25 増員 2
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は世界を席巻する魔王軍へ、仲間と共に敢然と立ち向かう。
強化と特訓により敵の親衛隊を正面から撃破したジン達。
彼らは次に訪れた町へ入ってみるが……。
ナイナイの後ろで、誰かが笑った。
「シシシ……そんな部品いくら集めても役に立たないよ。シロウトさんはこれだから困る」
店主が露骨に嫌な顔をするが、お構いなしのその人物――ナイナイよりさらに頭一つ小さい少女だ。
しかし長い髪はあまり手入れもせずボサボサ、前髪も整えておらず片目が隠れがち。目は大きいが、その下には不健康なクマが目立つ。あまり規則正しい生活は送っていないのだろう。
長袖シャツにオーバーオール、革の背嚢を背負った恰好も、その服のあちこちに小さなシミがあるのも、年頃の少女としては全くらしくなかった。
突然現れての不躾な物言いに軽い不快感を覚えながらも、ジンは少女に訊く。
「その言い方。そちらさんはプロってわけかよ?」
「まぁね」
ニンマリと、良く言えば悪戯っぽく、悪く言えば人を小馬鹿にしたような笑顔を浮かべる少女。
並ぶ品物を一瞥すると、手早くいくつもの部品を抱える。見れば側に小さなリヤカーが置いてあり、そこにほいほいと部品を投込んでいった。見る間に商品の半分ほどはリヤカーに積まれてしまう。
好きなだけ部品を取ると、背嚢から小袋を取り出した。それを無造作に店主へ投げ渡す。
「それで足りるから。ちょっと届かなくてもまけといて。こんな店でこれだけ買ってやるのは私だけだろ」
苦い顔のまま店主は小袋を開けた。中には……大きな金貨がいくつも入っており、どれにも特徴的な刻印が刻まれている。
その金貨が何か、ジンは本で読んで知っていた。ドワーフの造幣局で造られた物で、純度と大きさから一枚で普通の金貨100枚ほどの価値がある。いわばこの世界のお札みたいな物だ。
店主は一転して顔を綻ばせ「まいどあり」と愛想笑いした。
「……羽振りがいいな。お金持ちさんか」
ジンが訊くと、少女は可笑しそうに「シシシ……」と笑った。
「違うけど? ま、私の金じゃないからね」
(誰かのお遣いか? それにしてもわざわざ俺らに絡む意味は無いだろうに)
少女に軽い不信感を覚え、ジンは身振りで仲間を促す。
「そろそろ行くか。どれ、この道の奥の方でも……」
だがジン達が歩き出そうとすると、少女はそれを止めようとした。
「そうはいかないよ。私はこれから先、あんたらに地獄を見せる女……」
少女がそこまで言った、瞬間――以前、魔王軍兵士達に襲撃された時のように、後ろ首筋に寒気が走る!
同時に二つの声があがった。
「ケケェー!」
「危ないよォ!」
片方はダインスケン。
もう片方は――リリマナの声! 露店の陰から飛び出し必死に叫ぶ妖精の少女の物だ。彼女もジン達の後をこっそりついていきていたのである。
声から一瞬遅れ、露店の屋根を飛び越える人影がいくつも宙を舞った。
忍者のような灰色の装束を纏い、手には白刃が輝く。それらを躊躇う事なくジン達の頭上へ振り下ろそうとした。
暗殺者の奇襲である――!
血煙が天を赤く染めた!
屍が路上に転がる。
ダインスケンの爪に急所を切り裂かれた暗殺者が二人。
声をあげたリリマナを邪魔だとばかりに斬り捨てようとし、逆にジンの拳に胸板を砕かれた暗殺者が一人。
「ふん、魔王軍の刺客か。このお嬢さんがその案内人というわけ――」
そう言いながらジンは物騒な事を口にしていた少女へ視線を向けた。
少女の前には暗殺者が一人、投げナイフに額を貫かれて倒れていた。
「死ぬ、死ぬだろ! バカ! アホ! 突然何すんだ!」
涙目で罵声を飛ばしている少女。彼女もまた暗殺者に襲われかけたのだ。
その暗殺者を仕留めたのは、少女の側で困惑しているナイナイである。
少女は暗殺者どもと別口らしい。
(え? じゃあ地獄を見せるとか言ってたのは何だよ?)
