10 戦火 2
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は己に備わった能力と心強い仲間の協力で、世界を席巻する魔王軍に敢然と立ち向かう。
旅を始め、最初に訪れた街で待つ物は――。
ハチマの街は目的地のスイデンとは別国である。よってCパンゴリンは近くに停船する連絡だけ入れ、目視できる位置で停まり、買い出しは艦から輸送班を出して行う事にした。
何台かの荷車に、運搬用の荷馬が繋がれる。馬は街の運送屋ギルドから来てもらった物だ。その荷馬車に乗せてもらい、ジン達は街へと向かう。
サスペンションなど無い荷馬車の乗り心地は快適ではなかったが、空の青さと風の心地よさの中、次第に近づく街の門や壁の周りにいる人々が見えてくると、自然と期待が溢れてゆく。
(マジで鎧の戦士やローブの魔法使いがいる! ほほう、定番の中世ヨーロッパ風パターンだが、所々にアラビアっぽい奴や中華っぽい格好の人もいるな。おやま、角の生えた奴とかいるぞ。異種族も一緒に暮らしてるんだな!)
違う世界の人々の日常の営みを前に、ジンはそれだけで軽く感激してしまった。
一方、ナイナイは荷馬車を牽く馬が気になるようだ。
「僕の故郷の馬と同じに見えるなぁ。どの世界でも同じ生き物は同じなのかもね」
落ち込みもだいぶ薄れている……そう感じ、また本人が浮かれている事もあり、ジンは気軽に声をかけた。
「ははっ、どうかな。この世界には翼が生えた馬とか角のある馬とか八本足の馬とかいると思うぜ」
ナイナイは小首を傾げる。
「そりゃ当然いると思うけど……ジンの故郷にもいるでしょ?」
(そういう世界の方が……普通なのか……?)
ナイナイも自分とは違う「異世界人」である事を、ジンは思い出していた。
ともかく、ジン達は街に着いた。ヴァルキュリナの部隊員達は買い物のために門を通る。
ジン達はその背中を見送った。門の向こうに見える、レンガの家が並ぶ大通りには踏み込まずに。
ぽつりとナイナイが呟く。
「通行料って……意外と高いんだね……」
ジンが溜息をついた。
「手形だの身分証だの、思った以上に文明化が進んでやがるな。ケッコウなこった」
ダインスケンが「ゲッゲー」と鳴いた。
ヴァルキュリナの部隊みたいに国の保証する身分があり、その証があれば、通行税は安く済む。運送や交通に関するギルドが発行する手形があれば、やはり同様。
それがこの世界の旅人の常識だったらしい。
この世界に呼ばれ、昨日目覚めたばかりの三人がそんな準備をしているわけもないが。
無論、そういう物が無くても割り増し料金になるだけで街の門や関所は通れる。しかしジン達にはそれを払うと大半が残らない程度のはした金しか無かった。
やはり貧乏は悪……。
「あーケッタクソ悪ぃ。やっぱ魔王軍についた方がいいのかもな」
三人でぶらぶらと城壁の外を歩きながらジンが悪態をつく。
「ダメだよォ、そんなの!」
頭上で怒るのは妖精のリリマナ。彼女がお目付け役にして連絡係なのだ。
ナイナイは苦笑いし――そしてダインスケンが鳴いた。
「ゲッゲー」
しかし今度は進行方向を、角を曲がった向こうを指さす。
「あっちに何かあるのか? 美少女動物園でも用意されてりゃ、このシケた異世界転移も少しは……」
文句たらたらで城壁の角を曲がるジン。だがそこで立ち止まり、目を見張った。
街に流れ込む川の辺、城壁側の広場に、テントと屋台が立ち並んでいる。結構な数の人々がそこにいて、割と活気のある売買が行われていた。
少し距離があるので会話内容などはわからないが、和やかな賑わいは微かに聞こえる。感心し、喜んで呟くナイナイ。
「屋台がいっぱいだぁ……」
「大きな街だと城壁の外に市場があるのも珍しくないんだよ。ハチマだとここにあったんだ」
リリマナが楽しそうに教える。さっきまでと一転、ジンがニヤリと笑った。
「よしよし、もちろん行くよな。チートアイテムか有能美少女が主人公を待ってる展開かもしれねぇ」
必要な物は生じるもの。通行税に悩む者は昔からいた。近隣の村から日帰りで行商に来る者などにとって、毎日出すにはそこそこ痛い。だが人の多い所にいかないと商売にはならない。
よっていつからか自然と、街の外にも露天商が並ぶ場所ができたのだ。中の市場に比べれば品揃えも品質も1ランク落ちるが、安い物で妥協したい街住人や、金を払ってまで街に入りたくない旅人などが、市が続く程度には利用している。
食材、軽食、日常雑貨に薬に武具まで。様々な物が木箱の上に並び、色々な種族の者達が商人の呼び込みを聞きながら右へ左へ。
「おー、やっぱファンタジー世界は違うわ。これが本物のロングソードか」
ジンは安物の長剣を手に、その重さと感触を楽しんでいた。
「ウヘヘ、ちゃんと研げば数回の戦闘には耐えますぜ。本格的なヤツを買うまでの繋ぎにするならお得な値段かと」
薄汚れたエプロンをつけた髭もじゃの店主が揉み手しながら勧めてくる。今の所持金でもギリギリ買える値段だ。
(生身での戦闘が無いとも限らない。一本あってもいいよな?)
