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第一魔「祝言」


 この世には、悪魔も悪霊も存在する。


「ぎょほほほ! こんな弱っちい人間はハジメテだ!」


 それは確かに存在していて、そして人々を苦しめて、痛ぶって、ありとあらゆる拷問さえ加えるような残虐性を示していた。


「こんなヤツを食っても、大したチカラにはなりそうもないが、いいさ。ぎょほ。我が贄となれたことを地獄のヤツらに教えてくれよ!

 この、フィッシェル様の名前をな!」


 魚にしては大きすぎる。

 ちょっとした中型トラックほどの図体の怪物は、そう口にすると、俺の体を――満身創痍で、腕の骨も折れ、血みどろな肉体をどこから生えているのか分からないような魚臭い手で掴んでくる。


 ギリギリと。

 圧死されそうなほど、逃がさないという意思の込められた握力は正しく、怪物――いや、悪魔じみていた。


「では、くたばれ」


 真顔で、魚顔で、俺を頭から丸呑みにしようと口を開く。

 魚にしては歯並びが綺麗なことが恨めしいほどであったが、それでも俺の心には恐怖なんて湧いてこなかった。


 むしろ、憎らしい。

 殺したい。

 この悪魔も。今までたくさんの人を食ってきたのだ。

 殺めて、嬲って蹂躙してきたのだ。

 そんな奴に。家族を奪われただけでなく、他人の命を弄んだ奴が、平然と生きているのが許せなかった。

 認めたくなかった。

 全てを許したくなかった。

 強く、固く、家族の遺した小さな狐の人形を握っていると。

 奇跡が起こった。


『では、契約じゃご主人』


 唐突に、その場に広がる声。

 それはとても艶めかしく、優しい声で。どこかで聞いたようなもので。

 懐かしい気持ちにさえなる不思議なもので。


「あァ? 誰だ。フィッシェル様の食事を邪魔するヤツは」


 目の前の悪魔は、訝しげな目で辺り一帯を眺めるも、声の主を見つけることができない。

 周りにいるのは怯える人々と、駆けつけて何もできない警察官くらい。

 とても、声を発せられる勇気の持ち主はいない。


 しかし、確かに声はする。

 それも、俺の体から――いや、俺の体からではない。


(えにし)を結ぶならば、救ってやるぞご主人』


 俺の狐の人形(お守り)から声がしていた。

 縁ってなんだよ。そんなのいいから助けてくれ。

 こんな悪魔に殺されたくなんてない。

 家族を奪った奴らに殺されたくなんてない。


「まァいい。邪魔するならば、こいつを食ってから相手してやる」


『ほれ、早よせねば死ぬぞご主人。家族を殺した悪魔に復讐するんじゃなかったかの?』


 あぁ、そんなことまで知っているなんて、この声の主も悪魔なのかもしれない。悪霊なのかもしれない。

 それでも、それでも。


 食われそうになる瞬間、軋む体に鞭を打ち、声を張り上げる。


「分かった! 契約するから助けてくれ!」


「よう言うた。立派じゃぞ、ご主人」


 一瞬であった。

 俺の狐の人形(お守り)から発せられた光が一層強くなった直後、目の前に浮かんでいるのは紛れもない。

 契約を持ちかけてきた声の主であり、煌びやかな十二単に身を包んだ女性であった。

 いや、女性なんてものじゃない。人間じゃない。

 狐の尻尾が九つ。これみよがしに晒している。


「では、ご主人よ。儂の名前を教えておくことにしておこう」


「てめ、誰の許可で邪魔しやがるんダ! ぶっ殺してや――」


 無数に怪物の肉体から生えた腕が、目の前の狐の女性へ向かっていく。

 明らかな殺意のこもったそれは、背後からの確実な攻撃となっただろう。邪魔者を蹴散らすには充分なものだっただろう。

 しかし、狐の女性は一瞥もくれず。

 見向きもせず、ニコッと。俺に向かって微笑みを浮かべた瞬間。


 圧倒的優位にあったはずの、悪魔の肉体は木っ端微塵に。ありとあらゆる血肉と臓物を撒き散らした。

 一瞬であった。

 見ていても分からなかった。

 どんな方法で殺したのか分からなかった。

 しかし、確実にわかることというのは。


「なんじゃ、ご主人。こんな雑魚に殺されかけておったのか。脆弱じゃのう」


 並の悪魔なんて、悪霊なんてものともしない。

 この目の前の女性は、凄まじい力をもった者だということ。

 そして、そんな女性と契約してしまったという事実と――


 主を無くした手から零れ落ち、地面へと落下していく中で見た。ゆっくりとした景色の中で見えたただ一つの現実。


 落ちていく主人を助けることもなく、見捨てて衣類に着いた返り血の心配をしている九尾の姿であった。

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