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失くしもの

「さぁ! 白状してもらうぞ!」


 放課後、真っ先に私の机に葉月が近寄って来た。


「あんた、風間流星先輩とどういう仲なの?」


 教室の何人かは私たちの会話に耳を傾けている。盗み聞きしようとしているのは丸わかりだ。


「場所、変えよう」


 私は少し興奮状態の葉月を引っ張り、この学校の屋上に向かった。この学校の屋上は開放されており、生徒も自由に出入りできる。安全のため、しっかりと高い柵を設置している。


「さぁさぁ! 話せ!」


「少し落ち着いてよ」


「落ち着いていられるか! だって、あの風間流星先輩だよ? この学校で知らない人なんていないくらいの有名人! 成績優秀、スポーツ万能! 生徒会長! この学校にも推薦合格してるのよ!」


 ここの学校は、推薦で合格するのはほんの少し。それくらいすごいことなのだ。


「おまけにイケメン! 知らない人なんていないわよ!」


 葉月が興奮している理由はよく分かったが、あの人がそんなに有名だったなんて知らなかった。さすがユウ君と親友だけはある。


「あの先輩がそんなにすごい人だとは……」


「知らないの?」


「近いから」


 顔を近付けてくる葉月を制止し、とりあえず落ち着かせた。


「風間先輩には、入学式の日に会ったのよ。お墓参りに行ったら、そこに先輩がいた。聞いたら、どうやらユウ君と親友だったみたいなの」


「え……?」


 ユウ君の名前を出した途端、葉月の顔は曇った。さっきまでの雰囲気はない。


「ただそれだけよ。正直、私は関わりたくないの。これ以上、ユウ君の大切な人を傷つけたくない。向こうから関わってくるだけで特に深い仲ってわけでもないから」


「そう、なの……」


 さっきとは打って変わり、一気にシュンとしてしまった。まぁそうなるか。


 私は気分を変えるため、柵に近寄った。そこからはグラウンドが見渡せた。この時間帯はクラブをしている。野球部、サッカー部、陸上部……。色々なクラブが一生懸命活動をしている。この学校は勉強だけでなく、クラブ活動にも力を入れているから当たり前か。


「ん?」


 グラウンドの隅に、テニスコートがあるのだが、そこには人だかりができていた。


「ねぇ葉月」


「何?」


「風間先輩って、ソフトテニス部に入ってる?」


「えぇ、そうよ。なんでそれは知ってるのよ」


「いや、あれ見たら誰でも分かるでしょ」


 葉月を隣に呼び、テニスコートを指さした。なるほどと葉月も納得していた。


「あ! 私もこうしちゃいられない! そろそろクラブ始まるから行かないと」


「写真部兼新聞部だっけ?」


「そうよ。文化祭に向けての準備があるの。あんたもしっかり撮ってあげるから!」


 そう言って、葉月は慌ただしく走って行った。ちなみに、私は帰宅部だ。


「私も帰るかな」


 ふと制服のポケットを探ったとき、私はあることに気が付いた。


「生徒手帳がない……」


 いつも肌身離さず生徒手帳は持っていた。落とさないように気を付けていたのに。


「早く探さなきゃ」


 落としたのは多分先輩から逃げたときだろう。色々なところを通ったから探す範囲も広そうだ。

 私も葉月と同様、慌ただしく走って出て行った。



「どこにもない……」


 図書室を調べ、それに加えて通ったと思う道を調べたが、やはり見つからない。

 ただの生徒手帳ならばいいのだが、あれには大事なものを入れている。だからどうしても見つける必要があった。


「やっぱりない……」


 くまなく探したが、やはり見つからなかった。どこを通ったのか詳しく覚えていなかったから、学校内全てを探した。それでも見つからなかった。


「教室にあるかも」


 あと探していないといえば自分の教室だ。そこにあるに違いないと思い、私は自分の教室へと急いだ。

 教室に戻ると、中には誰1人としていなかった。静かな教室の中をくまなく探したが、ここにも私の生徒手帳は落ちていなかった。


「家に忘れたのかな? それとも、通学路に落としたんじゃ……」


 ここにあるはずだと期待していた反面、ショックは大きく、不安ばかりが募っていく。


「おい」


 ふと誰かの声が聞こえた。振り向くとそこには、1人の男の子が立っていた。


「これ、お前のだよな」


 そう言って彼が差し出したのは、紛れもなく私の生徒手帳だった。


「そうよ」


「俺の机のそばに落ちてた」


「ありがとう」


 私はそっと生徒手帳を受け取った。


「それと、誰のか確認するために中見たんだけど……」


「もしかして見たの?」


 すると彼は申し訳なさそうに頷いた。私はそっと中に挟んである写真を取り出した。それはユウ君の写っている写真だった。


「私にとってこの人は大切な人だった。でも、亡くなってしまった。だから、お守りとしてこれに挟んでいるの」


 私はそっと写真をしまった。ユウ君が中学2年生のときの写真。一番新しい写真だ。学ランを着て、無邪気に笑ってピースサインをしている。


「あ、ごめんなさい。急にこんな話をして」


「別にいい」


「そういえばあなたって、もしかして入学式のとき私にぶつかった人?」


 彼は驚いた顔をしたが、すぐに思い出した様子だった。


「あー、そうだな。俺は山辺陽人やまべはると。同じクラスだ。改めてよろしく、水野」


「生徒手帳で名前は確認済みか。まぁ改めて、私は水野葵。人と関わるのは苦手だけど、どうぞよろしく」


 初めてちゃんと顔を見たが、彼はすごくクールな顔立ちをしていた。切れ長の目が印象的な男の子だ。黙っていたら怖い印象を与えるが、話してみるとどこか言葉はぶっきらぼうだが、冷たい感じはしなかった。身長も170くらいかな。それにしても、同じクラスにこんなイケメンがいるなんて気が付かなかった。先輩の影響かもしれないが。でも、私の周りは美男美女が多くないだろうか。


