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その年の夏は例年より早く過ぎ去り、秋が早めに訪れていた。
ルポレでもその涼しさに助けられ、その日は冷房を切っていたのだが。
「だから、部屋からヤツが出てすぐお前が抑えてれば勝ちだったじゃん」
「……そもそもお前がヤツを部屋から取り逃がさなきゃその時点で終わってたけどな」
涼しい筈の夜が来てから、カウンターに居座る二人のむさ苦しい男が暑苦しい議論を始めた為に、再びクーラーを動かさなければならなかった。
女主人は更にしまったばかりの扇風機を総動員する必要があると見て、ひっぱり出しに行ってしまった。
むさ苦しい男の片割れであるクロガネは大きく溜息を吐いた。
「だーかーらぁ。それはもう謝ったじゃん。それをお前、済んだことをネチネチネチネチグチグチグチグチとさあ。恥ずかしくないワケ? おまわりさんとしてさあ。それをお前、救援なんか呼んじゃったりして。この街の守り手としてさあ。ヒーローとしてさあ」
「………そもそもお前が。お前の手落ちで取り逃がした手柄をネチネチネチネチグチグチグチグチ言い出さなければこんな話はせずに済んだんだけどな」
もう片方のむさ苦しい男である武宮は、手に持ったグラスをぷるぷると震わせながら答えた。グラスのサイズは普通ながら彼の大きな手には小さく見える。
クロガネはわざとらしい溜息をもう一つ吐く。
「そもそもの話ってんならお前がこんなシケた話持ってこなけりゃあなー」
武宮の震えがピタリと止まり、グラスの中味を一気に干し、ゆっくりとテーブルに置いた。
武宮は暴力で物事を解決するのを好まない。彼が目標とする偉大なる先人達が結局は暴力で物事を解決してきたが、それは最後の手段であり、常に暴力には痛みや憎しみ、言葉に出来ないやるせなさなど様々な負の側面が伴い、更なる悲劇を生むリスクが常につきまとうことを再三に渡って警告していたからである。
かつて武宮は暴力での解決は愚かなことだとさえ考え唾棄すらしていた。それは人間の持つ、理性による問題解決の可能性の排除であると。
しかし今はそうではない。
時には暴力も必要悪として認めざるを得ぬ場合もあると実感している。
その大きな要因の一つがクロガネという男であり、今のこのような状況だった。
「あだだだだだだだだだあだだだだ」
武宮はその巨大な体躯に見合わぬ素早さで、クロガネの後ろ髪を掴み、テーブルに顔面を押さえつけた。
「クロガネ。お前はいいよな。なんでもかんでも人のせいにして」
「あだだだだ痛いいたい痛い。すみませんでした。言い過ぎました」
「ああ言えばこう言う。こうなれば口先だけで心にもない謝罪で言い抜ける」
「ちがいますちがいますほんとに。本当に申し訳ないと思っています。武宮さんが俺の為にもってきていただいた仕事、有難いお仕事にケチをつけてしまって」
「それならそれもいいだろう。だがなよっく覚えておくんだ。これがお前の人生の縮図だと言うことを」
そこに扇風機を抱えた女主人が戻って大声を張り上げる。
「ハイ! 双方そこまで」
むさ苦しい二人の男はその声を聞いた途端に直立不動の姿勢になった。
「今の。何?」
その場に扇風機を置いて、女主人がゆっくりと歩いてくる。
「ハ! 本日の反省会であります!」
武宮が直立不動で答える。
「実力を伴う反省会に見えたけど」
「ハ! 犯人逃亡の際の効率的な取り押さえ方について議論、シュミレートしておりました」
クロガネもまた一筋の冷や汗を流しつつ直立不動で答える。
「シュミレートじゃない!」
男二人が鋭い声にびくりと震えた。
「正しくはシミュレートよ。まあいいわ。二人ともここは長いしやっちゃいけないことの区別はついてるわよね?」
「「ハ!! お見苦しいものをお見せいたしました!!」」
「よろしい。今回は言い分を呑みます。ただし……」
「「ハ!! 肝に銘じます」」
「良かった。良い子にしてなきゃ駄目だゾ? 誤解を生むような紛らわしい行為も謹んでね?」
「「ハ!!!」」
二人の男は最敬礼の後、代金をテーブルに置き、脱兎の如く店を出た。店のルールを破ったものが如何様にして店からつまみ出されるか、これまでイヤという程見てきたからである。
そして、二人は店の前で、挨拶のようなそうでないような曖昧な言葉を交わして別れたのである。