34 不穏 2
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は世界を席巻する魔王軍へ、仲間と共に敢然と立ち向かう。
差し向けられた親衛隊をまたもや撃破した一行。
そこへスイデン本国から屈指の精鋭が合流してきたのだが――。
Sランスナイトはその名の通り、白銀の甲冑に身を包んだ騎士のようだった。手には巨大な槍を持ち、それも銀色に輝いている。
「ま、挨拶にでも行くか」
ジンは仲間を促し格納庫へ向かう。途中で軽い振動――倉庫に着くと、開かれたハッチから貴光選隊が既に着艦していた。
機体のコクピットハッチは既に開き、足元に四人の騎士。彼らは整備員達と何やら話していた。
その邪魔をせず、機体を、そして騎士達を窺うジン達。
二十歳になるかならないかぐらいの若い三人の騎士を、少し年上……二十代半ばぐらいの騎士が率いている。態度もそうだし、鎧もワンランク上の精工な物だ。
線の細い、いかにも貴族風の優男である。長い金髪に切れ長の目は、若い女性なら好感を持って当然だろう。だがあまり笑顔を見せるタチでは無いらしく、冷ややかな顔で整備員達にいろいろと命じているようだった。
壁を作っていた整備員達が次々と作業――大半は新着機体の整備だ――を始め、騎士達の周りに人がいなくなった。ジン達は彼らに近づく。
(あまり露骨に愛想笑いするのも変か?)
考えながらもジンは片手をあげて挨拶しようとした。
騎士達もジン達に気づく。
ジンの挨拶よりも、美形騎士隊長の方が先に口を開いた。
「フン! 汚らしい」
その言葉通り、汚い物を見る目で。
一瞬耳を疑うジン。
「はあ!?」
初対面の挨拶で来る言葉としては意外すぎる。礼儀正しく接しようにも、到底無理な話だった。
「エリートさんから見れば傭兵なんぞタカがしれたもんだろうが……そこまで露骨に暴言吐いてくださるとはよ」
その言葉にも隠しようが無い苛立ちが籠っている。
騎士隊長の方はうんざりした顔を見せた。
「何をのぼせている? 上手く役に立てばお前たちを人間並みの扱いに格上げしてはやる。そういう話だろう。だがそれもこの旅を無事に終わらせてのこと。魔王軍からの裏切り者が、そうそう容易く信用されるとでも思ったか」
騎士隊長の言葉でジンはわかった。
彼はジン達について、既に報告を受けている。
その上で、ジン達を味方として信用していない。それどころか人間扱いしていない。
騎士達のある者は敵意を剥き出しに睨みつけ、またある者は見下すような薄ら笑いを浮かべる。
一方ジン達は……ジンこそ怒りの視線を向けるものの、ナイナイは不安げに身を縮め、ダインスケンはいつもと全く様子を変えない。ゴブオはいつの間にか離れた所にいる。
一触即発――なのはジンぐらいだが、まぁ雰囲気は最悪だった。
そこへかかる声。
「よしなよ。ケンカしてもあんたらに得は無いよ」
クロカである。一旦は作業のために離れた筈だが、また舞い戻ってきたのだ。
その横にはヴァルキュリナもいる。彼女は隊長の前に進み出て、静かに言った。
「クイン卿。彼らの助力があるからこそ、この艦は健在なのだ。あまり挑発的な物言いは控えていただけないか」
そう言われ、隊長――サー・クインはフンと鼻を鳴らした。その態度に敬意の欠片も無い。
「久しぶりだというのにご挨拶だな、ヴァルキュリナ。婚約者よりその化け物どもの味方をするわけではあるまい?」
(なんと!? この二人、そんな関係か。俺達の報告をしたのも多分ヴァルキュリナ……もしやこの隊長、恋人を助けるためにここへ?)
