第一話:二人の出会い!?
第一話:二人の出会い!?
私、松山冬香は───の物の怪だ。
つい先週、妖蘭高校に入学したばかりのピチピチのJK。
───の物の怪だけど、生まれて十六年目に変わりない。だから、人間に化けて教室で授業を受けているってわけよ。
人間としての私の格好は、黒髪のショートカットで黒目。容姿は融通が利くけど、好きな色の黒にした。
「ああ、眠いなあ」
今は授業中。呪文のように教科書の文章を読みながら、おじさん先生が数式を黒板に書きなぐっている。
何とか手を動かしてノートに取っているけど、睡魔に負けそう。私なんかよりよっぽど怖いよ、睡魔。
「駄目だよ、冬香ちゃん。長野先生の授業ちゃんと聞かないと」
「うっ、加奈~。そうだけどさ」
今にも机に突っ伏してしまいそうになる私に、左隣の席から容赦ない言葉を浴びせる加奈。思わず抗議の声を上げてしまう。
この子は橋崎加奈。多分人間。私の幼馴染の一人。
とっても真面目で優しくて、黒に近い茶髪のロングヘア―をたなびかせている。赤縁の眼鏡がチャームポイントだね。
柔和な顔つきも相まって、小学校の頃からモテモテだ。
「今はがんばろ、冬香ちゃん?」
「………うん」
今なら男子の気持ちがわかる。加奈は世界一可愛い。
魅力的な笑顔に骨抜きにされた私は、やる気満タン、フルスロットルになった。
よし、もうすぐ消されちゃいそうだし、急いで板書を書き写さないと!
シャーペンを壊さないように優しく握り直した私は、前を向いて黒板を眺める。
こくっ。
えーと、今は教科書のこのページの説明をしているから……。
こくっ、こくっ。
この方程式をページの左側に書いて、xとyが成すグラフを右側に………。
こくっ、こくっ、こくっ。
だめだ、集中できない。どうしても気になってしまう。
「う~ん、どうしよう?」
前の席の女の子がこくっこくっと頭を上下させている。
規則的に揺れる黒髪のポニーテールに視線が行ってしまう。今度は、目の前でおもちゃをぶら下げられたネコの気持ちがよく分かるね。
こくっ、こくっ、こくっ。
気のせいだと嬉しいんだけど、だんだんと頭が下がっているような。このままだと、頭を机にぶつけちゃう。
「仕方ない、一肌脱ぎますか」
こうなったら後ろからちょんちょんして、起こした方がいいよね。気持ち良さそうに寝ているところ悪いけど、これも本人のため。
私は慎重に左腕を伸ばして、前の人物の肩に手を近づける。
優しく、優しく触ればいいよね。ちょんって感じ。
いくよ、せーの。
ちょん。
ゴンッ!
「ふえっ!なんだっ!」
やべっ!強すぎた!
派手な勢いで頭を打ち付ける音が教室中に響く。同時に、凛とした低い声を出して前の子が飛び起きた。
やっちゃった。私は───の物の怪だから、力が強すぎる。充分にセーブして体を動かさないと、周りの人を傷つけてしまう。
「金森さん、居眠りしていましたね。ちゃんと授業を聞かないと、周り回って自分の首を絞めることになりますよ」
「すいません」
おじさん先生に注意され、恥ずかしそうに謝る女の子。
この子も私の幼馴染で、名前を金森紗綾という。きっと人間。
カラスの濡れ羽色ともいうべき漆黒の髪をセミロングにし、後ろで結んでポニーテールにしてる。
真面目で義理堅いんだけど、今みたいにちょっと抜けてるところがある。それもまたかわいい。
「冬香もすまないな。見辛かっただろう」
「ううん、大丈夫。紗綾こそ、おでこ痛くない?」
くるっと振り返って私に謝ってくれる紗綾。きりっとした顔がこちらを向く。
紗綾は可愛いいしかっこいい。世界一魅力的な女の子だよ!
