93 再起 2
登場人物の簡易紹介(誰かわからない奴がいた時だけ見てください)
ジン:地球から召喚され、この世界で改造人間にされた男。
ナイナイ(ナイナ):異世界からこの世界に召喚され、ジンと同じ改造を受けた少年にして少女。
リリマナ:ジンに同乗する妖精。
オウキ:元魔王軍空戦大隊の親衛隊。核戦争で荒廃した世界から来た拳法家。
レイシェル:クイン公爵家の令嬢にして魔法戦士。
ノブ:地上最強の霊能者。
ジルコニア:ノブに同乗する妖精。
リュウラ:クラゲ艦・Cウォーオーの艦長を勤める魔法戦士の少女。
エリカ:オーガーハーフエルフの整備士兼副艦長。
ノウェアの街。
その都市の半分を占めるスラムの片隅。
食うや食わずの貧民が昼間からふらふらしている路地に面した、古ぼけた長屋。
その一室にナイナの姿があった。
「昼間からお酒ばっか呑んでさ。ごはん食べなよ」
狭い部屋の隅にある竈にかけた鍋から雑穀粥を椀によそって、ナイナは部屋の住人達に手渡した。
「おうおう、すまんのう。こんな老いぼれのために」
ボロボロの外套を羽織った老人が、片手に酒瓶を握ったまま粥を受け取る。
「ふん、どうしようとオレの勝手だ。今日の仕事は終わったからな」
昼間なのに寝間着、汚れた腹巻の禿げた男が、こちらも酒瓶を離さず、文句を言いながらもしっかり粥を受け取った。
行く当てもないナイナが、燃料の切れるまで飛んで辿り着いた街。
機体を売り飛ばし、自分が目立たずに寝泊まりできる場所を探して、辿り着いたのが難民の流れ込む一画。
その中でも特に最近人が増えた辺りに来て‥‥この部屋の住人に拾われたのだ。
部屋の戸が開き、若い女性が入って来た。
長い赤毛の後ろ髪に孔雀のような尾羽の混ざった、強気な目つきの女性だ。
着ている物はノースリーブで胸元の開いた安物のドレス‥‥この辺で水商売に従事している女が好む物。
彼女こそ、寝る所を探して力なく彷徨っていたナイナに声をかけてくれた人物——その名をランという。
「あら、ご飯できてるのね。ナイナちゃんはまともな物作ってくれるからホントありがたいわ」
「おかえり! どうだった?」
ナイナが訊くと、ランは小銭の入った袋をチャラチャラと振って見せた。
「ま、いつも通りよ。たいしてお金になるもんじゃないからね」
「そうは言っても腹は減るからな。明日の瓶を拾ってきた」
そう言いながら、入り口のすぐ外から声をかける精悍な青年が一人。
あちこちにほつれのある軍服を見れば、どこかの軍人崩れである事は容易に想像できる。
エンクというその青年は、大量の空き瓶を積んだリヤカーを入り口の側に置くと、ランに続いて部屋に入って来た。
禿た男――その名はサイシュウ――が、寝転んだまま愚痴る。
「チッ、寝てれば酒にありつける仕事はねーのか」
「今のあんた、ほとんどそれじゃない」
呆れるラン。
サイシュウは言い返す――寝ころんだままで。
「スキルを使うのが面倒なんだよ!」
彼の持つ【消去自在】スキルは、本人の望んだ物を文字通り消去してしまうスキルだ。
かつては戦闘において敵の武器や能力を消し、絶大な強さを誇っていたが――今は拾ってきた空き瓶の汚れを消し、水も雑巾も使わずピカピカに清掃する技として使っている。
くすくす笑うナイナ。
「本当に寝るだけがいいんだ? ダメダメ人間〜」
「うるせーぞガキが! 寝るだけじゃねー、酒もだ!」
サイシュウはそう叫ぶと、持っていた酒瓶から安酒を直呑みした。
五人が早めの夕餉を終えてすぐ、戸がノックされた。
「こんばんわ、お邪魔します」
「邪魔ならすんじゃねーよ」
ぶっきらぼうに言うサイシュウ。
しかし来訪者は構わず戸を開けて入ってくる。
現れたのは十代の中から後半の少女。長い髪をツインテールにした、くりくりした目の大きい、可愛らしい顔立ちである。
だが鎧を装備し帯剣しているので、ただの町娘でない事は明らかだ。
少女を見て溜息をつくラン。
「このやりとりもすっかり定番ね」
そんなランに少女は一礼する。
「まだやる気は戻らないの?」
「死ぬまで戻りそうにはないな。売り渡した機体で好きにやってくれ」
答えたのはエンクだ。
気だるそうに言うと、自分の寝床である藁布団に一人で寝転んでしまった。
同居人達が来客と話している、その時。
ナイナの姿は室内に無かった。
客と入れ違いに、静かに裏口から出て行ったからだ。
