第十三魔「突然」
「全く最悪な目覚めよ……」
「よく言うぜ。いびきなんてかきながら寝ていたやつが」
簡易的な――質素な食事を済ませた俺と綿津見はそのままホコリの付着した制服で並木道を歩いていた。
相変わらず綿津見は納得いかず、不満を零すうるさい小姑みたいになっているが。
「いびきなんてかくわけないでしょ。嘘言わないで」
「いや、歯ぎしりまでしてたが」
「うむ。それはもう凄かったのう。その豪快さたるやとても住居に不満があるとは思えないほどであったぞ」
「うぅ……」
三対一。
構図としても不利な綿津見は一切の反撃の隙もなく、項垂れる。
まぁ、寝ている姿なんて自分じゃ分からないし、仕方ないだろう。
「そ、それでも、そんなこと言うのはデリカシーがないんじゃないかしら」
「んな、襲いかかってきたやつにデリカシーも糞もあるかよ」
悪霊で呪い殺そうとしてきたやつが。
昨日の出来事全部水にでも流したのか。
「そ、それは仕方なく、私は――」
「言い訳は必要ないぞ。小童」
意外にも。綿津見の話を遮ったのは九尾であった。
なんだ、珍しい。いつもは気だるそうに歩いていて人の話なんて微塵も聞いていないくせに。
「言い訳て、私は――」
「言わんでもよい。それに言ったとしてご主人が理解できるとも限らん」
「おい、どさくさに紛れて貶してくるなよ」
「では、ご主人よ。昨日、なぜいきなり小童が襲いかかってきたのか分かるのか?」
いや?
微塵も興味がなかったから考えてもなかったんだが。
「その顔は分かっておらんようじゃな」
「いや、分かる。分かるよ。うん。あれだろ。復讐とかいうやつだろ」
確か昨日、生意気だなんだとか言ってたはず。
きっとそれだ。
俺が急に悪魔か悪霊かよく分からない存在と契約できたことを羨んで、恨めしく思ってそうしたに違いない。
「阿呆め」
そんな俺に九尾は白い目で見つめてくる。
「なんだ、違うのか」
「違う違わないの話をするならば、そういった負の感情を利用したのは間違いないじゃろう。しかし、ここでの主体は本人の意思かどうかじゃ」
本人の意思って。
まぁ、確かに綿津見自体、物静かな印象はあるし見た目も地味だし、髪なんてボサボサだし、胸がちょっと大きいくらいで、一般女子高生ぽいから復讐なんて考えてなさそうではあるけども。
実際に、そういった行動に起こせるかは疑問が出てきそうだけども。
「識神。あんた、失礼なこと考えているでしょ」
「いや、清廉潔白だね」
なんだ意外と綿津見は鋭いな。
心でも見透かせてきそうなジト目で見られている中で、あんまり考えていると本当に心の内をバラされそうだしほどほどにしておこう。
「して、小童が本当にご主人を呪い殺そうとしたのか。それについてじゃが、少なくとも儂はあの時、綿津見自身からの殺意は感じ取れなかった。ゆえに、気絶させたわけじゃが」
「殺意も隠せたりするやつだっているだろうし、その可能性もあるんじゃないのか」
「私にそんな器用な真似できるわけないでしょ」
「まぁ、確かにそうだろうな」
不満をこぼして、ぶつくさ文句を言うようなやつが感じ取られてはいけない殺意を隠せるわけなんてない。
感情を隠せないやつなんて祓魔師としても長生きできないし、悪魔や悪霊に利用されるのがオチだ。
「……え、昨日のは悪霊に操られたからってことか?」
「そうじゃ。じゃから、対象となっている人物を再起不能にしたんじゃが、なぜ小童を利用したのか儂にもわか――――」
結論に至り、そこからの考察に続こうとした言葉の先。
並木道の先。
曲がり角の直前。
俺たちから数十メートル離れた場所に、明らかな、明確な、圧倒的なほどの存在感と殺意を向けてくる異物がそこにいた。
そう、異物だ。
少なくとも、人の形でもない。人の臓器で無理やり形作っているのだ。
「ハジメましテ。『玉藻前』ヨ」
ありとあらゆる目玉が積み重なったその気色悪い生き物かどうかも分からないやつは、そう不気味なほど甲高い声で挨拶してきたのだ。