私は平然を装って、首を横に振り大丈夫だと伝えた。
紗綾は背が高い。168センチって言ってたかな。
だから、黒板が見辛いだろうと、後ろの席の私に気を遣ってくれる。でも、本当に大丈夫なんだよね。
視力検査では鯖を読んでるけど、私は目がいい。ついでにいうと、耳も鼻もいい。なんたって───の物の怪だからね。
頭は、残念ながら良くないけど。
「おでこか?痛くないな。柔らかいノートがあったからな」
「ならよかった」
「続けますね。ここは……」
小声で会話を終えると、紗綾は素早く前を向き直す。同時に、話が脱線したおじさん先生は授業を再開する。
加奈と紗綾とは、小学校からの付き合いだ。といっても、三人とも引っ越したり、遠くの学校に受験することがなくて、進路が同じ学校だったってだけだけど。
二人とはうまくやってきたつもりだ。喧嘩したこともあったけど、仲が悪くなることはなかった。
物の怪の私が言うのもなんだけど、本当にいい子たちだよ、加奈も紗綾も。
やる気満タン、フルスロットルの私はしみじみ思いながら、残りの授業を過ごした。
※※※
「ほえ~。やっと昼休みだよ」
「女の子がそんな声出しちゃだめだよ。でも、私もちょっぴり疲れた……」
「私は眠い。朝練があったから、いつもの三倍くらい眠いぞ」
長い長い午前の授業が終わった。
昼休みを告げるチャイムが鳴り、机をつなげてお昼ご飯を食べ始める私たち。
私はふにゃふにゃとしな垂れて、加奈もちょっと疲れ気味で、紗綾はなぜか誇らしげに眠い眠いと言う。
うん、いつも通りの昼休みだね。
「そういえば、私は文芸部、紗綾は剣道部に入ることにしたよね。冬香は部活決めたの?」
「あっ!すっかり忘れてました」
加奈に指摘され、箸を動かす手を止めて素っ頓狂な声を上げる私。
小学校と中学校では帰宅部が許されていたのに、妖蘭高校では特別な事情がない限り、部活動に所属しなければならないという校則がある。なんでよ。
今日は月曜日。確か、今週中に入部する部活を決めないといけないんだよね。
「う~ん。色んな部活を覗いてみたけど、どうもねえ~」
「剣道部はどうだ?合法的に人をひっぱたけるぞ」
「紗綾ちゃん?」
「冗談だ。私がそんな不純な理由で剣道に向き合っていると思うか?」
「紗綾ちゃんならありえる」
「もしかして私、加奈に信用されてないのか…?」
「今更……?」
全く、私は今猛烈に悩んでいるというのに、二人はすぐ夫婦漫才を始めて。
「冬香?冬香は私を信じてくれるよな?」
「冬香ちゃんも信用してないよね?」
今度は二人して詰め寄ってくる。
息ピッタリだし、阿吽の呼吸ってやつじゃん。充分信頼し合ってるよ!
「にゃあああ!そんなのどうでもいいよ!私の脳内では何の部活に入るか真剣に検討中なの!」
奇声を上げながら暴走する私。本当にどうしよう。
「冬香ちゃんも駄目そうだね」
「『も』とはどういうことだ?私は駄目じゃないだろう?」
また言い合いを始めた二人はほっといて、一人でぐるぐると思考を巡らせる私。お弁当の中身を一口ずつ口に運びながら、何とかしてアイデアを引き出そうとする。
体験入部とかいうやつで運動部も文化部もほとんど触れてみたけれど、ピンとくるものがなかった。
体は動かしたいけど、スポーツ関係はルールを覚えるのがめんどくさい。かといって、創作関係のセンスがからっきしだから文化部も楽しく活動できないだろうと思っている。
うーん、どうしよう。やっぱり所属なしがいい。
いっそ帰宅部を新設しちゃう?いや、絶対先生たちに許してもらえないね。
まさに八方塞がり。こんなときはどうすればいいんでしょうか?
