70 無限 2
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は世界を席巻する魔王軍へ、仲間と共に敢然と立ち向かう。
魔王軍の将軍からの攻撃を辛くも生き延び、ヴァルキュリナを襲撃した親衛隊も退けたジン達。
王都へ向かおうとする彼らだが、次に向かって欲しい地があると告げられた――。
魔王軍は常に世界各地へ侵攻している。
なんとか守り抜いても、二度三度と攻撃されている地もある。
ディーンがジン達に助力を頼んだのも、そうした街の一つだ。
ホウツから王都への道を逸れた山中にあるシャミルの街。古くから鉱山で栄えた街も、魔王軍の攻撃に何度もあっていた。
ケイオス・ウォリアーには生体素材がふんだんに使われているが、それは金属部品が少ないという事ではない。ランクに関わらず鎧部分は金属だし、用いる武器も多くは金属が必要不可欠だ。
この国有数の鉱山を抱えるシャミルは、この時代においても特に重要な場所の一つであった。
ジン達が到着すると、領主は艦まで出向いて平身低頭、揉み手せんばかりだった。
「ありがとうございます! いつまでここにいてくださるのでしょうか?」
戸惑うヴァルキュリナ。
「いつまでと言われても……我々も王都に向かう任務の途中で。力になれるならばと立ち寄っただけなのですが」
領主は目を丸くする。
「え……もう限界のこの街を守るため、国が援軍を送ってくださったのではないのですか? 私が申請していたのは、ここに駐留してくれる部隊なのですが」
ジン達にしてみれば、そんな事はディーンから聞いていない。
気まずい沈黙が少し流れた。
「なーんか、連絡に食い違いがあった感じだね?」
「そ、そんな……神も仏も無いのか……」
リリマナの言葉に、領主は目に見えて肩を落とす。
「……申し訳ない」
ヴァルキュリナはそう言うしかなかった。
その後、多少の相談をした後、領主はとぼとぼと引き上げていく。
彼が去ってから、ヴァルキュリナは決定を改めてその場の一堂に告げた。
「この街に一日は逗留する」
「まあ仕方ねぇな。魔王軍に包囲でもされてるのかと思ったら、街の周りには敵の影が無え。頻繁には攻めてくるがいつ来るかはわからんて……俺らにはどうにもならんだろ、これ」
格納庫でジンは肩をすくめて言う。
ナイナイは「うーん」と考えこんだ。
「王都に届け物をした後、ここに戻ってきてあげればいいのかな?」
「かもな。その時にこの街が無事ならよ」
やや投げやりに言うジン。
その日の夜。
一日とはいえここに居るならと、ジン達は地下街へ繰り出す。地下道はレンガや石で上下左右とも固められており、等間隔でランプや魔法照明が灯されていた。
格納庫から伸びる通路を少し歩けば、多種多様な種族が店を構えてその間を歩く商店街である。
「ここには夜が無いみたいだね」
ナイナイが感心して通りをきょろきょろと見渡した。
「地下に人工照明を持ち込んでるからね。天気とかお日様とかはあんまり気にしてないのかも」
そう言いながら、ジンの肩でリリマナもあちこちへ――主に飲食店に――目をやる。
「しかしまぁ、いまいちシケた感じがしねっスか?」
きょろきょろと辺りを見渡すゴブオ。その視線の半分は風俗店へ注がれているが、通りの雰囲気や人々も見ていないわけではない。
その言い分にはジンも同意だった。
(店は開いてるのに、雰囲気はシャッター街の裏手だな……)
うつむき加減の道行く人や声の小さい商店の呼び込みが、ジンにそう思わせるのだろうか。
山中に生まれ、その半分は地下にある天然の要塞。それがこのシャミルだ。
だが今や地上部分の6、7割は破壊され、住人の大半は地下で避難生活を強いられている。
街の周辺には敵味方のケイオス・ウォリアーの残骸が転がり、防衛部隊の疲労も濃い。
後何度、敵の攻撃に耐えられるかは疑問だった。
ジン達は近くの酒場に入った。スイングドアを開けて空いてる席を探す……が、そうするまでもない。他に客はいなかった。
どのテーブルにでも座れるが、店の親父が黙ってカウンターにジョッキを置く。無言の指示に従い、ジン達はカウンターへ横並びに座った。
店主がジン達を見る。三、四十代だろうか。禿頭で髭面、チョッキにエプロン。どこにでもいそうな酒場の親父である。
その活力の失せた視線が順番に移る。ナイナイとリリマナには特に気にした様子は無かったが、ゴブオには、ダインスケンには、ジンの右腕には、気になる物があったようだ。
「冒険者かい。それにしても、まぁ……」
(奇妙な連中だな、てか)
