第七魔「意外」
この世界に悪魔が出現してから、どのくらいの月日が流れたのだろうか。
どのくらいの人々が犠牲になったのだろうか。
悪魔が出て。それによって悪霊も産まれ、最悪な循環が円を結び始めた辺りに、俺の家族は悪魔を使役した犯罪組織集団に殺された。
あっという間だった。
家に帰った瞬間、出迎えたのは鼻をひんまげるような異臭。血の匂い、臓物が抱えた匂い。体から飛び出た糞尿のむせかえるような臭いである。
家族には、復讐されるような要因なんてなかった。
愉快殺人なのだ。
いわゆる、悪魔を使役して悪いことをしている集団の被害にあった可哀想な一家なのだ。
悪魔に殺された者は悪霊になるはずが、家族はならず。そのまま成仏した。
いや、悪霊になって一緒に復讐するのかと思ったらしないのかと。
そう思っていたのだが、俺に遺した人形があったからこそ、家族は悪霊になるのを危惧したのだ。
それでも遺したのが式神というのは聞いた事もないし、いつの間に契約していたのか。もしくは封じ込めていたのか。
どちらにせよ、これで今まで事態が好転するというわけでもなく、復讐に一歩近づいたというわけでもなく。
こんなはた迷惑な奴はごめんだという俺の潜在意識の芽生えだ。
こんなに奔放で凶暴な本性を持っている奴なんかと、契約したのは間違いだったのかもしれない。
「なぁ、ご主人よ。こんなことをしている暇があるならば、悪魔や悪霊を討ち滅ぼしにいけばいいのではないか」
「知識もなく挑んで、死んでいく人間が多いからこの養成校ができたんだよ。それに、無駄死にさせるほど人間は数が多いわけではない」
授業中、俺の耳元から囁くように呟く九尾。
その疑問は理屈っぽく、筋が通っていたが、実際はそうでもない。
単純にコイツは暇なのだ。
「じゃから、知識を身につける必要があるということか。はてはて、学び舎というのはどこもかしこも似たような教師の一人相撲であまり面白いと思えないんじゃよ。退屈じゃ、ご主人。人を殺すのは退屈と暇じゃぞ。儂は今すぐ死んでしまいそうじゃ」
「人じゃなくて妖怪のくせに、一丁前に人間ヅラするなよ。お前と契約したんだから、俺の目標も叶えてもらわないといけないんだ。文句言う暇があるなら、尻尾の手入れでもしておけよ」
「む、儂の尻尾が気になるか」
いや、気にならないが。
というか昨日それに包まれた時は、確かに魅惑なもふもふではあったけど一切気にならない。
金色に輝き、艶やかで、恐らく馬油で手入れのされた尻尾なんかに興味なんてないが。
「まぁ、儂の尾に魅了された者は数知れず、そのまま死に絶えた者も数知れずじゃからな」
「え、死ぬのかよ」
昨日思いっきりその尻尾を堪能したんだが。
いや、満身創痍な体を包み込まれたんだが、死ぬのかよ。早く言えよ。
「ご主人は大丈夫じゃ。契約しておるからな。それに、儂が殺意を抱かなければいいだけの話じゃからな。そこら辺の小童が触れば死ぬじゃろうが、それだとご主人に迷惑が掛かってしまうのじゃろ。
それで怒られるのは癪じゃし、契約破棄なんてなってしまうのは論外じゃ。他人が触ったとしても無害じゃよ」
「なら、いいのか」
「まぁ、気安く触ってくる奴がいれば殺すがの」
「じゃあ、ダメじゃないか」
結局、コイツは都合のいい状況がいいのだ。
というより、自分勝手なのだ。
クラスメートを小童なんて言うし、殺すとさえ言うのだから。倫理観なんてあったものじゃない。
そこら辺は流石妖怪というべきか。
「まぁ、さすがに九尾もあれば時間もかかる。ご主人も手入れをしておくれ。儂の上に乗っているんじゃから」
「少なくとも、乗せてやってるみたいな雰囲気を出すなよ。お前が俺の椅子を取ってるんだから、手入れなんかしない。俺は学生だ」
そう言い放ち、普段よりも高くなった机に向かう。
後ろから僅かな溜め息が聞こえてきた後、俺の邪魔をするように、尻尾で撫でくり回される授業となった。