どうすれば、どうすれば……。
どうすれば……。
………。
「わかんない!トイレ!」
バッと立ち上がった私は、そう叫んだ。
一度、頭を空っぽにして気分転換することにする。
「冬香ちゃん、お手洗いは大きな声で言わない方が…」
「あ、ごめん」
加奈に注意された。確かにちょっとはしたなかったね。
「ちょっと、お花摘みに、行ってくるね」
「う、うん」
「なんか冬香が言うと少し……いや、なんでもない」
迂闊なことを言おうとした紗綾に鋭い眼光を送り、黙らせる。
失礼ね。わたくし───の物の怪ですけど、立派なレディでもありましてよ。
「おーほっほっほっほっ!」
「冬香ちゃん今日も絶好調だね」
「なんだかこっちまで恥ずかしい。これが共感性羞恥というものか?」
右手の甲を頬に当て、甲高い声を上げながら教室を出ていく私。
そんな様子を見て、二人は実に正直な感想を述べた。
※※※
トイレでお花摘みを済ませた私は、手を洗うために流しの前に立った。
変なお嬢様ごっこをしていたせいで、あまり時間がない。もうすぐで午後の授業が始まっちゃうよ。
「きゃっ」
少し力が入ってしまい、蛇口を捻りすぎてしまった。勢いよく噴き出した水が跳ね、タイル張りの壁に張り付いている鏡を濡らす。
「あーあ、早く拭かないとね」
私は慌てて、ポケットからハンカチを取り出す。
鏡はきれいにしておかないと、すぐ曇ってしまう。私のハートのように繊細な存在だね。
「あっ」
言い訳をすると、時間がなくて焦ってた。
力を緩めることを忘れ、ハンカチを掴んだ手を強く押し込んでしまった。
「やっば!」
当然、鏡が私の力に耐えられるはずもなく、ピキ、パリ、と鋭い音を立ててひび割れた。
この間、廊下の蛇口をねじ曲げてしまったばかりだというのに、またやってしまった。
「うーん、どうしようもないね、これは」
一つ二つくらいのヒビだったらちょっと見えづらいだけで、まだ使えたかもしれない。
けど、目の前の鏡は手遅れだ。バッキバキに割れており、どうみても捨てるしかない。
とはいえ、鏡を隠したり、割ったことをしらばっくれるなんて幼稚なことはしない。新しいものに交換してもらわないと不便だし、破片が散らばってて危ないからね。
「大人しく、白波先生に怒られるとしますか」
白波先生は私たちのクラス、一年三組の担任だ。クールで知的な雰囲気を持つ女性の教師。
普段は優しいけど、怒ると怖い。つい先日も、蛇口を壊して怒られたので、しみじみと実感している。
「遅刻しちゃうけど、事情を話せば大丈夫だよね」
私は落ち着きを取り戻すため、スマホを取り出して時間を確かめる。午後の授業が始まる一分前だった。
こりゃ、どう頑張っても間に合わないね。
「とりあえず、床をきれいにしますかね」
一周回って冷静になった私は、隅にあるロッカーからほうきとちりとりを取り出し、割れた鏡の片づけを始めた。
※※※
鏡の掃除を終えた私は、授業を五分くらい遅刻して教室に戻ってきた。
「すいませ~ん」
ガラッと引き戸を開けて入室すると、教室中の視線が集まる。
「松山さん、遅刻とはいい度胸ですね」
先ほどまで笑顔で授業をしていたのに、私を見るなり冷たい真顔に豹変して詰問する白波先生。
そっか、今の時間は白波先生の授業か。
ちょうどいいや。今、鏡をどうするか聞いちゃえ。
「女子トイレで鏡を割っちゃったので、後片付けをしていました」
「え?また壊したんですか?言い訳は、授業が終わってから聞きます。それにこの状況で、女子トイレと大声で言うのは、いささかデリカシーがないですよ」
今は四月の真ん中くらい。妖蘭高校に入学し、一年三組の生徒になって一週間しか経っていない。
なのに、この扱われ方。白波先生からは空気が読めなくて、よくものを壊す怪力女って思われてる。
ひどいよ。私が───の物の怪じゃなかったら、ワンワンと泣き出してるところだよ。
「でも、危なくないですか?できる限り破片を取り除いたけど、まだ落ちているかもしれません。お腹の痛い人とか用務員さんとかが授業中にトイレに行ったら、けがをしてしまうと思います」
「………そういうところは頭が回りますね。確かに、放置しておくには危険です」
そういうところとは失礼な。私の灰色の脳細胞はいつでもフル回転だよ、とは言えない。流石に、火に油を注ぐようなものだって分かってるから。
