30 増員 7
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は世界を席巻する魔王軍へ、仲間と共に敢然と立ち向かう。
次の街で奇妙な少女と出会うジン達。それは新たな補充人員だった。
彼女を仲間に加え、一行は差し向けられた親衛隊をまたもや撃破した――。
町に出かけていた補給班。
戦場跡から資材を搔き集めてくる回収班。
それら部隊が戻り、Cパンゴリンは旅を再開する。宿場町を後にして、山間部の草原へと。
格納庫の片隅に窓から射しこむ夕日。そこで空き箱を椅子代わりに座り、ジン達は一息ついていた。
格納庫では整備員達がジン達の機体を修理している。
「ねぇねぇ、ジン。私達ね、全部を話せるわけじゃないの。でもスイデン国の王都まで来てくれたら、その時はジン達にも教えられると思う。だから最後まで一緒に来て。ね?」
リリマナがふわふわと舞いながらお願いするように言う。
言われたジンは半笑いを浮かべ、わざとらしく肩を竦めた。
「ま、そうしないと報酬を満額払ってもらえねぇだろうしよ」
「アニキに感謝しろよオメェ」
ゴブオが威張る――まぁそれを無視し、リリマナは嬉しそうにジンの肩に停まったが。
そうしていると作業員の中からクロカが歩いてきて、ジン達にニンマリと笑いかけた。
「よくやったなアンタら。シシシ……どうだ? 私が造ってやったアイテムは役に立ったろう?」
得意げなクロカ。
ジン達は一様に頷く。
「あんたの腕前は認めるしかねぇな。秒単位でアイテムを作成できるとは、魔法の世界は流石だぜ」
薄い胸を張ってクロカはほくそ笑む。
「まぁね。こんな事もあろうかと! こんな事もあろうかと! 大事だから繰り返すけど、こんな事もあろうかと! 下準備は既にやっていたんだ、私は」
クロカーが牽いていたリヤカーに乗っていたのは資材だけではない。それまでに完成直前まで組み立てていたアイテムがいくつかあったのだ。
出撃直前にジンへ渡したアイテムリストにはそれらが書き連ねられていた。戦闘中に使った【ミッドナイトポーション】も【リカバータンク】もクロカにその場で造ってもらった物なのである。
「本当にゼロからアイテム作成するなら時間はかかるけどね。消耗品は素材も入手し易いから、後はCOCPを注入するだけって所まで準備していたのさ。もし要らなければまた素材に分解すればいいだけだし」
クロカの説明には聞きなれない言葉がある。
出撃直前には質問する余裕など無かったが、今ならいいだろうと判断するジン。
「すまん、コックピーてなんだ? タック……じゃないんだよな?」
似たような単語を、昔からプレイしているゲームシリーズで見た事はある。
それはアイテムの作成やスキルの取得に使うポイントだったが……。
その疑問にクロカはニンマリと笑った。
「ケイオス・オア・コスモ・パワー。だからCOCPさ。ケイオス・ウォリアーを撃破してもしばらくは異界流が残留するからね。それが消えないうちに専用の容器に貯めておく。なにせ異界流てのは次元の力。これに方向性を与え、この次元の宇宙と調和させれば、さまざまなパワーが発揮できる。この世界の部隊はこれを集める容器を一つは持つのが常識だよ」
そう言って半透明の壺を見せた。その中に様々な光彩の混じった気流が、いくつも、無秩序に対流しているのが見える。
(話の流れからして、あれは異界流らしいな。あんな壺もこの艦にあったとは……)
ジンの前でクロカは持ち手つきの片眼鏡――実は計測用のマジックアイテムだ――を取り出し、それ越しに壺の中を覗く。
「当然、ケイオス・ウォリアー用のアイテム作成もこのCOCPありきさ。さて、今あんたらの持ってる量は――お、結構あるね。使った分はモトがとれたよ」
「アイテムを素材化する事もできるんだったな?」
「ある程度の腕が……二級以上の免許があればね。もちろん私はできる」
ジンの問いを肯定するクロカ。
それを聞いてジンは頼み事をする。
「だったら今まで拾った回復系の消耗品を全部素材にしてくれ。あんたが作ってくれる、再利用可能なタイプがあればいらねぇだろ」
今までジン達が拾ってきた回復アイテムは使い捨ての消耗品ばかりで、それ故に頼る事を前提にし難かった。
だがクロカの作成するアイテムは、多少の時間をかければ空になった中身の詰め替えが可能……戦闘が終われば再利用ができるのである。
これこそが、ジンが今回の戦いで回復アイテムありきの戦法をとった理由だった。
「シシシ……大昔は完全に使い捨てるタイプしか無かったんだけど。ちょい昔、ゼット大戦と呼ばれる戦い辺りで改良した詰め替え再利用式が開発されてさ。性能がいいぶん旧型ほど量産はできないが、ま、腕のいい技術者は新型を作るね」
腕のいい、に特に力を籠めるクロカ。
それを聞いて、ナイナイは素直に頷く。
「今回はあのアイテムのおかげで助かったよね」
「シシシ……つまり私のおかげか。やっぱりな」
腕組みをして勝ち誇った笑みを浮かべるクロカ。
(新しい職場だ。ナメられないためには私がどれぐらい有能なのかをはっきり認識させないとな)
そして今この時は、ケイオス・ウォリアーありきの聖勇士どもに技術者がマウントをとる絶好のチャンスなのだ。
(なんせ聖勇士どもはすぐに整備や開発の苦労を忘れてドデカイ顔をしやがる生き物だし!)