ジンが戸惑っていると、側の路地からフードマントの男が姿を現した。
強烈な殺気を放ち、それをジン達に向けながら。
「アヒィ!? ごべんなさい!」
恐れに震え、少女は地を這うように逃げ出す。
リヤカーの陰に逃げ込んで尻を出したまま震える少女を一瞥し、ジンはフードマントの男に訊ねた。
「あんたらは魔王軍の刺客なんだろうが、あの女の子は仲間じゃないのか?」
「いや、知らん。私達に関してはお察しの通りだが」
若い男の精悍な声。男はジンの前、2メートルと離れていない距離まで堂々と接近する。
無造作に見えたが、ジンはその動きに隙を全く見つけられない。
男は足を止めた。
「ここまで切り抜けたのなら改めて生きるチャンスをやろう。魔王軍に投降するなら認めてもいい。或いはこの地から消えて失せるかだ」
「俺達はどうでもいいと。なら狙いはあの艦だな」
強烈な重圧を感じながらも、堪えて話を続けるジン。
艦というのは、当然、町の外で待機しているCパンゴリンの事だ。
「そうだ」
男はあっさり肯定した。
「で、どちらかを選ばないと殺す……と」
「無論」
それも肯定された。
避けられない戦いの予感。それでもジンは一応訊いてみる。
「一日……いや、半日でも考える時間をくれ、と言ったら?」
「それは投降も逃亡もしないという事だな? ならばわかりきった話だ」
言い終えると同時に、男の殺気が爆発した!
その時、ジンは後ろに飛んでいた。相手の動きを見るより先に間合いを離そうとして、だ。
だがその動きに男は容易く追いつき、ジンを蹴りが捉えた!
その蹴りに間一髪で右腕のブロックが間に合ったのは、パンゴリンに乗ってから毎日行っていた、生身での戦闘訓練のおかげである。
しかし――右腕の甲殻ごしに麻痺しそうな衝撃が走る。
この男の蹴りはオーガーのメイスより遥かに強烈だった。身の丈2メートルを大きく超える人食い鬼の、鉄の鈍器よりも!
(こ、こいつ! 強え!)
ゾッとしながらもなんとか転ばず踏みとどまるジン。艦内でのスパーリングを思い出し、腰を落として身構える。
付け焼刃ではあるが、ボクシングのようなスタイルだ。
それを前に、男はマントを脱いだ。
袖のないラフな上着に肩当て。その服ごしにも筋肉がはっきりわかる鍛えられた体。
肩までの銀髪に美形と評していい整った顔立ちだが、線の細い優男ではなく……鋭い目に尖った顎の、肉食獣を連想させる力強い容貌だった。
男は両手を上げてゆらりと構える。
(カラテ……いや、拳法?)
堂に入ったその動きは、ジンとは違い、明らかに熟練した者の動作だ。
「見せてやろう。闘う事は己の処刑と同義だと謳われた、舞葬琉拳の技をな」
男が地を蹴った!
一瞬でジンに肉薄する。目も眩みそうなスピードだが、それでもジンはディフェンスを試みた――ほとんど気配と勘を頼りに。
防御は辛くも間に合った。男が繰り出す手刀にジンの右腕が交差し、攻撃の軌道を逸らしたのだ。男の手刀はジンの胸当てを掠める。
鎧には深い切り傷が刻まれた。
男の、生身の指で、金属が裂けたのだ!
次の瞬間ジンは強烈な衝撃で膝をつく!
何が起きたか一瞬ではわからない。
遅れて来た激痛が、男のローキックで脚を打たれた事をやっと教える。
(次で殺られる――!)
己を貫く悪寒の中、ジンは渾身のストレートを男がいる筈の方向へ、膝をついたまま放った。狙って打ったのではない、ダメモトでの抵抗である。
「ケケェーッ!」
鋭い鳴き声が響いた。
男は……後方に大きく飛び退いていた。
ジンのすぐ側には着地したダインスケン。
男がトドメを刺そうとした瞬間、割り込んで爪を振るったのである。
それは男に完全に避けられはしたが。
そして男の手にはひとふりのナイフがあった。
(あのタイミングで、傷一つつけられないなんて!)
震えるナイナイ。ジンの拳が避けられたのに合わせてナイフを投げたが、男はそれを受け止めたのである。
避けるのならまだしも、猛スピードで動きながら掴んで止めるとは……!
男は笑った。
「悪く無い攻撃だ。だがそれはこの世界ならばの話。核の炎に包まれ、海は枯れ、大地は裂け、力こそが正義の世紀末……その世界から来た私には通じん!」
世紀末(ここでは文明崩壊後の乱世の時代をさす)ではバカデカイ人間がごろごろわいて血飛沫あげるのは昭和で既に確立されていた常識だ。
だが同じ作者(正確には絵師だが)の作品によると、戦国時代の日本にもバカデカイ人間がごろごろわいて血飛沫あげていたらしい。
だがどちらも舞台は主に野郎どもが暴力で戦う戦場であり、決して女子高生の部活動を描いているわけではない。ならば屈強な男が本来の比率より多数描写されるのは理に適っているのだ。
でっかい奴は嘘は言わない。一発殴ればみんな死ぬんだ。
そう考えると可愛い女の子や可愛い男の子を「強者」として合法的にいっぱい出せるロボット物は、極めて合理的なジャンルと言えるだろう。
操縦さえ上手ければ体格的に優れている必要は無いからだ。
やはりこのジャンルを造った方々は天才……。
まぁ土台作った昭和DAイナミック系は戦闘力あるロボに乗るのは野郎ばかりだったようだがな……。