玩具を買う感覚で欲しくなるジン。しかし――
「おい、それ、俺に買わせてくれないか? 他に丁度良い物が無くてさ」
横から声をかけられた。
見れば十代中ごろぐらいの少年だ。ツンツン頭で意思の強そうな太い眉。革の鎧を着て背中には背負い袋。RPGでよく見る若き戦士のような恰好だが、武器を持っていない。
「……冒険者か? 駆け出しの」
半ば当てずっぽうで訊くジン。少年は頷いた。
「ギルドには登録したし、パーティも組んでる。これから最初のクエストを探しに行くんだ。あんたも冒険者なのかもしれないけど……俺よりは懐に余裕ありそうだし、ここは俺に! 頼む」
少年は頭を下げた。
右腕のせいで軍服を着る事ができなかったジンだが、シャツだけというのも心許ないので、上半身は胸当て、左腕には手甲、両足には脛当てを借りて装備している。そのせいで冒険者だと思われたのだろう。
金属部品が多いぶん、革鎧の少年よりは裕福に見えたのか。
(それにまぁ、年下に頭下げられたらな……)
地球で読んだ異世界転移物では、美少女以外の冒険者は人を小馬鹿にする陰険野郎が多く、主人公の顔を見れば即ケンカを売って来たが……この世界では社会に羽ばたく少年が素直に頼み事をしてきた。
転移前は誰からもアテにされない中年男だったジンが、ここで断るわけもなかった。
剣を鞘に納めて少年へ渡し、笑顔で訊く。
「俺は冒険者じゃないんで、今すぐには要らないんだ。これは君が使えよ。冒険者には他にもいろいろ道具がいるんだろ? そっちはもう揃えたのか?」
「あ、それは仲間が……」
剣を手に目を輝かせ、答える少年。振り返った彼の視線の先には、少年とお揃いの革鎧を着てメイスを腰に下げた少女が何やらいろいろ入った買い物籠を手に待っていた。
彼女のすぐ後ろには、もう一人の少年と――ケイオス・ウォリアー!?
前回ジンが戦った物と同じ、最もありふれた量産型の巨人兵士が膝をついている!
「あのケイオス・ウォリアーも君のか!?」
驚くジンに、少年はちょっと照れ笑いを浮かべた。
「パーティの共有財産さ。俺達で一旗あげるため、何年か前から仲間達と準備してたんだ。ブッ壊れてた機体をサンコイチで組み立てたもんだけど、ちゃんと動く事は保証済み。俺達は駆け出しだけど、大型モンスターと戦う用意ももうできてるんだぜ」
そう言うと少年は仲間達の元へ駆けだす。一度だけ振り返って「ありがとう!」と叫ぶと、そのままメンバーと合流した。
ナイナイがくすくすと笑う。
「なんかいい事したね」
「したっつうか、買わなかっただけというか。しかしケイオス・ウォリアーって民間人でも持ってるんだな」
照れ隠しもあり、ジンは話題を変えようとした。
そこへリリマナが食いついて来る。
「戦闘力の無い運搬用の機体なら、ちょっと大きめの運送屋が持ってるよ。戦闘用となると話は変わるけど、傭兵部隊なら一機ぐらいは持ってるし、さっきみたいに冒険者パーティが持ってる事もあるね。高価な物だけど、有ると無いとじゃ戦える相手が全然違うし!」
(意外と普及してんな。もしヴァルキュリナの部隊と袂を分かっても、なんとか職を探す事はできそうだ)
そんな考えがふと浮かぶ。ジンにしてみれば今の部隊にいるのは単なる成り行きであって、この先どうするか……あるいはどうなるのかはまだわからないのだ。
「ま、今はなんか美味そうな物でも探すか」
そう言ってジンは食べ物の屋台へ目を向ける。
「うん、そうしよう!」
「あれ! あの餅菓子がオススメなんだァ!」
笑顔で賛成するナイナイにジンを引っ張ろうとするリリマナ。「ゲッゲー」と鳴くダインスケン。
だが――! 突然、『何か嫌なもの』が、匂うような聞こえるような不思議な感覚……それにジンは襲われた。
直後、人々が大きな悲鳴をあげる。
近くの茂みから……武装したモンスター――ゴブリンやオークの兵士――が現れたのだ!
戦闘ロボを民間で個人所有できる世界って憧れますな。
だが治安はどうなる事やら……強盗が持ち出す拳銃が、ミサイルやビームを撃つ巨大兵器にグレードアップしてる世界という事になりますからのう。
ZAブングルやGUンダムXみたいな、荒野と荒くれ者の世界になりがちなのも仕方ないというか。
やっぱり平和が一番だ。




