75 無限 7
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は世界を席巻する魔王軍へ、仲間と共に敢然と立ち向かう。
王都へ向かおうとする彼らだが、先に助けて欲しい街があると告げられた。
そこでジン達を襲う、敵親衛隊の無限増援。だが長時間の激戦の末、ついにそれを撃破した――。
凱旋したジン達を、領主が格納庫にまで出てきて出迎えた。
機体から降りてきたジン達に、嬉しさで舞い上がらんばかりになりながら話しかけてくる。
「やはりドえらい苦戦だったようですな。これほど長時間の戦いは今までありませんでしたぞ。あの敵相手には仕方ない話ですが、それを乗り越えてよくぞ勝ってくれました!」
頷くジン。
「ああ。最強の敵を倒しましたからよ」
いつの世も貧乏は恐るべき脅威である。改造費用を捻出するためのこの戦いは避けられない天王山だったのだ。
そんなジン達の側を、足音を忍ばせて通ろうとする者があった。
クロカだ。
ジンと目があうと、彼女は目と歯を剥いた。
「話しかけるな! 今日はもう寝る! 絶対にだ! 絶対にだからな!」
ジンは何も言っていないのにそういきり立ち、彼女は格納庫から走って出て行ってしまった。
「つっても資材回収班は出動させてもらわんとな」
頭を掻きながら呟くジン。
だがそれに答える声が後からかかる。ヴァルキュリナがブリッジから降りてきたのだ。
「それならもう作業を始めている。ジン……もし彼らが貴方を嫌っても、恨んでも、そこは受け入れてくれ」
街のすぐ外、ジン達が戦っていた場所は一面が巨大蟻の屍で埋まっていた。
比喩などではなく、本当に一面敷き詰められ、小さな山がいくつも出来ていたのだ。
倒した数は一千体を超える。
そして回収班はこの中から利用できる資材をより分け、持ち帰らねばならない。
今日、彼らに寝る時間は無いだろう。
だからと言ってなんと理不尽な事か。
十時間を超える戦闘も、回収班の夜なべも、あくまで機体強化のため……ひいては明日の勝利のため、黄金級機設計図を王都へ届けるためである。それが味方から疎まれるとは。
「戦いとは孤独なものだぜ……」
呟くジン。その後ろでダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。
まぁジンとて、一方的に決められた強制長時間労働は理屈うんぬんに関わらず嫌なものだと、日本の中年労働者だった時代によく理解はしているのだが。
(まぁ恨まれるのは良しとしても、だ)
ジンは長時間の戦闘でずいぶん傷んだ自機を見上げた。
「改造やスキル獲得は明日まわしか」
せっかく必要な資金は稼いだというのに残念な話である。
その傍で「ふう」と溜息をつくナイナイ。
「最後の方は敵を倒しても経験値が1点しかもらえなかったね……」
「敵とのレベル差が開いちまったからな。片手でひねれる雑魚をいくら蹴飛ばしても、技量の向上にはそうそう繋がらないからよ」
もちろんそれも昔プレイしていたゲームで知った事である。
まぁ実際にやってみて、途中から流れ作業になっていた事でよく実感できはしたが。
とてもためになるジンの言葉に、ゴブオが愚かしくも口を挟む。
「アニキ……戦闘中と言う事が変わってませんかい?」
「そうか? 両立する事しか言ってないと思うが。まぁ矛盾がおきた時はだいたい新しい方が正しいと思っとけ」
何を言ったかあんまり覚えていないので、ジンは物分かりよくそう言っておいた。
すると今度はリリマナが抗議する。
「そんなの、後だしし放題じゃン!」
ジンは肩をすくめた。
「あらかじめ全ての真理を見通せる天才様のお理屈は俺には不要って事だからよ」
その夜。ジンは地下街へ出た。
今日は独りだ。他は皆、疲れ果てて寝ている。
地下街に近づくと、灯りの中から喧騒が響いてきた。
そして到着、通路から大通りに出ると――そこは人で溢れていた。
昨夜とは別世界である。
無数の灯りは、少し品の無い、けれど暖かな光で地下の道を包んでいたし、そこを歩く人々に、笑顔でない者はいない。
労働者仲間のドワーフ達が肩を組み、若い男女が手を繋いで、一人で歩いている青年も一杯やる店をきょろきょろと探しながら。皆が皆、足取りも軽く浮かれていた。
店の呼び込みも競争のように大声を張り上げている。飯屋も呑み屋も片っ端から「戦勝記念! 割引大放出!」と書いた看板を立てていた。
昨夜訪れた店も――
「らっしゃい、らっしゃい」