――すぐ側の用水路の、小さな橋のたもと――
ナイナは水面を眺めていた。
スラムの生活用水で濁った水だが、夕闇がその汚れを隠し、見た目だけなら奇麗な小川のようでもある。
小さな足音がナイナのすぐ側に来た。
「あの娘なら帰ったぞ」
「お爺ちゃん‥‥」
振り向いたナイナは、同居人の老人がそこに居るのを見る。
この老人が今居る部屋の借主であり、他の四人はそこに居候している状態なのだ。
老人は静かに微笑む。
「今日は儂らの所に戻るんじゃろ?」
「あ、うん‥‥」
頷くナイナ。
この一画の住人は入れ替わりが激しい。
様々な理由から流れ込むが、成り行きで来ただけの者も多く、都合がつけばすぐ他所へ出ていく。
袖すり合うも他生の縁と言うが、この区画では多少でしかない。
老人はナイナの隣で用水路を眺めた。
「帰るなりやり直しに行くなら、それでもええ。その方がいいに決まっとるからな。でもまぁ、まだ居るならそれでええよ」
「ありがとう」
礼を呟くナイナ。
自分がこの街に来た経緯を、あの三人にも、この老人にも話してはいない。
四人とも、聞こうともしない。
「あのエリザという娘も頑張るの。三人が昔は腕利きだったと言っても、まだやる気は戻っておらんのに」
老人は呆れ混じりに呟く。
エンク、ラン、サイシュウ。この三人はかつてヘイゴー帝国最強の精鋭【カマセイル隊】の隊員だった。
だが魔王軍空戦大隊の大隊長に敗れ、身を寄せていたシソウ国が壊滅した後、流れ流れてノウェアの下町へ辿り着いたのだ。
今では空き瓶拾い――捨ててある瓶を拾い集めて洗い、商店に安値で売る仕事——で細々と日銭を稼ぎ、将来をどうする気もなくただ生きているのだ。
「あの三人のやる気‥‥戻るのかな?」
ナイナの疑問に、老人は微かな笑顔に戻った。
「酔って話すのが昔の手柄話ばかりじゃからな。未練があるなら望みもあるじゃろ」
老人もナイナも、三人に過去を訊いたわけではない。
ただ三人が話す事といえば、愚痴、空き瓶拾いの売り上げの話、そして‥‥昔の、彼らが無敵だった時の話だ。
彼らがかつての手柄話を始めたら、ナイナも老人も、それを邪魔も否定もせずに聞いて、感心できる所を探すようにしている。
かつての凄さを褒められた時、彼らは得意げに、ちょっぴり格好つけて笑う。それを見るのが、ナイナも老人も嫌ではなかった。
そんな事を考えていると、ナイナは自分の現状を改めて思い出した。
「戻る物なら、望みもあるけどね」
そんな呟きが漏れてしまう。
「戻らん物があると、辛いな」
用水路を眺めながら、老人はそう呟いて相槌をうった。
老人は身の上を話さない。
それもあって、ナイナは薄々思っていた。
この老人も、何か取り返しのつかない事があって、ここに流れて来たのではないか‥‥と。
しばし、静かに水面を眺める二人。
瞬きだした星の輝きが映り、水の濁りを隠そうとしている。
周囲の家屋からは生活の音が聞こえてくるし、誰かが調子の外れた声で歌ってもいた。
だがそれさえも、この落ち着いた静けさに寄り添うようでもあった。
しかし、遠くからの必死な怒鳴り声が静けさを破った。
「魔王軍の襲撃だー!」
鐘がけたたましく鳴らされ、急に街中が騒ぎ出す。
ケイオス・ウォリアーを伴わない物も含め、小規模な襲撃がこのところ頻発していた。
それはこの街だけの話ではない。周辺も含めたこの地方は皆、魔王軍の襲撃が増えている事に悩まされていた。
四軍団の三つが既に壊滅しているというのに――多少なりとはいえ襲撃が増えた地方はあっても、減った地方は無い。
「飽きもせずに、よくもまあ」
そう呟く老人の顔には、どこか諦めがあった‥‥。
設定解説
・ノウェアの街
スイデン国とヘイゴー連合国の国境にある自治都市。
100年ほど前、当時の魔王軍が侵攻していたせいで国境が動いていた頃、街道の交わる宿場に難民が流れ込んで膨れ上がって街になった。
当時の魔王が倒されるまで両国ともに統治する事ができず、倒された後は二ヶ国と街住人の要求が三つ巴になり、話がまとまらなくなっていた。
グダグダと平行線の交渉が続くうち、なんとなく流れで自治都市となる。
成り立ちからして勝手に住み着いた連中の集落なので、今でも流れ者や訳ありの者が入り込む事に寛容(そこを叩き始めると先住民達も埃が出るので)。
元から流通の要所に立地しているため金の流れは悪く無いが、そんなわけで治安は褒められた物では無い。