このクロカの思いは、実のところ、この業界に入った時に、先輩方が要らないのに無理矢理聞かせてくれた愚痴により半分以上構成されている。
(「軍の連中、俺達は睡眠時間が必要だと思ってねぇからよぉ」)
(「勝てば操縦者の腕、負けたら機体性能。これ聖勇士どもの常識だからな」)
(「はは、彼と別れたわ。お前、金属と薬剤の臭いがするって言われて。アイツの機体を徹夜で強化改造してなかったら、去年の今ごろ死んでたクセにね。さっすが正騎士様は違うわー!!」)
頭の中を素通しさせようとしたのにこびりついた、先輩達からのいくつもの言葉。クロカにとって、ある種(主に負の方向性)の励みである。
だが息が臭くて頭の悪いゴブリンが、いけしゃあしゃあと抜かしやがるのだ。
「町に入って地形効果を使えば、アイテム無しでも勝てたと思うんス」
町の壁や建物を盾にして敵と戦う。チャンスがあれば戦闘に巻き込まれて壊れた施設から、修理や補給に使えそうな部品を拾って利用する。
防御と回復を兼ねた戦法として、実の所、この世界では一般的で戦闘の常識だ。
「そうだけど、ジンは町が壊れちゃうからしなかったんだよ」
リリマナはジンの思いを汲み取ってはいるが、それがこの世界では変わり者だという事は否定しない。
そしてジンは――
「クロカがアイテムを用意できなけりゃ、俺も町を盾にしただろうな。顔も名前も知らない連中を死んでも守ってやる、というほど俺は聖人君子じゃねぇ」
正直にそう言った。
しかしそれを聞いてクロカは疑わしそうな目をジンに向ける。
(ほーん。町を守りたくてハラキリするとか言ってた奴が……)
意地悪くニヤッと笑い、クロカはジンに訊いた。
「私のアイテムがあって、その上で町も利用すればもっと楽に戦えたんじゃないの? そうすりゃ補給班も拾えていつでも逃げられるようになっただろうし。聖人君子じゃないならそれでいいと思うけど、ねぇ?」
口先だけの謙遜をつついてやったらどんな言葉が返ってくるか。そんな好奇心で訊いたクロカに、ジンは当然のように答える。
「出さなくていい犠牲をわざわざ出しにいく理由も無ぇ。出さずに勝てるようになったならな」
(ま、そう言うだろうねぇ)
予想の範疇。クロカの笑みが大きくなる。
「シシシ……私が町の人達の命を救ってやったようなもんだな」
(だから感謝するよなあ?)
「ああ、全くだ。町の人の代わりに礼を言っとく。ありがとうよ」
クロカを真っすぐ見上げ、ジンはそう言った。
クロカの笑顔が硬直した。
「お……おう」
本当に感謝などするわけがない――と思い込んでいた彼女には、そう漏らすのが精一杯だった。
回復アイテムが一番使い難かったのは「使うと無くなる」「次周に持ち越す」が両立されていた時代だな。
まぁ貯める一方でどうする、と頭ではわかっていたんだが。
だが2周目からは強力パーツが最初からある状態なのでますます使わない。
全く、あれば嬉しいコレクションだよ。