35 不穏 3
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は世界を席巻する魔王軍へ、仲間と共に敢然と立ち向かう。
差し向けられた親衛隊をまたもや撃破した一行。
そこへスイデン本国から屈指の精鋭が合流してきたのだが――。
その夜、問題は起きた。
その日もナイナイは一足先に寝間着に着替え、脱衣所から出た。
寝間着と言っても薄いシャツと半ズボンである。気候や季節もあるし、窓を全開にできるような乗り物でもない。魔法を利用した空調もあるが、それほど上等な物でもないのだ。
よって体形は服の上からでもわかるし、体の輪郭もだいたい想像ができる代物だった。
ナイナイが脱衣所から廊下に出ると、貴光選隊の一人が壁にもたれて立っていた。鎧も軍服も来ていない、ジャケットに長ズボンというラフな格好だ。
(どうしたんだろう?)
ナイナイが不思議に思っていると、その若い騎士は大股でナイナイに近づいてきた。目にはギラついた光がある。
(な、何? 僕とケンカする気?)
明らかに剣呑な雰囲気。ナイナイは丸腰であり、襲われても抵抗は難しい。
ナイナイは脱衣所に逃げ戻ろうとした。
だが背を向けた瞬間――
襲われた。
思っていたのとは違う意味で。
騎士はナイナイに背中から抱きついてきたのだ。
「な、何をするの!? やめてよ!」
悲鳴をあげるナイナイ。
騎士は押し殺した、だが鼻息の荒い声を、ドスをきかせて耳に吹きこむ。
「黙ってろ! リザードマンやゴブリンとさえ風呂と寝床が一緒のくせに。正騎士が相手なら光栄だろうが!」
騎士の手が胸と股間へ這う。その掌が滑らかで柔らかい肌の感触を薄い布越しに感じながら、服の中へと潜り込んだ――。
男は勘違いしていた。
ナイナイが相手をまるで選ばないほど、性に奔放だと思っていたのである。
だから自分が慰み者にしても良かろうと。
容姿は可愛らしかったし、たまたまこの騎士の好みでもあったので。
ただ別の勘違いもあった。
彼自身は詳細な報告を受けていなかったので、ジン達個々人の情報は知らなかったのである。
「……? 男? そんなバカな、夕べ脱衣所から出て来た時は確かに……」
モノを触ってしまって驚愕する騎士。
薄い寝間着越しによく見れば、今のナイナイが男だとわかる筈なのだが――女の時の寝間着姿を見て女だと思い込んでいたし、性転換する体質などとまるで知らなかったので勘違いしていたのである。
ここ最近、女になる時間が長かったナイナイ。しかし今日はたまたま風呂をあがっても男のままであった。
つまり――ジン達より一足だけ脱衣所の外に出ただけで、浴室を出たのはほぼ同時である。
「バカはテメェだ」
その言葉とともにジンの右拳が騎士を打った。
ナイナイの頭越しに食らい、ひとたまりも無くはがされて廊下の奥へ吹っ飛ぶ。
床に転がり、騎士は動かなくなった。失神したので頬骨が砕けている痛みを味わう事が無かったのは幸いというべきか。
だが派手な物音のせいか、すぐに他の人間が駆け付けて来た。その中には貴光選隊の騎士達も。
仲間が倒されたのを見て一人が激高し、剣の柄に手をかける。
「き、貴様! そこになおれ、斬り捨ててくれる!」
「なおるのは構わねぇが、お前に斬れるのか?」
ジンはその騎士の前に自ら進み出た。己の両肩を抱いて床にへたりこみ、震えるナイナイを庇うかのように。
隣にいた騎士は怒りながら剣を抜く。
「貴様……抵抗する気か!」
「無抵抗の相手しか斬れないなら、田舎に帰って修行し直してきな」
言って身構えるジン。
その横にダインスケンも並んだ。腰を落として爪を出し、シューシューと息を吐きながら。その複眼は殺気に満ち、敵を――二人の騎士を映している。
だがそこへ鋭い声が飛んだ。
「何をしている! やめんか!」
それがヴァルキュリナだというのは声でわかった。
だからというわけではないが、ジンもダインスケンも騎士達も、互いの「敵」を睨みつけるのはやめない。
もはや止まらないか? という状況に、別の声が割り込んだ。
「なり行きなど聞くまでもない。我が貴光選隊に盾突くとは……魔物どもなどそれだけで死罪に値する」
その声にようやくジンは騎士達から視線を外した。新たな声の主に向けるために。
それは思った通り、貴光選隊隊長・ケイド=クインだった。
ケイドも剣を抜いた。一言何か呟くと、刀身に青白い炎が灯る。
高品質の剣を魔法で強化したのだ。部下を叩きのめした下劣な魔物を生かしておく気は彼には無かった。
彼の周囲にいたクルー達が、恐怖に顔を引き攣らせ、慌てて廊下の奥へと離れる。
ジンはケイドに声をかけた。
「で、誰が執行するんだ? 俺らにブチ殺されてからよ」
ジンは元々、現代日本に住んでいた覇気の無い中年男であった。暴力沙汰など、恐れはすれ身を投じる筈がなかった。
だが――体が若くなったからか、奇怪な力が体内に満ちているからか、訓練と実戦で戦闘に慣れたからか。
或いは身内が襲われるなどという、かつて無かった状況による物か。
文明人として褒められたものではないが、この場は暴力でカタをつける気になっていた。
睨みあうジンとケイド。両者の「気」が通路を見たし、その威圧感は腕に覚えの無いクルー達でさえ離れた所で息を呑むほどだ。
一国有数の使い手だというケイド――だがその重圧に、ジンは完全に対抗していた。
いや……ともすれば圧しているかもしれない。
これまでの戦いで鍛えた力と、それ以上に……大事な物を踏みにじられそうになった怒りによって。
だが再びヴァルキュリナの声が響く。
「やめろ! この艦の責任者は私だ、従えない者には出て行ってもらう! 決闘だの果し合いだのをするならこの部隊から除名だ! その後、艦から出て行ってからやれ!」
「逆らったら軍規違反なんだから! 牢屋行きだよォ!」
リリマナまで飛んできて叫んだ。
そこまで言われ、ようやくケイドはヴァルキュリナへ目を向ける。
「……ヴァルキュリナ。お前のその態度、王にも我らの両家にも伝えるが。構わないのだな?」
婚約者に向けるその視線は、『下劣な化け物』であるジン達へ向けるものと差は無かった。
そんなケイドへヴァルキュリナははっきりと言う。
「好きにしなさい」
数秒、ケイドはヴァルキュリナを睨みつけた。
だが彼女が毅然とした態度を崩さないとわかると、魔力の炎を消して剣を鞘に納める。
「バカな女だ」
そう言うと背を向け、その場から去って行った。
部下の騎士達は顔を見合わせたが、負傷した仲間を担ぎ、ジン達を睨みつけると隊長の後を追う。
それを見届け、ヴァルキュリナも去った。クルー達も次々と姿を消す。
後にはジン達だけが残った。
不味いぜ、やばいぜ、危機の連続。
そんな時、助けが来る事はあまりない(リアル話)。
高い所から「待てィ!」と救いの手が現れる展開はやはりフィクションのお話であろう。
もちろんこの作品もフィクションのお話なので、ご都合主義だろうとなんだろうと主人公はやってくるのだ。
そこら辺を逆張りする気は無い作品なので、まぁ先の読める展開が最後まで続くだろう。




