第十四魔「因縁」
「なんじゃお前は、気色悪い見た目じゃの。お前みたいなやつ会ったことも、話したことも、すれ違ったこともないぞ」
挨拶されるや否や九尾は偉そうに胸を張ってそう主張した。
本当に心当たりはなさそうだ。
いやまぁ、確かに全身目玉でできた異色の生物に「久しぶり」と言われても無視したい気持ちは理解できる。
例え知り合いだったとしても、他人のフリをしたいのだ。
もしくは、コイツが本当に覚えていないだけで知り合いなのかもしれないが。
「おヤ。嘆キ」
「それに、なんじゃその殺意は久しぶりというならば少しは隠してから儂に話しかけ――」
瞬間であった。
数十メートル離れた先にあったはずが、その一瞬だけ殺意を増幅させたのだ。
それも凄まじいもので。
周りにいた、無関係な人々が無惨にも木っ端微塵になりながらで。
「ご主人!」
咄嗟に、九尾は俺と綿津見を尻尾に絡みつかせてその場から飛び退いた。
そうしなければ、俺たちも通行人のように臓物をバラバラに。
人体としての残留物を残さずに死んでいたのだから。
「おヤ。躱すとはさすがでス」
数十メートル先にいる目玉の塊は、愉快だと言いたげに笑う。異物を形作る目玉のいくつかが上下に動き回る気色悪い動きをして。
お前、それが喜怒哀楽の表現方法かよ。
「なんじゃ、あやつ」
「知らないが、お前の知り合いじゃないのか」
「あんな気色悪いやつなんざ知らん。少なくとも、妖怪だったとしても同種と認めたくないわ」
酷い言い分だが、その気持ちは分からなくもない。
「それより、ご主人は大丈夫か」
「俺はな。少しでも遅かったら足が飛んでたかもしれないが」
「ならよい。ひとまず物陰に行くぞ」
「行かせませんヨ。『玉藻前』」
目玉の怪物はどこまで聞こえているのか分からないが、少なくとも九尾との作戦会議の時間を与えまいと、先程俺たちに攻撃してきたように、見えない殺意を飛ばしてくる。
そのどれもが、致命傷になるほど。
そのどれもが、絶命へと至るようなもので。
そのどれもが、無関係な人々を巻き込みようとも。
目玉は、反撃の暇も与えないよう、九尾へ向かって殺意を飛ばし、それを意図も容易く回避し続ける九尾。
「はて、儂はなにか恨みを買われるようなことをしたのじゃろうか」
一発でも当たれば即死だろうに、涼しげにそう呟く九尾。
いかにも戦闘慣れしているどころではない。
いつも、今までも、何度だってその殺意を受けてきたとでも言いたげなほど、九尾は飄々としていた。
「知らないけど、ここじゃ分が悪い。場所を変えたりできないか?」
「難しいじゃろうて」
「でも、無関係な人が犠牲に」
並木道は阿鼻叫喚。
臓物や血によって彩られたのは日常から非日常への切り替わりだけではない。
生から死への順路。
その場にいれば、もれなく死んでしまうような残酷な戦闘現場なのだ。
こんな場所で戦っていては被害が広がる一方。
逃げ惑う人々の時間稼ぎと国家祓魔師がコイツを討伐しに来てくれるまでの猶予さえ作れれば、問題ない。
それに、俺と気絶した綿津見を抱えて、空を飛び回り、壁を跳ね回り、華麗な身のこなしでコンクリートでダンスしている九尾の負担はデカい。
……いや、デカいのか?
余裕そうだけども。
「この際、犠牲になった者は仕方あるまい。むしろ、あの目玉が儂を遠くから殺そうとしていることに関して目を向けてはどうじゃご主人。文字通り、見つめ合ってみてはどうじゃ」
「残酷な言葉と冗談を言っている場合かよ」
「まぁ、考えぬというのならご主人はそこまでじゃ。悲しいことにのう。復讐なんて諦めて儂と一生を暮らしておるだけでよいくらいには、無能じゃと言っておこう」
その口ぶりから冗談ではないのは確かだ。
そして、そんなことを言われなくても分かっているのは確かだ。
「アイツ、お前を近付けさせたくないからだろ。そんなの見れば分かる。それより、犠牲者が増える前に移動した方がいいって――」
「はぁ……」
露骨に。
九尾はこれでもかと俺を馬鹿にする意味合いを込めて、溜め息を吐き出した。