店主の胸の内をジンはそう察した。
最初の街では住民に感謝されはしたが、あれは特別なケースなのだと今ではわかっていた。
冒険者なら変わった装備をしている者もいる。ジンの右腕も見知らぬ人は妙な防具だと思い込むだろう。だが……甲殻に包まれた本物の腕だとわかると嫌悪が生じる。
ダインスケンなどモンスターにしか見えない。ゴブオに至っては本当に魔物だ。
ジン達は人々に好まれ難い存在なのだ。
(最初の街の人達も、もう少し詳しく俺らを知ったら……あの好意もどれだけ残ったもんだかな)
今は亡き貴光選隊と会ってからこちら、ジンは時々そう考えるようになっていた。答えは出ない疑問を、何度も。
「冒険者ギルドの場所を教えてくれたらそっちに行くが」
この世界にも冒険者の互助組合はあり、そこでも飲食はできる。その事を知っていたので、ジンはそう訊いてみた。
「あそこは休業中だよ」
不愛想にそう言って……店主は五人の前に皿を置いて行く。酒の瓶も。
皿は少し深めの器で、スープの中に煮込んだ数種の具材が入っていた。リリマナの前にもご丁寧に小鉢が出され、切られたフルーツが入っている。
「いいのか?」
嫌がるかと思った店主の態度に、思わず訊くジン。
店主はにこりともせず呟く。
「飯屋で飯を出さないなんてあるかい」
「じゃあ食べるよォ!」
嬉しそうにミカンみたいな果実を頬張るリリマナ。
ジンも煮込まれた練り物を口にする。その味は――
(こりゃあ……おでんじゃねぇか!)
材料は少し違うのかもしれないが、ジンの舌では味の違いはわからない。
驚いていると、店主が独り言のように呟く。
「仕事の口なら他所へ探しに行きな。苦しい戦場の方が手柄は大きくなるが、ここは流石に無理だ」
その声には諦めがあった。
「あんたは逃げないのか?」
そこまでの苦境なら……と、ジンは訊く。
店主は背後、カウンターの向こうへ振り返った。
「うちの子供は足が悪くてな」
カウンターの奥が家になっており、奥さんであろう中年女性と、十歳ぐらいの男の子がいた。内職なのか、何かの布を縫っている。少年は椅子に座り、小さな縫物を手伝っているようだ。
その片足は少々細く、角度も不自然だった。店主の言葉を考えれば、生まれつきの物なのだろう。
治療の魔法はこの世界にもある。だが生まれつきの物を治すには高度な魔法を要するので……時間も、金も必要だ。
そう簡単な話ではない。
この状況で上手い慰めを考えつける頭はジンには無かった。
「上手くいかねぇもんだな」
それしか言えない。
「あんたらは上手くいく所に行きな。ほらよ」
店主はもう一皿出す。ジンには肉ジャガに見えたが、この世界ではジャガイモを何と呼ぶのかは知らない。
「え? これ頼んでません……」
戸惑うナイナイ。
だが店主は皿を出すとまた家族の方へ向いた。
「おまけだ。それのお代はいらん」
「いいのか?」
ジンが訊いても、店主は振り向かない。
「ここから出ていける奴だけでも行きな」
そう言われると、誰も何も言えなかった。
ジョッキで酒を一気呑みするジン。
(相変わらず、この世界の酒は酔わんな……)
一同、黙々と呑み、食べる。味は良かった。誰にも笑顔は無いが。
「……ごっそさん」
食べ終えて、一皿五人分と酒瓶。それだけの代金を払い、ジン達は店を出た。
店主は軽く頭を下げただけだ。
通りに出る。浮かない顔の通行人達と自分達の雰囲気が同じになっている事に、ジンはすぐに気づいた。
「帰ろっか」
ナイナイが呟く。
異論など、誰にもあるわけがない。
そして翌日。
「結局、敵は来なかったかァ」
朝食のテーブルでさくらんぼを齧りながら言うリリマナ。
ナイナイも食事を終えてスプーンを置きながら、ほっとしたような困ったような、複雑な微笑みを見せる。
「僕らの運が良かったのかな。領主さんにはちょっと気の毒かも……」
ジンはにこりともせず、腕組みしたまま黙っていた。
ちょうどその時だ。
警報が鳴ったのは。
その音色は敵襲を告げる物だった。
ジンが勢いよく立ち上がった。
「運が良かったぜ」
この世界にも「冒険者ギルド」てのがある設定にしたが、特に深く考えずに有る事にしただけで、どこかの場面で使う予定は今のところ無い。
しかしギルドと呼ばれているが本当に「組合」なのか?
「化け物と戦ってダンジョンから必要な物をとって来てくれる奴ら」が職業として成立する世界で、酒場と飲食店と質屋と雑貨屋と鍛冶屋が日雇いを集める公園に大き目の建物を立てて出店を押し込んだ物を、なんかそれっぽく呼ぶようになっただけなんじゃねーかな。