「生徒手帳も見つかったし、そろそろ変えるわ」


「水野はクラブには入っていないのか?」


「勉強についていくので必死だし、興味もないの。あなたは?」


「一応ソフトテニス部に所属している。今日はテニスコートがうるさいし、集中もできないから帰らせてもらうけどな」


「そういえばうるさそうだったわね」


 屋上からもすごい人数を確認できた。あの状態では集中できないのも確かだろう。

 生徒手帳を今度は落とさないようにカバンにしまい、肩にかけた。


「それじゃあ、私はこれで。あ、そうだ」


 私は立ち止まって振り返った。


「どうした?」


「まぁ、聞くまでもないとは思うんだけど、一応聞いておくわ。山辺君は何か見える? 例えば血まみれの幽霊とか」


「変なこと聞くな。そんなものが見えるわけないだろ。霊感なんてないし、今までそんなもの見たことない。どうした? いきなりそんなこと聞いて」


「気にしないで」


「いや、気になるだろ」


「何でもない。まぁ私には関わらないほうがいいわ。山辺君のためにもね」


「あ、おい!」


 これ以上説明する気にもなれず、私は走って教室から逃げた。



「さすがにここまでは追って来ないわよね」


 周りを見渡しても山辺君の姿はない。今は運動部に所属していないが、足の速さには少し自信がある。


「遅かったな」


「え?」


 振り返るとそこには、なぜか山辺君の姿があった。


「帰るって言ってたから、ここに来るのは予想ついたが、俺より先に教室出た割には遅かったな」


 せっかく遠回りしてここまで来たのに……。


「ずっと無表情かと思ったが、驚いた表情――いや、嫌そうな顔もできるんだな」


 私はハッとして手で顔を触る。また、感情が表に出てしまったのだろうか。


「まぁ無表情なのも何か理由があるんだろ。まぁそれはともかく、さっきの幽霊のこと教えろよな。生徒手帳拾ってやったんだから」


「さっき初めて言葉を交わしたとは思えないほど馴れ馴れしいわね」


「悪かったな。まぁ帰りながら話そうや。俺もこれから帰るし」


「なんか嫌だ。ってか、しつこい」


「お前も初対面なのにズバズバ言うよな」


 お互い色々言い合いながらも、結局2人で帰ることになってしまった。この光景を葉月が見たらどう思うだろう。話したらうるさそうだし、絶対話さないでおこう。


「さて、本題に入ろうか。なんで幽霊とか聞いたんだ?」


「山辺君って意外としつこいのね」


「よく言われる。でも、俺は納得する答えが出るまで諦めないタイプだから」


 それ自分で言うかとは思ったが、何も言わないでおくことにした。


「中学1年生の頃、私は急にクラスの人から避けられるようになった。もともとクラスの人とはそこまで仲が良かったわけじゃないから、別に気にもとめていなかったの。でも、親友の葉月がクラスメイトにどうして避けるのか問い詰めたら、みんな口を揃えてこう言った。私を見たら血だらけの幽霊が見えるって。それも老若男女のね。基本男の人が多いみたい。でも、信じられないのよね。私はもちろん、親友の葉月でさえも見えないから」


 私が話している間、山辺君は真剣な表情で聞いていた。普通こんな話聞かされても信じないだろうに。私だって信じられていないのに。


「俺は例外か?」


「そうだと思う。葉月以外初めてだわ。見えない人。まぁ微妙に見える人もいるけど」


「それって?」


「多分知ってると思うけど、風間流星先輩よ」


「あの人とどういう関係? 今日の昼休み、俺たちの教室に来て水野のこと呼んでたけど」


 そりゃ不思議に思うよな。あんなイケメンと平凡な私では釣り合わない。


「あの人は私のいとこの親友だって。それで知り合った」


「ふーん」


 どうやら納得のいかない様子。だが、これ以上話したくはない。


「あ、俺こっちだわ」


「私と反対方向なのね」


「じゃあな。また明日」


「話しかけてこないでよ」


「へいへい」


 適当な返事をして山辺君は自転車にまたがり家へと帰って行った。


「ふー。多分もう関わることはないだろう」


 あまり人と関わりたくない。関われば色々な感情が芽生える。今日みたいなことにはなりたくない。


「マスク、つけたほうがいいのかな」


 初対面の人2人に、しかも1人は会って数時間も経たないうちに感情を読まれた。無表情を崩していないのに、どうして見破られたのかが不思議でたまらない。そんなに私は感情豊かじゃないはずなのに……。


「葉月も大変だろうな……」


 こんな分かりやすい私のそばにいる葉月の苦労は、多分計り知れないだろう。本当に葉月には迷惑かけるな。


「ごめんね、葉月」


 私は立ち止まり、学校の方向を見て葉月に一言謝った。

 綺麗な夕日が、寂しそうに私を照らしていた。

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