63 帰郷 3
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は世界を席巻する魔王軍へ、仲間と共に敢然と立ち向かう。
魔王軍の将軍からの攻撃を辛くも生き延び、ジン達はヴァルキュリナの故郷に着いた。
しかし息つく暇なく、食事に毒が盛られ、魔王軍の攻撃が街を襲う――。
『フフフ……撃て、撃て! 黄金級機設計図を手に入れるのだ!』
魔王軍の機体へ発破をかける、勝ち誇った女の声。
攻撃が容赦なく続き、爆音は途切れる事なく、壁はひっきりなしに震え、煙をあげて崩れる。防壁の穴は広がる一方だ。
だが穴の向こうから反撃の砲弾が飛んできた。それは魔王軍の群れの鼻先で爆炎をあげる。
『なーに? まだ抵抗するお馬鹿さんがいるわけ?』
女の声は驚き呆れる。そのせいか魔王軍の攻撃が一瞬止んだ。
そんな魔王軍の前で、防壁の穴の向こうに姿を見せるケイオス・ウィリアー。ずんぐりした体型にダンゴムシの頭を持つ、妖虫型の機体……もちろんジンの乗るBCカノンピルバグである。
魔王軍側の女の声は、その中のジンにも通信機ごしに聞こえていた。
(指揮官だな?)
直感的にそう思い、ジンは立ち込める煙の外へ自機を進ませる。
まだ明るさを残した星空の下、敵は宙にいた。鳥人間といった姿のケイオス・ウォリアーが羽ばたき、空から弓を撃っていたのだ。
機体のモニターに敵のアイコンが表示される。手前と奥に敵は二部隊。そのさらに後ろに少し形の違うアイコン……隊長機だ。
ジンはその隊長機に言い放つ。
「つまらん小細工までしたのに、残念だったな」
『へえ。その言い草……こちらの策をかわしたの』
やはりそこからさっきの女の声。それには少々の苛立ちが感じられた。
ジンは確信をもつ。
「やっぱりあれはお前らの差し金か……」
攻めてきたタイミングだけでも疑う余地は無いのだが、一応、魔王軍が毒を盛ったという証拠は無い。
そこであえて相手のせいだと決めつけて話しかけたのだが、相手は否定する気などさらさら無かったらしい。むしろ笑いを含んだ声で言う。
『別にケイオス・ウォリアーで戦わないといけないという決まりもないものね。とはいえこうなった以上、この魔王軍空戦大隊最強の親衛隊、マスターコロンが引導を渡してさしあげてよ!』
勝利を確信する相手に、ジンは言った。
「そいつはあんたが引導渡された後の事かよ?」
直後、壁の穴の向こうにダインスケン機・BCクローリザードとナイナイ機・BCバイブグンザリが姿を現した。3機が勢揃いである。
しかし敵の自信は揺るがなかった。
『粋がるのはいいけどね。あの毒はそうそう治療できるものではないの。ほうら、お仲間にまだ苦しんでいる奴がいるわ』
言われてジンは、二人の顔をモニターに表示させる。ダインスケンに変わった様子は無い。だがナイナイは――時折頭を振りながら、青い顔で何かを堪えているようだった。
「どうして……回復魔法、かかったはず……」
ジンの肩でリリマナが焦った声で呻く。そんな彼女本人も、青い顔で翅を垂れ下がらせ、うずくまるようにしてジンにしがみついていた。
モニターに敵――マスターコロンの顔が映った。
やはり女だ。二十代の中ぐらいだろうか?
金髪のロングヘアに白い肌。鼻筋は通り、笑みを浮かべる唇は蠱惑的である。おそらく美人なのだろう――が、舞踏会に使うような半仮面で目元を隠しており、素顔の全てはわからない。
彼女は嬉しそうに笑っていた。
『残念ね! あの毒は私が調合した特殊なもの。二つの効果を威力差をつけて調合した物なのよ』
「つっても魔法で消せるんだろうが?」
戸惑うジンに、マスターコロンは実に楽しそうに答える。
『そう、その通り。けれど……魔法が使えない者は知らないでしょうけど、ほぼあらゆる魔法は術者の魔力によって威力が決まるのよ。解毒する場合、毒の威力に勝つ魔力が必要なわけ。その威力に勝って毒を消せたかどうかは魔法を使った術者ならわかる物なのよ』
いわば走り高跳びのような物だ。
魔力が跳躍力であり、ハードルとはバーの高さ。
『けれどあの毒はさっき言った通り、麻痺させる効果と衰弱させる効果の2つがあってね! わざと威力に差をつけて、麻痺の方はそこそこの術者なら簡単に消せるよう調整してあるのよ。もう一つの、衰弱して体調不良を起こす効果は高レベルの術者でないとなかなか消せないけどね!』
嘲笑うようなマスターコロンの声に、ジンは気づく。
(そうか……ヴァルキュリナは神官戦士とか言ってたな。専門の治療術師ほどの魔力が無いのか)
武術と魔術の両方を学ぶマルチクラスの悲しさ、片方の技術は専門家に及ばなかったのだ。
『なまじ弱い方の効果を消せた事がわかるもんだから『解毒に成功した』と思い込んだんでしょう? そう思わせるための二重効果だもの! そして弱った体で戦闘に出て、そこで本調子じゃない事を知るわけよ! 私の攻撃に晒される、その時に!』
勝ち誇るマスターコロン。
『異なる成分を混ぜたうえで効果を両立させるのは苦労したわ。ま、世の中努力が肝心という事ね!』
そう言って、実に嬉しそうな高笑いを響かせた。
ナイナイが弱々しい声をあげる。
『ごめん、ジン……気力が……力が入らない……』
ジンは急いでナイナイのステータスを表示させた。
モニターに出た数値によると――ナイナイの戦意は50。これは戦闘可能な数値としては下限の値である。
『あらぁ? 可愛い子じゃない。丁度いいわ、私の物にしちゃいましょ。後の臭そうな二匹はブチ殺して豚の餌ね』
弱ったナイナイを見て嬉しそうにはしゃぐマスターコロン。
『え、やだ』
ナイナイの顔はますます青くなるが、相手はまるで気にした様子もない。
『ダーメ。拒否権はなくてよ!』
「ジン、どうするの? 実質二人しか戦えないよォ!」
肩の上で弱りながら、泣きそうな声をあげるリリマナ。
「チッ、とりあえず街から出て……」
ジンがそう言った時、通信機から割り込む声があった。
『いや、出なくていい』
聞きなれた声だ。それが誰なのか、ジンには一瞬でわかった。
「ヴァルキュリナ!」
ワシは今から夜更かしをせねばならん。明日が休日で良かった。製作スタッフも休みに間に合わせるよう根性だしてくださったんだろう。ワシにはわかる。これは既に事実になったのだ。
やはりこの世の光は人を信じる心……。
機体解説
Bボウクロウ
青銅級の鳥空型ケイオス・ウィリアー。黒い鳥の頭と翼を持ち、弓を標準装備している。
当然のように飛行能力を有しており、目標地点まで迅速に移動し空中から飛び道具で攻める事ができる優秀な量産機。
だが軽量化のため装甲は薄く、武器もあまり大きくできないため、攻撃・耐久両面において性能は低め。強力な射撃武器の前には脆さを見せる。
また空中戦の得意なゴブリンやオークはあまりいないため中々操縦者の数を増やす事ができないという、機体が悪いわけではない短所もある。