「それなら……授業を受けさせたいけれど、仕方ないですね。松山さん、物置から鏡を持ってきて、壊れた鏡の代わりとして立てかけておいてくれますか?あと、鏡の破片に注意するよう、張り紙もお願いします」
「はいっ!」
白波先生は数秒思案した後、ビシッと指示をくれる。頭の回転が速くて尊敬しちゃうね。
物置というのは、校舎一階の一番奥にある小さな教室のことだ。ここ、一年三組の教室の隣の隣だね。
使用用途がない空き教室で、予備の用具や遊び道具などがぎゅうぎゅうに押し込まれた物置になっているから、生徒も先生も物置と呼んでいる。
私も入ったことがある。体育の授業で着てたゼッケンを引き裂いてしまい、新しいのを取りに行ったときに。
「なるべく急ぎます。ごめんなさい」
「慌てなくていいですよ。けがしないでくださいね」
私はしおらしく謝り、教室を後にした。
※※※
「ここだね」
教室を出た私は、静まり返った廊下をてくてくと歩き、物置に到着した。
カギはかかっていないので、ガラリと引き戸を開けて中に入る。
「けほっ、誰か掃除しといてよ」
相変わらず埃っぽいし、おまけに薄暗い。
色んなものが置かれた背の高い棚が、両脇の壁だけじゃなくて正面の窓際にも置かれているからね。
まずは電気をつける。壁に手を這わせてスイッチを探し、パチッと押す。
途端に、白い無機質な光が部屋を照らす。
「え~と、鏡、鏡、と」
ものがごちゃごちゃしていて探すのが大変だ。一旦、ものを動かさずに棚全体を眺め、鏡を探してみる。
新品のチョークの入った箱、ビニール製の縄跳びの縄、小さめのホワイトボード、キャラクターのフィギィア、空のペットボトル。
「ない」
オセロ盤、サッカーボール、巻数がとびとびの懐かしいマンガ、安っぽいうちわ、ハンディタイプの掃除機。
「ない」
どっかのスポーツチームのロゴが描かれたバスタオル、大容量の円柱型ウォータージャグ、バーコードを読み取るスキャナー、トランプ、ゴム風船がいっぱい入ったレジ袋。
「な~い!」
一段目にも二段目にも、三段目にも四段目にも五段目にも、鏡らしきものは置かれていない。他の棚も収穫なし。
一通り棚を見た私は、腕を組んで考え込む。
何も考えずに二つ返事でここまで来ちゃったけど、そもそも物置に鏡なんてあるの?
でも、白波先生は取ってきてくれと言った。あの人が嘘を付いたり、意地悪をするはずがない、と思う。
「これは、中身をどかして奥まで見ないとダメだね」
長丁場になる。先生の授業は諦めて、長期戦でいこう。
私は壁際にある折り畳みの長机に向かう。
棚から引っ張り出したものをこの机の上に置いておけば、分かりやすいよね。
「おーらい、おーらい」
端を掴み、どこかにぶつけないようにゆっくりと机を引っ張る。
「よし、これで準備完了だね」
机を中央に置いて、折りたたまれた板の部分を開く。ちょっと汚いので、そこら辺に置いてあったタオルでちょちょいと拭いておく。
「ん?なんだろう、あれ」
さあ、始めようと腕まくりをしていたら、何かを発見した。
机で隠れていて気付かなかったけど、棚と壁の隙間に、紫の布がかかった板状のものがある。
「ラッキー!日頃の行いのおかげだね」
きっと、いや絶対鏡だね。こんな汚くて古ぼけた部屋に不釣り合いすぎるもん。放っているオーラが、高級な鏡ですって言ってるよ。
これでトイレに鏡を置いてくれば、片づけの対応は終わったようなもの。早く教室に戻れば、そんなに怒られないかも。
捕らぬ狸の皮算用とばかりに妄想を広げた私は、鏡の前に向かってしゃがみ込む。
「ん、そこまで重くない」
両手でつかみ、布で覆われた何かを慎重に隙間から取り出す。
確かな重量を感じるけど、意外と重くない。といっても、私は───の物の怪だから、どんなに重くてもへっちゃらだ。
「わー、きれい!」
机の上に置いて、紫の布を外して中身を確かめる。
私の予想通り、怪しげなブツの正体は楕円の形をした鏡だった。
高級そうな木材の額で縁取られている。額には複雑な幾何学模様が施されており、アンティーク?ヴィンテージ?みたいなオシャレな雰囲気を醸し出している。
「ちゃんと映るか確かめないとね」
早く見つけられたんだし、じっくり眺めてもいいよね?
