62 帰郷 2
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は世界を席巻する魔王軍へ、仲間と共に敢然と立ち向かう。
魔王軍の将軍からの攻撃を辛くも生き延び、ジン達に新たな戦力を培う。
それで敵を退けたジン達が到着した街、そこはヴァルキュリナの故郷――。
「ヴァルキュリナ殿が故郷に帰って来たのですから、一晩ぐらい宴会があってもいいでしょう。黄金級機設計図を手に入れた、その任務達成の前祝いにもなりますしね」
クイン公爵家の騎士ケイドの提案。
その話を聞きながら、少し離れた所にいたゴブオが恨みがましい視線を向ける。
「アニキ達はいいっスね。どうせ薄汚いゴブリンは独りで留守番でさ……。せめて土産は持って帰ってくださいよ。デカいタッパは渡しますから」
そんなゴブオに、ディーンは微笑みを崩さず声をかける。
「君も来ればいい」
「ゴブリンも!?」
言われたゴブオの方が驚愕。
地位のある人間がゴブリンに友好を示すなど、この世界の常識では考えられない事だったのだ。
だがディーンは平然としたものだ。
「話は通しておきますよ。味方になるなら、私は気にしませんし」
「で、でけぇ……アンタの男がデカ過ぎるっス……」
茫然と呟くゴブオ。
ディーンは苦笑して付け加える。
「まぁ行儀良くは頼むよ」
「じゃあ駄目かもな……」
溜息をつくジン。
ゴブオのテーブルマナーは良いとは言えない……というよりほぼ最低だ。声も租借音もうるさいしいくらでも頬張るし適当に混ぜるし皿もテーブルも汚すし何でも手で掴む。これにも劣るといえば、もう刃傷沙汰しかない。
まぁテーブルマナーのできたゴブリンなどこの世界に一匹もいないだろう――というよりそもそもそんな物が存在しない種族なのだ。
「そ、そんな!」
嘆くゴブオ。嗚呼悲劇。
しかし時間になり、砦の一室に通される時、ゴブオはしっかりジン達の後ろについてきていた。
ジン達も「帰れ」とは言わなかった。
駄目ならその時に追い出されるだろという心優しい判断である。
「すまない、ディーン殿。我々に気を遣わせてしまって……」
「いやいや、貴女は亡き兄上の婚約者。そしてこの国にとっての重要な任務を遂行中の身。私にできる事がこれぐらいなのが、むしろ申し訳ないぐらいです」
互いに頭を下げるヴァルキュリナとディーン。
広い部屋にはあちこちにテーブルが置かれ、様々な料理が並べられていた。いわゆる立食パーティの形式である。ここで降りる者も含め、Cガストニアのクルーはみな招待されていた。
(料理は……よくわからんが洋風に見えるな)
肉にしろ魚にしろサラダにしろ、とりあえず何かしらのソースがかかっている……ようだ。米よりもパンやチーズの方が多いし、麺料理もパスタに見える。
「艦の食堂とは大違いだね!」
ナイナイが嬉しそうに言いながら料理を物色し始めた。
ゴブオは誰よりも早く手を伸ばし、いの一番に食べ始めている。頬張りながらぐちゃぐちゃと。
ダインスケンはしばし匂いをかいでから、おもむろに手近な料理へ手を伸ばした。
酒が出たせいもあっただろう。
壊滅したスクク基地からここまで不満を抱えて旅をしてきた者達も多かったが、彼らも含めて皆が会話と料理を楽しんでいた。
(こんなに和やかな雰囲気になったのは初めて見るな……)
骨付きの鳥腿肉を齧りながら、ジンは久々に安らいだ気持ちになった。この世界の酒は相変わらずほとんど酔いが回らないが、心地よさの中ならば泥酔するよりよほど美味く感じる。
すぐ横のテーブルでは、リリマナが満面の笑みを浮かべてイチゴにかぶりついていた。
だが、明るい笑顔に満ちたパーティ会場に、血相を変えた兵士が駆け込んでくる。
「た、大変です! 魔王軍が!」
その一言で会場の者全員、何が起こったのかを察した。
そして遠くから聞こえてくる爆発音、小さいがはっきりとした振動……!
「このタイミングでだと!? どんだけ運が悪いんだ俺ら!」
そう言ってフォークをテーブルに置くジン。しかめ面で文句を言いつつも艦へと走ろうとする。
だが急に眩暈を覚え、側のテーブルに手をついた。食べ過ぎたか?……とジンは一瞬考えた。
周りを見れば、皆が同様の苦しみに悶えていた。中には倒れている者や泡を吹いている者もいる!