丸椅子に腰かけた男の子が声をあげて客を呼んでいた。
元気に、はつらつと、とても楽しそうに。
しばらくそれを、そして通りを眺めるジン。
やがてくるりと踵を返す。自分達のもたらした物を見て、独り、満足して。
……だったのだが、振り向いた途端にぶつかりそうになる。
いつの間にか後ろにいたダインスケンと、だ。「ゲッゲー」といつも通りに鳴くダインスケン。
「だ、ダインスケン! 起きてたのか……」
バツが悪そうに顔をしかめるジン。
まぁジン以上に体力が残っていたのがダインスケンだ。横になって鼻提灯を膨らましていたが、ジンの動く気配で目を覚ましたのだろう。
ダインスケンはそのまま地下街へと踏み込む。ジンの肩をがっしり掴んで。
「いや、俺は……」
抗議などする間もなく、街の人が何人もジン達に気づいた。
「お、兵隊さんかい。英雄様の凱旋だ!」
誰かがそう叫び、道行く人々が輝く目を向けた。昨夜この街に来てくれた部隊が魔王軍を撃破した事を、知らない者など一人もいない。
そんな彼らの前をダインスケンは平然と歩く。ジンの肩を掴んだまま。向かう先は――昨夜の呑み屋だ。
「おいおい……」
戸惑うジンだが、ダインスケンは構わずに店へ引っ張り込んだ。
「らっしゃい……ああ、あんたらか」
店主は今日も不愛想だ。だがジン達を見ると、カウンターに二つジョッキを並べる。
今夜は店中が客でごった返していたが、彼らはサッとカウンターを開けてくれた。
ダインスケンは迷う事なく、ジンを連れてそこへ座る。
酒が注がれるジョッキを眺めるジン。
そこへ他の客――ドワーフの肉体労働者が嬉しそうに話しかけてきた。
「凄いよな、あんたら! 魔王軍のあの親衛隊がいつも無尽蔵に虫をけしかけてきて、今まで戦った部隊はいつも叩きのめされてたのに。いや、あれに勝てるとは! 最強だよあんたら!」
中年の町民がしみじみと呟く。
「あの親衛隊、いつも軍を壊滅させては帰って行ってさ。何を企んでいたのは知らないけど、俺らにとっては生殺しよ。いつ巨大モンスターの群れに食われるのかと、毎日死んだ気持ちだったぜ」
彼らの中で、ジンは。
「まぁ……俺らは普通じゃないからよ」
そう言って、胸当てを脱いで床に置いた。袖の無いシャツだけになると、はっきりとわかる。
ジンの右腕が、甲殻に覆われた怪物じみた物である事が。
その隣で呑んでいたダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。
この世界の住人には魔物……リザードマンの一種にしか見えないだろう。
周りの客に当惑した雰囲気が広がる。
そんな中、店主が不愛想に言った。
「普通なわけがあるか。俺達をどん底から救ってくれたんだ、英雄だよ」
ジョッキとグラスが周りで持ち上がった。
「かんぱーい! 英雄に乾杯!」
誰からともなく陽気に叫ぶ。あちこちからジン達へ。
ジンはジョッキを掴んだ。そのまま一気に喉へ流し込む。
依然、酔わない酒だった。なのに胸の内の淀みが奇麗に洗い流されていく。
「昨日と同じ奴を頼む。今日は全額払うからよ」
口を拭いながら店主に言うジン。
にこりともしない店主。
「嫌だね。あんたらに奢らないんてしみったれた話があるかい」
食った。呑んだ。胃袋の負担など知らんとばかり、ジンはひたすらに。
周囲の喧騒の中、彼らと一緒に。
(俺もくだらねぇ事を考えていたもんだ。頭の悪さに泣けるぜ)
あっさり答えの出たこれまでの疑問に、ジンは独り毒づいていた。
土産の折詰を両手に、ジンとダインスケンは地下街を去る。
「これからも頑張ってくれよ!」
街の人の声を背に。
「ああ。そのための準備はしてるからよ」
そう応えて。
地下通路を歩く二人。さっきの住人達の事を思い出すと、ヴァルキュリナの顔も浮かんできた。
街を守ってそこに迎え入れられた父の背を追う、彼女の顔が。
「この土産、ヴァルキュリナにも分けてやらなきゃな」
ジンの呟きに「ゲッゲー」と鳴くダインスケン。それが同意である事はジンにはわかった。
そして翌日。
ジン達は食堂で朝食を摂りながら、改めて今後の予定を話し合った。
ちょいと昔は休日に郊外や隣県へでかけて道の駅なんかで昼飯食って帰る日帰りドライブなんかもよくやっていたが、コロナ騒ぎのせいで随分ご無沙汰になっちまった。
無理して出かけてもどこの店も閉まってたりするしな……。
出張で地方都市に数日滞在したが夕食が全部コンビニ飯だった時の気持ちは言葉では言い表せませんよ。




