第十一魔「環境」
「なによこれ!?」
俺の部屋に――俺の家に入ってくるなり、綿津見はそう悲鳴を上げた。
なんともまあ、元気なことで。
「なによこのボロアパート! 臭い! 汚い! 至る所にカビも生えてるし最悪なんですけど!?」
「おい、もう少し静かにしてくれ、ここ壁薄いんだぞ」
「そうじゃ、壁なんてあってないようなもんじゃ。張りぼてじゃ張りぼて」
玄関を飛び越えるようにジャンプする九尾。
おい、壁だけじゃなくて床も薄いんだぞ。
「なによ、なによこれ……。なんでこんなところに住んでるのよ。いや、住んでる? 気のせいでしょ。私に空き巣の真似事をしろってことでしょ。えぇ、きっとそうよ。ここは誰か他人の家。そこに『最弱』は空き巣に、泥棒をしにやってきた。きっとそうよ」
「その逞しい妄想力に免じて事実を突きつけてやろう。ここは俺の家だ」
ボロアパート。
家賃1万円。風呂なし。トイレあり。キッチンはあるけども錆び付いたシンクに小さなガスコンロのみ。
部屋は小さく、ワンルームのアパート。
それが俺の家だ。
「嘘よ……嘘……」
そんな事実を提示して尚、綿津見は認めようとしなかった。
まぁ、その気持ちは分からんでもない。
「綿津見。お前、学生寮で暮らしてたのか?」
「え、当たり前でしょ」
「その家賃は誰が出しているんだ?」
「父親よ。学生寮なら安心だって、すぐにお金なんて出してくれたわ」
自信満々に、綿津見はこの部屋に対抗してそう答える。
あぁ、綿津見もまだ恵まれた側なのだ。
「じゃあ、一つそんなお前に聞いてやろう。傲慢無知なお前に」
「なによ、文句なら私の方がたくさんあるんだけど――」
「お前、家族を全て皆殺しにされた奴がどうなるか知ってるか」
シン……と静まり返る。
それほど重く苦しいものではあったが、ここで言わなければこの傲慢な女にいつか殴りかかってしまうよりかは、いいだろう。
これが通じないなら、追い出せばいいんだし。
「……さぁ、孤児院とか? そこに預けられたりとか、親戚がいたらそこに行ったりとかじゃないの」
「じゃあ、親戚全員。血の繋がった、あくまでも他人なのに俺と一緒の家系だったから全員殺され、預けられる場所もない奴は、どこに行くと思う」
「……んー国の保護施設とかかしら」
「……では、その唯一の逃げ場所でもある保護施設が、悪魔に襲われてしまったら、そいつの居場所はどこになると思う?」
「……路上じゃない?」
「そう、路上じゃないだけマシだと思え。じゃなければ、出ていくことだ」
身の上話で悲劇の主人公ぶっているわけではない。
ただの事実の羅列なのだが、今までの路上生活よりかはこのボロアパートでも天国なのだ。
なにしろ屋根と壁がある。
雨風凌げられれば、安息の地となる。
「ご主人、儂はそいつを追い出しても構わんぞ。なにせ寝床が狭くならんで済むからのう」
御座の上に寝っ転がりながら九尾は、他人事のようにヒラヒラと手を振る。
「追い出すって……。もし、追い出されたら私はどうなるのよ」
「学生寮にはもう部屋はないんだろ。じゃあ、路上生活か、金があればネットカフェにでも行くくらいか」
少なくともネットカフェの方が充実しているだろう。
金は掛かるし、洗濯は面倒かもしれないが学生寮みたいな贅沢空間にいた人間が落ちた先としては良さげである。
「嫌よ、ネットカフェなんて。世俗的で好きじゃない」
「そんな選り好みしていられるのか、お前は……」
なんとも図太い神経のようだ。
「じゃあ、ここに居続けたいなら文句言うな。贅沢言うな。お前は謹慎者なんだから、身の程を弁えろ。少なくとも、反省の色くらい見せないと報告書にそのことを事細かに書いてやってもいいんだぞ」
「まぁ、素晴らしいお家ね。なんだか天国みたい。ほら、キラキラと辺り一帯輝いて見えるわ」
なんとも手のひら返しが上手な人間ばかり集まってくる。
というより、そうでなければ生きていけないのかもしれない。この祓魔師という仕事を請け負う時点で。
「ちなみに、光ってるのはホコリだからな」
「は? きったな」
そんなこんなで、我が家にもう一人厄介な同居人が増えることとなった。