「毒、か!?」
誰かが叫んだ。
ヴァルキュリナもふらつく足に必死に力を入れている。
「解毒の魔法を……」
神官戦士である彼女はその魔法を習得してはいた。
だが苦痛と弱った体では満足に呪文を使う事ができない。
狼狽えながらも報告に来た兵士が叫ぶ。
「し、神官を呼んできます!」
(間に合うのか……?)
懸念するジン。
改造された肉体ゆえか、体質なのか。気分が悪くなりはしたものの、それ以上の悪影響はジンには無い。それとて既にほとんど治まっている。
だが他の者はそうはいかない。苦痛の呻きは会場中から響いていた。
治療術師が来るまで待って、回復させてもらってからの出撃。それで街が防衛できるのか。
そもそも助けがここへ着く前に、犠牲者が出る可能性もあるだろう。
ナイナイは床へ四つん這いになって汗だくで荒い息を吐き、クロカは床へ転がって呻いている。ゴブオは吐瀉物の中へ突っ伏して動かない。リリマナは真っ青な顔でテーブルの上に横たわっていた。
そしてダインスケンは――
一人、特に変わる様子もなく立っている。
「ダインスケン、お前も大丈夫なのか…‥?」
ジンが問うとダインスケンは頷いた。
そして側のテーブルからナイフを握ると――それを自分の尾に突き刺す!
「おい! お前、何を!?」
驚くジンを尻目に、ダインスケンはヴァルキュリナの口へ尻尾を突っ込んだ……!
呆気にとられるジンの前で、ヴァルキュリナの顔色がみるみる良くなっていく。
ダインスケンが尻尾を抜くと、ヴァルキュリナは呆けた顔で自分の体を見下ろした。
「あ……治った?」
ジンの体も毒には耐えたが、ダインスケンはそれをさらに上回っていた。体内に抗体を作り出し、血中にそれを循環させたのである。
それを察したダインスケンは、その抗体をヴァルキュリナの体内へ流し込んだのだ。
そんな事は理解できていないが、それでも自分が回復した事はわかったヴァルキュリナ。急いで会場を走り回し、片っ端から解毒の魔法を使う。
ダインスケンも自分の尻尾を次々と被害者の口内へ押し込んだ。先ずはナイナイへ、後は近い順に手あたり次第。さらにゴブオ――
「……は……や……く……ヴォエェッ……」
なんとか仰向けになり、吐瀉物まみれの顔で不気味な音を吐き出すゴブオ。
ダインスケンは一瞬動きを止める。
だがすぐに近くの手拭き布に自分の血を塗り、その布をトングで掴んでゴブオの口に突っ込んだ。道具は有効に使う事が肝心だ。
結局、治療術師が駆け付ける前に、会場にいた者達全員に解毒処置を施す事ができた。ジンとダインスケン以外は皆が疲労困憊した顔だが、命を落した者はいない。
「犯人捜しはこちらでやっておきます。聖勇士の皆さんは出撃してください!」
ディーンに促され、ジン達は会場から走り出る。
「我々もすぐ出撃する!」
そう叫ぶヴァルキュリナの声を背に受けながら。
開閉スイッチでハッチを開けた後、ジン達は自機へ跳び乗る。
ジンの肩にリリマナが停まり、疲れた顔で、それでも握り拳をつくって憤慨していた。
「毒なんて、きっと魔王軍の仕業よ! ホント、卑怯よね!」
だがジンはそれに加えて一つ気になる事があった。
(俺らを狙って毒を盛れるとは……この街に魔王軍が入り込んでるという事か?)
しかしそんな事の詮索は後回しにせざるを得ない。
艦の外へ飛び出し、ドックの出入り口へ機体を向かわせる。
ドックから出た途端、大きく崩れて無防備になった外壁と、その周りで倒れる軍のケイオス・ウォリアーが目に入った。
ジン達がもたついている間に、戦闘は既に街中へ移行しかけていたのだ。
機体解説
Sカタールスミロドン
白銀級の猛獣型ケイオス・ウィリアー。虎の頭から二本の長い牙が突き出し、両手にはカタールを装備している。
操縦者が格闘技 (プロレス)の達人であるが、機体は二刀で容赦なく敵を切り刻む。また首の体毛内には射撃用の針が射出される機構もあり、中距離で敵に撃ちだす事もできる。
牙と刃の四刀で繰り出す狂乱のマニューバ「ブレードストーム」が最大の武器であり、これで数多くの敵を八つ裂きにしてきた。
なお「凶器攻撃は全て5秒以内に一旦終わらせるのでプロレスにおいて合法」というのは操縦者の弁。