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あの日の出来事を

 私とユウ君は小さい頃からつい最近まで、ほとんどをずっと一緒に過ごしていた。学校に通うのも、放課後や休日も時間が合えば会っていた。時には葉月も交えて。何より、中学生になってからはソフトテニス部に所属したユウ君を追っかけて自分もソフトテニス部に所属した。下手な私は、上手いユウ君によく教わっていた。この日もいつものように誘いに行った。


「ユウ君! 早く練習に行こうよ!」


「そんなに走らなくても、テニスコートは逃げないから大丈夫だよ」


 私は2人分のラケットを背負って、後ろからついてくるユウ君を急かした。早く練習がしたいわけではなく、ただユウ君と2人で過ごせるこの時間に浮足立っているだけだ。まるでデートのようなシチュエーションになるこの光景は、私のお気に入りの光景だ。


「あ……」


「どうしたの?」


 私は立ち止まり、道路を指差した。そこには道路の真ん中で怯えて動けずにいる子猫がいた。


「子猫? 迷子かな」


「そうかもね。あ、大変!」


 その猫に向かってトラックが突っ込みそうになる。視覚的にもトラックからは子猫は見えないし、子猫は恐怖で固まっている。


 しかし、位置的には確実にトラックに轢かれる位置にいた。


「葵!」


 私は考えるよりも先に体が動いていた。


――キキ―ッ! ドンッ!

 

 それと同時に響き渡るブレーキ音と鈍い音。気が付いたら私は子猫を抱きかかえ、道路脇に倒れていた。


 振り返るとそこには折れ曲がったテニスラケット。血を流し、横たわるユウ君らしき人。ぶつかった衝撃が強かったのか、酷い有様だった。周りでは色々な人が騒がしくしている。私にも話しかけている人がいるが、何を言っているのか分からなかった。


「ゆ、う、くん?」


 何が起きたのか分からない。私は子猫を抱いたまま、ユウ君に近付いた。救急車のサイレンが聞こえる。怒声なのか悲鳴なのか分からない声が聞こえる。徐々に暗くなり、雨も降り出し、雷鳴も聞こえる。


 子猫を下ろした私は、ユウ君の頭を持ち上げて泣いた。混乱した中でも、もう二度とユウ君に会うことは出来ないと、分かっていたのだった。


 気が付いたら私は病院のベッドにいて、淡々と日にちだけが過ぎ、お通夜も葬儀も終わった。正直何も覚えていない。覚えているのは、伯母さんが私とお母さんを責め立てる怒声だけだった。それほどのことをしたと、頭では分かっていても心は理解してくれなかった。


「あんたのせいで! 優月は、優月は死んだんだ! 返せ! この人殺し! お前は人間の皮を被った悪魔だ! お前だけは幸せになるな!」


 伯母さんの旦那さんであるおじさんがなだめても、収拾がつかない事態にもなった。本当に地獄絵図だった。


「あなたのせいで、私はこんなに辛いの!」


 どうしようもない感情を雪にぶつけるしかなかった。雪があそこにいなければ。雪を助けなければと嫌なことばかり考える。怒鳴りつけても雪は私のそばから離れることはなかった。雪もお母さんもずっと私の味方だった。


 だからこそ、自己嫌悪に陥った。自分を責め続けた。今でも私は自分のせいだと思っている。


 私はあの日から、笑うことをやめた。感情を表に出すこともやめた。それが私に出来る、唯一の償いだと思ったから。

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