第十魔「新罰」
もし、その世界にしか生きられない者がいるならば、俺たち祓魔師が正しくその生きられない者たちだろう。
そこにしか居場所がない。
そこにしか居心地はない。
親は、親族は、親戚は、彼女は、彼は、友人は誰かに殺され、どこかの悪魔に殺され、どこかの悪霊に狂わせられ、そこしか行き着く場所がないのだ。
「なんで私が……あんたの監視役になるのよ……」
「謹慎処分なんだから仕方ないだろ」
朝来た並木道を下りながら、ぶつくさ文句を呟く綿津見へ事実で突き返す。
「仕方ないて……もっと別の謹慎処分とかあったでしょ。なんで私がコイツの……」
その時、綿津見は九尾と目が合ってしまい思わず目を逸らす。
そりゃ恐怖心あるわな。一瞬で気絶させてきた奴だし
な。
「別に俺としてはどうでもいいから、処分についてどうこう抗議するつもりないからな。めんどくさいと思ったら先生へ告げ口すればいいし」
「いや、まぁ、うん。そうなんだけど……」
「しかし、ご主人も罪づくりじゃのう」
「一体どこが罪づくりだよ」
どちらかといえば、今回の件は綿津見の自業自得だろう。
因果応報というか。その類だ。
「ほれ、儂以外の女子が家に来るんじゃぞ? しかも同棲というやつかの。一気に華やかな生活になったのう。ただでさえくたびれて埃臭い人生が、微塵くらいは良くなったのではないか」
「お前、自分が女性だと思っていたのか」
「見ての通り女子じゃ。なんだったら見せてもいいんじゃぞ?」
「こ、こここ、こんなところでなんて破廉恥な」
綿津見が真っ赤な顔で俺を睨みつける。
「は? 勘違いするなよ綿津見。俺はそんないやらしい目で見てきたわけでもないし、そんなことをするつもりなんてないぞ」
そもそも、女性と関係をもつことは面倒極まりない。
というよりも、人間関係自体が面倒極まりない。
気遣って。空気を読んで。流行に乗って。したくもないことに同調して。眩しい世界に影を落とすことさえしてはいけない世界。
そんなところに居続けるのは、あまりにもうるさい。
「なんじゃ、ご主人は男色がいいのかの」
「そんな話じゃないぞ」
「け、ケダモノ!」
「えぇー……」
勘違いし続ける綿津見。
あぁ、想像力豊かな様子で。そんなんだから、悪霊と契約できるんだろうな。
「それよりもじゃ。ご主人。悪霊との契約で思ったんじゃが、そんな簡単に契約が破棄できるんかのう」
「そういうことが簡単にできるわけではないけどな」
契約は契約だ。
約束でもあり、口実でもあり、守らなければいけないものである。
そう簡単に破棄なんて他者が――関係ない人間ができるわけがない。
「そういうことができる悪魔がいるってだけだよ。他人との契約を取り消すことができる奴がな」
「ほう、そりゃまた面倒な奴じゃな」
そう面倒なのだ。
「今でこそ人間側にいるからどうにかなっているけど、そいつが悪魔、悪霊側にいるとどうなっていたかは想像できるだろ。妄想の申し子」
「なんじゃ、そのカッコ悪い二つ名は、どちらかといえば儂よりこの小童が妄想逞しいじゃろ」
「え、わ私!?」
まぁ否定はしない。
というより、事実だ。現実だ。
「儂とご主人との関係を妄想して、ありもしない行為の数々を想像して、黙っておった奴が妄想逞しいといわなくてなんといえばいいのじゃ」
「な、なななんでそれを」
「適当にいっただけじゃ。なんじゃ、適当にカマ掛けたらかかりおって」
九尾の性格はいいものではない。
むしろ、最悪だ。
適当なことをいって、適当に人を傷つけることができる。
妖怪とはみなこうなのだろうか。
少なくとも、悪魔みたいな奴だ。
そう思いながら、自宅についてからもう一悶着あったのは言うまでもない。