85 離別 5
登場人物の簡易紹介(誰かわからない奴がいた時だけ見てください)
ジン:地球から召喚され、この世界で改造人間にされた男。
ナイナイ(ナイナ):異世界からこの世界に召喚され、ジンと同じ改造を受けた少年にして少女。
ダインスケン:異世界からこの世界に召喚され、ジンと同じ改造を受けた爬虫人類。
リリマナ:ジンに同乗する妖精。
ヴァルキュリナ:ジン達を拾った女正騎士。竜艦Cガストニアの艦長。
クロカ:女ドワーフの技術者。Cガストニア所属。
ゴブオ:ジンについてきたゴブリン。
アル:冒険者の少年戦士。
パーシー:スイデン国所属の少年騎士。
コーラル:スイデン国所属の青年騎士。
レイシェル:クイン公爵家の令嬢にして魔法戦士。
ノブ:地上最強の霊能者。
ジルコニア:ノブに同乗する妖精。
ドリルライガー:ドリル戦車に宿ったエネルギー生命体。合体形態・ザウルライガー。
リュウラ:クラゲ艦・Cウォーオーの艦長を勤める魔法戦士の少女。
エリカ:オーガーハーフエルフの整備士兼副艦長。
オウキ:元魔王軍空戦大隊の親衛隊。核戦争で荒廃した世界から来た拳法家。
――レイシェル達が棺の部屋へ入る、少し前——
ダンジョンを抜けたジンは、エイリアンズの部屋でフードローブを纏った者と対峙した。
相手はローブを脱いでその姿を現す。
その頭部は一つ目の馬。両足も馬のそれだ。
体と両腕は屈強な人の物であり、黒曜石のように輝く鎧と槍で武装している。
その背には蝙蝠のような翼があった。
馬頭人身の魔人が単眼でジンを睨みつける。
「私はエイリアンズ最強の戦士マスタースタリオン。貴様がジン=ライガだな」
「ああ」
頷くジン。
スタリオンは力強い、しかし腹立ちの籠った声で言う。
「よく来たな。丸一日はかかりすぎだが‥‥」
しかしジンの肩のリリマナが、負けないぐらい不機嫌な顔を見せた。
「そっちが仕掛けた罠のせいじゃん!」
「その割にはダメージも受けていないようだが?」
スタリオンは疑わしそうだ。
「モンスターは普通に倒したし、落とし穴は空飛ぶ装備があるし、毒には体が抵抗するし、魔法罠は呪文無効化能力で凌げるし、宝箱には市販品の回復薬ばかり入っていたからよ。しかしなあ‥‥」
ジンの声には明確に怒りがあった。
「空間を捻じ曲げての無限ループを碁盤目状通路と組み合わせるのはあかんだろ‥‥入って来いと言っておいてアレはスジが通らねぇ」
ループする通路で似たような光景を堂々巡りさせる罠は、地下迷宮の最も古い伝統の一種である。
ジンはループ多発地帯で延々と道に迷っていたのだ。
途中で遭遇した敵兵士が地図を持ってはいたのだが、ジンのパンチは威力が強すぎ、敵の屍から見つけた時には破れて読めなくなっていた。
やむなく出口を求めて途中の扉を全部開け、配置されたモンスターと戦いになり、余計に時間ばかりくってしまったのである。
「そうか。私達にも反省の余地はあるか。だがお前の横に加勢がいるのはスジが通っているのか?」
言って指さすスタリオン。
「壁を通りぬけて来た時には俺も驚いたからよ」
ジンとリリマナも傍らに目を向ける。
ノブがくいくいとメガネを弄り、肩でジルコニアがニタニタと笑っていた。
「周囲を透視していたら隣のエリアを歩いているジンが見えたから、こちらに来させてもらった」
「クシシ‥‥エリア間の移動が禁止だとは聞いてねーし」
それがノブとジルコニアの言い分だ。
ジンは「ふう」と溜息をつく。
「その後、透視とか座標知覚とかの魔法を駆使してここまで案内してくれたのはマジ助かった。俺だけだと今でもうろうろしていただろうな‥‥せめて地図を描けるよう、宝箱の中に紙と筆記具ぐらい入れとけよ」
なおマッピングの道具を用意しておくのは、冒険者なら当然である。
しかしジンは冒険者ではないし、こんな所でダンジョンに入るなどと思っていなかったのだ。
三人の言い分に、スタリオンはギリギリと歯軋りする。
そして怒りの叫びをあげた。
「おのれ‥‥ならば私が直に引導を渡してくれる!」
スタリオンの羽が広がり、その体が飛翔する。
単眼が輝き、槍の先に魔力が収束した。
「ほう‥‥この世界の魔法とは違うな」
感心するノブの前で、スタリオンが勝利を確信して叫んだ。
「石像となって永遠に苦しむがいい!」
詠唱もなく、永続石化の魔力が槍から放たれる!
