付いてくるヤツは全員、一旦は疑ってかからなきゃならねぇ。まったくイヤになるぜ」

「そう……そう! 最初から知ってたってわけね?」


男の返事を聞いた女は一瞬目を伏せたが、すぐに元の強気な態度に戻った。真っ赤なルージュの引かれた唇が、蠱惑的な笑みを描く。


「あの時は見逃してくれてありがとう。おかげさまで、家族の仇の組織の中枢に、こうして入り込むができたわ」


女の正体は、男が見逃した商人の娘だったのだ。


「私はこの数年間、ずっと復讐をすることばかり考えて生きてきたわ。どんなに惨めな目に合ったって、復讐を果たすために生きのびてきた」


女は血を吐くように言葉を紡ぐ。男は何も言わず、ただ女の言葉を聞いていた。そんな男の静かな顔をひとしきり睨みすえ、やがて女はため息をついた。ゆっくりと首を振る。それから自嘲の微笑を浮かべた。


「でも、もう、そんな人生も今日でおしまいね。あなたったら、とんだ俳優だわ」


女はピストルの引き金に指をかける。


「お前になら殺されてもいい」


男は言った。女の顔から表情が抜け落ちる。真っ赤な唇が微かに動いた。


「愛してる」


まるでシルクのように繊細な声。男は確かに、それを聞き届けた。直後、銃声が鳴り響く。



銃声を聞きつけて、部屋の中に男の部下がなだれ込んできた。彼らが見たのは、事切れた女を掻き抱き、子どものように泣き喚く男の姿だった。

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