私は一周かけてじっくり額の美しさを堪能し、少し頭を落として鏡面を覗き込む。
鏡の表面は、年季を感じさせないほどきれい。まるで『白雪姫』に出てくる『魔法の鏡』のようだ。
「おお、鏡よ、鏡!世界で一番美しい人はだ~れ?」
心なしか、反射する私の顔も美しいような?いや~、それほどでも。
「それはあなた様で~す、なんてね。参っちゃうよこりゃ、美人はつらいね」
「何を一人で言っている」
「っ!?」
あれ?
今声がしたような?それも、私そっくりの声。
不審に思った私は、首を動かして右、左を確認し、それから後ろを振り返って人がいないかを探す。
もしかして、私が一人二役の芝居をして自分の美しさを再認識したところを、誰かに見られた!?
それは大変!
私の美貌が、世界に知れ渡っちゃう!
「どこにいるか分からないけど、少し考え直してほしい!確かに私は綺麗で美しくて、愛嬌もあってセクシーで、結婚したい女性ランキング一位だけど、それを周りに言いふらすことはやめてほしい!」
「底抜けのバカも、ここまでくると滑稽だな」
バカ!?バカにしたね私を!
謎の人物が再び発した声は、すぐ近くから聞こえた。まさか、私の後ろにはりついてるとか!?
「えい、えい!」
両腕を背中に回し、じたばたと動かして何かがくっついていないかを確かめるけど、何もない。
「今度はなんだ?アホみたいな動きをして」
アホ!?アホだけど、バカにしたね私を!
アホ呼ばわりする三回目の声は、もっと下の方からだ。しれじゃあ、机の下か!?
「そこか!?」
勢いよくしゃがんで机の下を覗き込んだけど、ここにもいなかった。
「まだ気が付かないか。───の物の怪のくせに、鈍いんだな」
「っ!?……誰?」
私はボロを出していない。本当の姿は誰にも見られていないし、私の正体を知る者は誰もいないはず。
なのに、謎の人物は私が───の物の怪であることを知っている。
どういうこと?
「どうやって知った?」
思わず冷たい声が出る。
私そっくりの声は、鏡の付近からすることは間違いない。脇にほっぽった紫の布を持ち上げてみても、何もない。
誰だ?どこにいる?
「もう一度だけ聞く。あなたは誰?どこにいる?」
久しぶりに口にする、物の怪としての声。同時に、抑え込んでいた妖気を放出する。
返答次第では、余計な噂が広まらないように今ここで……。
「さすが物の怪。尋常じゃない殺気だな」
「答えろ」
鏡から声がする。鏡の下か?
「私は、お前だ」
「は?」
鏡を持ち上げても何もない。裏を見ても、ただのオシャレな木の一枚板だ。
「待て、鏡を動かすな。酔うだろうが」
「私はお前とは、どういう意味だ」
「焦らずともすぐ教えてやる。まずは鏡を置け」
やっぱり、鏡から声がする。
酔うとはどういう意味だ?
繰り返し尋ねても時間の無駄だ。ここは従うしかないか。
私は何が起きても反応できるように、集中して周囲を探りつつ鏡を机の上に置いた。
「よし、置いたな。少し下がっていろ」
「………」
私そっくりの声が、今度は離れろと言う。一体何が狙いだ?