ジンはそれに拳を打ち込んだ。
魔力が火花のように飛び散り、消える。
「なっ!?」
驚愕するスタリオン。
「呪文無効化能力が俺には有ると言っただろうが」
そう言いつつも、ジンはすぐ側に浮かせてあった浮遊サーフボード・ジェットトルネードに跳び乗った。
そのまま宙へ、スタリオンへと迫る!
「来たな。だがこうすればどうだ!」
そう言ってスタリオンは高度を上げ、天井すれすれに貼りつくように飛んだ。
見上げて呟くノブ。
「壁に貼りつけば振り回す攻撃は仕掛け難い、というわけか。突き刺す攻撃なら問題無いが‥‥」
「外せば武器が壁に当たり、痛むか刺さる。だが私は魔法で攻撃すればいつも通りに戦えるのでな!」
勝ち誇り、スタリオンはさらに魔法を放った。
真空の刃が、酸が、冷気が、衝撃波が、次々と放たれる!
それらことごとく、ジンの拳が粉砕した。
そうしつつもボードを全力で加速させ、ジンはスタリオンへ打撃を見舞う。
その一撃目はギリギリで受け流し、目論見通り天井へ拳を直撃させたスタリオンだった――が、間髪入れず放たれた次の拳をボディに食らい、体をくの字に曲げた。
がはっ、と息を吐いて呻く。
「こ、これは!?」
「壁叩いたぐらいで俺の拳は痛まねぇからよ」
そう言ったジンの、次の拳が、炎のような粒子を放ってスタリオンの頭を打った。
頭蓋骨を砕かれたスタリオンは床に落下して転がる。ほとんど即死だ。
その上に瓦礫がいくつか落ちる。拳が痛むどころか、砕けたのは天井だった。
亡骸を見下ろしてノブが呟く。
「加勢するまでも無かったか」
――敵の部屋を通り抜け、ジン達は奥へと通路を進む――
通路を歩きながらノブが言った。
「機会があれば聞いてみようと思った事がある」
「俺にか? 何だ?」
聞き返すジンをノブは横目で見た。
「貴方が何を目的に戦っているかだ。貴方はレイシェルに、この戦いは自分が引き受けていいと、帰って家の立て直しに専念していいと‥‥そう言った。この世界の元からの住人よりも率先して、召喚された貴方が引き受けると、そういう事だろう。そして貴方は魔王軍との戦いの、中核とも言える戦力になっている」
そう言って、ジンへの視線が鋭くなった。
「そこまでするのに、理由も目的も無いというなら、正直解せない」
突然の質問に戸惑いながら、ジンはしばし考える。
「あー‥‥そんな話をした事が前にもあったな。この世界にも大事にしたい人らがいくらかいるから、その少しの人らのためでいい。他の連中が結果的に助かるとして、まぁそれでいいじゃねぇか‥‥と」
「少しの人達のためのついでが、世界全部か」
聞き返すノブ。
「我ながらとってつけたような理屈だとは思うがな。でも、お前さんの言う通り、もう人類側の最強戦力は俺達とお前さん達だからよ。この世界のほとんどの人らは、俺ら以上に戦う事なんてできねぇ。大半の人は無力でさえあるだろ。俺が今去るという事は、その人らに交代させるという事だよな」
そう言うと、ジンは小さな溜息をつく。
「俺が俺の都合で、俺には理由が足りないから田舎に引き籠ります。自衛ぐらいならできるだろうしスローライフでもすっか。と言う事も、そりゃできるが‥‥」
前を向いて歩きながら。
ジンは言った。
「俺が去られる側だったら、怒って恨むな。そりゃ我儘な押し付けだが‥‥俺は人間できてねぇからよ」
そして、横目でノブを見る。
「自分がやられて困る事を人にやるのは、スジが通らないと思わんか」
その視線に力が籠る。
ノブが向けてくる物と同じぐらいに。
「理由や目的や大義や信念が大切な事は認めるがよ。それが一番か、というと、俺は違う」
しばし、沈黙がおりる。
ノブの表情が緩んだ。
「貴方と言う人を、少し理解できた」
通路の途中、前方から何やら騒がしい音が聞こえた。
二人は一瞬、足を止める。
「誰か戦ってんじゃねーか?」
ジルコニアが先を窺いながら言った。
頷くノブ。
「急ごう!」
リリマナに急かされ、ジンが走り出す。
ノブも遅れずに走り出した。
その先は――レイシェルも辿り着いた、棺の部屋である‥‥!
設定解説
・マスタースタリオン
「魔界」と呼ばれる世界の一つから来た魔族。
夜に絶大な力を発揮する種族であり、月光の下では強靭な肉体と強大な魔力を発揮。魔界の貴族達にさえひけをとらない力を出す事ができる。
逆に太陽光を浴びるとゴブリン並みの雑魚になり下がるので、日中はダンジョンでずっと寝ていた。
インタセクシルで故郷には無かった搭乗型ロボットを見て「これに乗れば昼間でも太陽光を浴びずに外で戦える! この世界こそ俺のための物!」と確信。世界征服事業に手を貸す事にした。
乗機のSナイトフィーバーは「死のダンス」を踊る事で敵を幻惑して自滅させる恐るべき機体(作中には未登場)。