驚きながらも納得するジン。
だが……それにしてはヴァルキュリナに嬉しそうな所が見当たらない。
「それは……そうだ……」
隊長の言葉に同意は述べる。だがどうも歯切れが悪く、俯き加減で目を逸らしている。
そんなヴァルキュリナを前に、隊長は笑みを浮かべた。
格下を見下す傲慢な笑い顔を。
「弁えているならいい」
どこか勝ち誇るようにそう言うと、部下を引き連れて格納庫から出て行った。
騎士達が出て行ってから、ゴブオがジンの側に来る。
「アニキ、あいつの下でやっていくんですかい? マジで?」
ジンは答えあぐね、返事はできなかった。
「オレ、あいつらと同じ空気吸いたくないんスけど?」
ゴブオのその言葉にも、ジンは答えあぐねた。
「機体の配線こっそりちょん切って事故らせましょうや?」
「それはやめろ」
ゴブオのその提案は、一応止めておいた。
翌日。午前中の訓練を終えたジン達が昼食をとっていると、リリマナが飛んで来た。
「やっほ!」
元気に言うと、フォークを抱えてジンの皿に乗っているイチゴを突き刺し、悪戯っぽく笑いながらそれを齧る。
ジンは別に何も言わない。どうせそれ一個でこの妖精は満腹するからだ。
これは今までもよくある光景だった――が、ナイナイが落ち着かな気に周囲を見渡す。
食堂には他にも食事をとっているクルーがいるが、ジン達の周囲のテーブルには誰もいない。
さほど広い食堂ではないので、今までは周りに誰かがいたのだが……明らかに避けられていた。
彼らは時折ジン達の方をこそこそと覗っている。
「なんか……みんながちょっと変わっちゃった気がするね」
そう言うナイナイの声は小さかった。周囲を気にしての事だ。
「いんや、案外変わってねぇからかもしれないな」
ジンの脳裏に浮かぶのは、昨日合流した騎士の小隊。特にその隊長――名はケイド=クインという――だ。
(あいつは完全に俺達を人間未満として扱っている。それが艦のクルーにもうつったのかもしれねぇ……)
ジンが考えていると、すぐ後ろの席に誰かが座った。
見ればクロカがニタニタと笑っている。
「シシシ……まぁ仕方ないね。クイン公爵家といえばスイデンの有力な一族。ケイドは既にそこの当主で、王国のエースパイロットさ。そのダブルパンチで王国でも指折りの勢いがある……こんな艦のクルー風情が目をつけられたくはないさね」
それでジンには合点がいった。
(クルー達は巻き添えを恐れている……という事か)
そして気になった事が一つ。
「そんな男の婚約者なら、ヴァルキュリナはかなりの身分だったんだな」
どこかの宗派に仕える戦士だとは聞いていたが、身分的にも騎士だか貴族なのか。
クロカは頷いて肯定する。
「実家は名門武家のフォースカー子爵家だ。両家の同意で婚約は成ったけど、ま、クイン公爵家の方が『貰ってやる』形だろうね」
「でもあの二人、本当に愛し合ってるのかな?」
疑わしそうなリリマナ。それに関してはジンも同じ疑いをもっていた。
(ま、他人の色恋沙汰より自分らの身の上を心配してろって話だな)
そう考えてジンはクロカに尋ねた。
「なんか急に怪物扱いされるようになったが。聖勇士としての利用価値より、魔王軍が召喚したという事の方が重要で、俺らは悪の組織に在籍してた扱いというわけか?」
答えによっては口にし難かろう。果たして正直な事を言うだろうか?
だがそんな思いはどこ吹く風、クロカはむしろ嬉々として答える。
「大雑把にいえば、まぁそうだね。もともと人間だろうと魔王側につけばモンスターの一種さ。魔王軍にも聖勇士はいるし、あちらに召喚されて人間と戦ってた奴らなんて昔から数えきれないほどいるから」
言われて思い当たるジン。
(俺達が戦ってきた親衛隊どもも、それか)
クロカはジン達三人を順々に見た。
「ましてやあんたらは……既に改造されてるからね。何が仕込まれているのか、こっちにはわからないだろ」
(そちらさん視点ならそうだろうがよ……)
遠慮どころかむしろ言いたかったのでは――とさえ思えるクロカに、ジンは訊いておきながら複雑な気持ちになる。
だが敵として出る人間を「戦士系」「魔術師系」などと分類してモンスター扱いする考えは、RPGなどでは珍しくもない。
そして裏切り者を信じないのも当然ではあろう。ジン達が魔王軍に協力していた事など全く無いのだが、ヴァキュリナに拾われる前の事を証明できる物は何も無い。
だから頭ではスイデン国側の言い分を理解はできるのだ。
しかしナイナイは違った。
「そんな言い方、ないよ!」
自分が怪物の一匹として扱われたら普通は気分が良くない。ナイナイは目を潤ませていた。
「だからみんな言ってないんじゃないのか? 私も聞かれなければ言わないし」
そう言ってクロカは席を立った。流石にバツが悪くなったからだ。
そしてさらに二日後、夜。
問題は起きた。
昔遊んだダンジョンRPGに出て来た「マイナーダイミョウ」達は、やはり没落した武家の武者が身を持ち崩した連中なのだろうか。
「レイバーロード」に至っては動物系モンスターだったが、あれはもはや人として認められていないという事なのかもしれん。
内部データだとAC10(防御力いっさいなし)だったのも、獣はディフェンスなどしないという理由なのか。
入力ミスが産んだ奥深い世界設定を考察するのもまた一興。