第六魔「教室」
「おぉ、素晴らしく箱庭。理想的なほどの牢獄じゃな」
「開幕失礼から入るのは、お前の趣味か」
到着した俺の教室を開け放てば、開口一番の悪口であった。
これのどこが姫だよ。
「うむうむ、おる人間も大して強そうにも見えん。物品の限りを見ても、安物ばかりじゃの。まさに脆弱なご主人がいるには相応しい場所ではある」
「そのついでに、俺まで貶すのはやめろ」
「ほれ見てみよ、この布切れなんて埃臭くてたまらんぞ。貧民街でよく嗅いだようなものじゃ。この机なんぞふくよかな奴が乗ってしまえば折れそうなほど、薄っぺらいじゃないか。音なんてほれ、軽い音しかせん。なんとも、安っぽい部屋じゃ」
いい加減にしなさい。
クラスメートの目線が凄く痛いんだよ。
あっちらこっちらに行っては文句を言うとか姑の最強バージョンかよ。
「ほら、そんなことより俺の席はあそこだ。適当な観察は終わらせて、お前のことを少しでも教えろ」
「なんじゃ、この女子は変な髪色をしておるな」
「おい、問題行動を起こしたら契約が破棄されるんだぞ、もうちょっと身の程を弁えろ」
「む、それもそうか。すまんのう女子よ。些か珍しい髪色に惹かれてしもうた。良き輝きじゃ、お主の美しさが出ていて可憐じゃぞ」
あぁ、ごめんよ。クラスメートの誰かよ。
絡まれてしまって助けたんだから、許してくれよ。
名前も知らないし、関わりたくないだろうし、あまり記憶に残すべきことでもないだろうが。
そんなこんなで、教室の一番奥、並べられた机の最後尾にスクールバッグを置いて、座ろうとして――
先に九尾に座られてしまった。
「おい」
「なんじゃ、椅子が一つしかないではないか。これではご主人が座れぬな」
「お前が座ったから無くなったんだよ。いいからどけ。そこは俺の椅子だぞ」
「なんじゃ、椅子ならば名前を書いておくべきじゃぞ。ほれ見てみよ、名前なんぞついておらぬ。書かれてもいない。これは誰が座ってもいいものじゃろ、つまりは早い者勝ちじゃ。残念じゃがご主人は他の椅子を探すことを勧めておくぞ」
主従関係なんてどこへやら。
屁理屈もここまでいくと苛立ちよりも、憎悪が勝ってくるものなんだな。
なんとも人の神経を逆撫でるのが上手いようだ。
かといって、余っている椅子なんてない。
空き教室に行けばあるだろうが、コイツをこの場に置いてどこかへ行くのは危険だ。
どんな問題を起こすか想像したくもない。
常に目を張っていてもこんな調子なのだ。俺が離れてしまえば、途端に暴れ狂うだろう。
そうなると、契約主の俺のイメージやらなんやらが、更に地中を越えて、別次元までいくだろうに。
しかし、そうやって悩んでいると九尾は艶めかしく、誘うような誘惑的な笑みを浮かべる。
「それとも、ご主人。儂の上に乗るかの?」
「…………は?」
「椅子が一つしかないならば、同じ物を使うしかない。ならば、一つの椅子に二人乗れば解決じゃろ。名案じゃ」
名案、なのか?
迷惑な案の間違いだろ。
「それとも、ご主人は立ちっぱなしで過ごすのかの? 学校というのは一日数時間の勉学を行う場所なのじゃろ。座っていなくては苦しいものがあると儂は思うんじゃが、いや、ご主人がそうしたいなら止めなぞせんよ。
ただ、儂の上に乗ってもご主人ならば、良いと言っておく」
挑戦的な、赤い瞳で見つめてくる九尾。
あぁ、なるほどね。こうやって誘うから、姫なのか。
『玉藻前』なんて呼ばれていたのか。
なんとなく分かった。傍若無人な姿勢も、自由奔放な振る舞いも、勝手気ままに、身勝手な手前勝手に、我儘を尽くすのは、そうして男の手綱を握ってきたのだろう。
そうしても問題なかったのだ。
そして、今この場所で俺に求められているのは、外野でコソコソと悪口を言っているクラスメートを差し置いて、行動するだけの自分勝手なことかもしれない。
いまさら、他人の評価なんて気にするな。
俺と彼らの目的は違うのだから。価値観さえ違うのだから、相容れないのだ。
だったら、少しでも異質だろうと。
自分に似たような奴に添わせるのが生きやすい。息もしやすい。
そう思った俺は誘われるまま、九尾の膝の上へドカッと座る。
なんとも柔らかで、一度味わってしまえばこの魅力からは逃れられないほどに。
九尾の体は、艶めかしく色っぽい。
「なんじゃ、ご主人意外と重いのう」
「男だからな」
「そうか、いやはや男を乗せることなんざ久方ぶりでの。あの時の男共は貧弱も貧弱での。そうか、今はこんなに重いのか」
「重いのなら、どけよ」
「嫌じゃ、儂に乗っておるくせに文句を言うでない」
結局、押し問答をしても九尾は席を譲ってくれず、そのまま授業を受けることになってしまった。
先生からの視線が非常に痛かった。