距離を取れば逃げられるかもしれないが、その場合は逃がさなければいい。
私は鏡から視線をそらさずに、二、三歩後退った。
「聞き分けがいいな。では、よく見ておくといい」
私が離れると、鏡はそう言った。
聞き分けがいいとは何だ!私はペットじゃないやい!
頬を膨らませてむくれている間に、驚くべきことが起きた。
鏡から一本の腕が生えてきた。いや、鏡面から浮かび上がってる?
私は、瞬きも忘れて腕の動く様子を見つめる。あの服は、妖蘭高校のブレザーの袖だ。
鏡から伸びる右腕は徐々に長くなり、やがて肩の辺りまで露出した。そして、肘を曲げ辺りを探るように動き、一番しっくりくる机の一点に手のひらを付ける。
すると、今度は左腕が鏡から伸びる。右腕と同じように肩まで露わにした後、机に手を付く。
もしかして、鏡の中、いや向こう側に誰かがいるの?
「私は目の前の人物と同じ存在になる。だが、まさか物の怪相手でも通用するとは思わなかった」
私は顎に手を添え、思考の海に潜る。
鏡の中から出てくるなんて芸当ができるのは、物の怪以外にあり得ない。当然と言えば当然だけど、人間ができるはずないからね。
だから、目の前の人らしき存在は物の怪であることに違いない。けれど、目の前の人物をコピーするような物の怪なんて、いたっけなあ?
あ。いたねえ。日本ではあんまりメジャーではないけど。
「人間は、自分と同じ見た目の人が世界中に三人ほどいるとされている」
声の主は、両腕に力を込める。
物の怪とは、すなわち人ならざるものの総称。
古来から世界中で暮らしていたけど、数を増やした人間たちの目から逃れるために、身を隠すようになった。
多くの人間から忘れ去られて、すっかり物語や伝説の中の存在になっているけど、物の怪は確かにいるんだよ?
「お前、松山冬香と同じになった私は、」
肩の間から、黒い髪があふれてくる。
黒のショートカット。前髪は、おでこの中心くらいでぱっつんにならないように切り揃えてある。
私と同じ髪型。
額、目、鼻、口、そして、顎。ゆっくりと顔全体が出てくる。
自分で言うのもなんだけど、すっきりとした顔立ち。どちらかというと、小顔なほう。
私と同じ顔。
首、胸、お腹と、私そっくりの人は上半身を全て出した。
ワイシャツに蝶ネクタイ、ブレザーと、今の私の格好と同じだ。
「ドッペルゲンガーの物の怪だ」
体の上半分を覗かせた彼女は、身を乗り出すようにして両腕を強く弾く。スカートを履いた下半身がするりと現れる。
鏡の中から全身を出したもう一人の私は、軽い身のこなしで床に着地した。
「………」
「どうだ、声も出ないだろう。目の前にもう一人の自分が現れたのだからな」
呆気に取られる私に、誇らしげな様子で言い放つドッペルゲンガーの物の怪。
びっくり仰天だね。この私を驚かせるなんて、大したもんだよ!
でも………。
「やっぱり」
「やっぱり?」
私は目をきょろきょろと動かし、ドッペルゲンガーの顔、体つきを凝視する。
やっぱり私って……!
「やっぱり私って、綺麗で美しくて、愛嬌もあってセクシーで、結婚したい女性ランキング一位のパーフェクトJKだね!」
「お前………」
鏡に映る私じゃなくて、私そのものを生で見れたから、自分の恐ろしさを再認識しちゃった。
「やっぱり、世界で一番美しいのはわたくしでしてよ!おーっほっほっほっ!」
「よりにもよってこんな奴をコピーするなんてな……」
ええい、うるさいですわよ!
ドッペルゲンガーの文句はシャットアウトして、私は自分の美しさに酔いしれるのでありました、ってね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「慄け!お助け?物の怪探求部」は不定期更新です。
良い話が書けたら投稿する形になります。
どうか、温かい目と広い心で更新をお待ちください。




