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帰り道

「どう? デート楽しめた?」


 花火が終わり、私たちは一旦合流することにした。合流した葉月の第一声がこれだった。もちろん、2人で話している山辺君には聞こえていない。


 山辺君を見る限り、多分鳥谷君に葉月と同じような質問をしているのだろう。どこか鳥谷君は慌てており、こちらの様子をうかがっている。会話が聞こえていないか気にしているのだろう。


「別に。そっちこそどうだったのよ。何か進展ないの?」


「べ、別にないわよ。ただ、花火見て終わりよ」


 何を思い出しているのか、葉月はほんのりと頬を赤く染めた。進展はなかったようだが、2人でデートできたことは嬉しかったようだ。楽しかったし、嬉しかった。言葉にしなくても、こんな乙女顔を見せられたら誰だって分かるだろう。迷子騒ぎで少し迷惑かけてしまったから、楽しんでくれた様子にホッとした。


「あ、私こっちだ」


「水野、俺が送って行く。空輝、お前は立花を送って行け」


「え? お、俺が?」


「そうだ。じゃあ、頼むぞ。水野、行くぞ」


「え? あ、うん」


 私は急に決められたことに従うことにした。せっかくだし、最後まで2人で過ごさせたいと思っていたのだろうな。


 2人だけで月明かりと街頭で照らされた道を歩く。さっきまで賑やかだった道は、家に向かって歩いているうちに、だんだんと静かになっていった。自分が鳴らす、下駄の音がハッキリと聞こえるほどに。


「それにしても、どうして急に私を送って行くって言い出したの?」


 特に話すこともなかったため、私を送ると言っていた理由を聞くことにした。そんなもの、聞くまでもないのだが、話題がないためにこんな話しか振ることができなかった。


「理由はやっぱり、あいつのためだよ。浴衣姿の立花と2人で花火。緊張しすぎて話もまともにできなかったって嘆いたからな。今日くらいあいつには頑張ってもらいたかったからな」


 ただの冷やかしで2人にしたのかと思ったが、ちゃんとした理由があったことに驚いた。そして、その顔は本当に友人を思っている顔だった。仲がいいとは思ったが、本当に友達思いなんだな。


「そう。鳥谷君はいい友達を持ったのね」


「そんなんじゃねぇよ、俺は」


 照れ隠しか、どこかぎこちない様子。これ以上からかうと後々大変そうだと悟り、これ以上褒めるのはやめた。


 それにしても、少し痛いな……。


 それからもずっと何気ない話をしていたのだが、歩く度に鼻緒が擦れて、足が痛い。慣れない浴衣ということもあり、歩くときに変な場所に力が入ってしまい、足も相当酷使してしまった。正直、歩くのも辛い。家まで距離はまだある。


「水野もそう思うだろ?」


「へ? あ、うん。そうだね」


「どうしたんだ?」


「何でもない」


 口数が少なくなり、相槌もおざなりになった私に不信感を抱いたのか、疑うような眼差しで私を見てくる。


「足、痛いんだろ。痛いのに我慢してまで歩くなよな。とりあえず、休憩するか」


 山辺君は明るいコンビニを指さしてそう言った。ここから家まではまだ距離がある。このまま歩くのはしんどいだろう。変に彼に心配をかけるわけにもいかず、私は山辺君の言う通りにすることにした。


 神社からそこまで距離が離れているわけでもないので、私と同じような浴衣姿の人もいるため、私だけが浮くわけではなかった。私は邪魔にならない場所でフェンスにもたれながら下駄を脱ぎ、足を動かして痛みを和らげていた。


 山辺君は私がいる場所を把握すると、一言言い残してそのままコンビニの中に入って行った。買う物があるらしく、何かあるなら買ってくると言ってくれたが、特に欲しい物があるわけでもないので断った。


 しばらくすると、山辺君がアイス2つ片手に戻って来た。私の前に来ると持っていたアイスを1つ差し出した。


「やるよ」


「え、でも……」


「いいから。俺だけ食うのもなんだし、休憩がてらにな」


「じゃあお金……」


「俺の奢りだ。気にすんな」


 山辺君は半ば強制的に私にアイスを渡してきた。ラムネ味の棒アイスはあっさりしていて、歩いて体にこもっていた熱を冷ましてくれた。食べいている間、私たちの間には沈黙が流れていたが、別に気まずくはなかった。


 チラッと横を見ると山辺君は美味しそうに私と同じアイスを頬張っていた。大人びいていると思っていたが、こういう姿を見ると普通の男子高校生なんだなと思ったのと同時に、ふとユウ君のことを思い出していた。最近は忙しく、思い出すこともあまりなかったのだが、ふとしたときにこうやって山辺君と重なる。


 そんなわけないし、山辺君に対して失礼だと思い直し、私はそのままアイスを食べ終えた。最後は思いを消すようにアイスを頬張ったため、頭がキーンとなってしまった。


「そろそろ動けるか?」


 アイスを食べ終えたタイミングで山辺君が声をかけてくれた。私はまだ口の中にアイスが残っていたため、その問いかけに頷くことしかできなかった。


 そんな様子に山辺君は小さく笑い、ゆっくりと歩き出した。私も下駄を履き直し、その後をゆっくりついて行く。休憩したおかげで足もだいぶ楽になった。相変わらず隣では歩幅を合わし、退屈しないようにずっと山辺君が話してくれていた。時折、足は大丈夫かと心配もしてくれた。


 気が付けばあっという間に家の前だった。休憩したからか、それとも山辺君が楽しい話をずっとしてくれていたからか、痛みを感じることなく家まで着くことができた。


「わざわざ家まで送ってくれてありがとう」


「お前は危なっかしいからな」


「失礼ね。じゃあ山辺君、気を付けて帰ってね」


「あ、水野」


「何?」


 家に入ろうとしていた私を呼び止め、カバンから何か出したかと思うと、そこにはさっき山辺君が射的で取った猫のぬいぐるみが握られていた。


「これ、お前にやるよ」


「え、でも、それは山辺君が取ったやつじゃない」


「俺がこんな可愛らしいもの似合うと思うか? なんか、雪に似てたしな」


 山辺君も同じように思っていたようだ。山辺君から受け取り、改めて見ると本物には敵わないが、それでもそっくりだった。ふわふわしていて、とても触り心地がいい。本物には敵わないけれど、とても可愛らしい。


「ありがとう。でも、私は何も返す物がないわ」


 射的で取れた物はキャラメルだけ。ぬいぐるみの対価としては不釣り合いだろう。


「その気持ちだけで嬉しいよ。というか、俺はお前のその姿だけで十分だ」


「ん? 何か言った?」


「別に。じゃあ俺は帰るな。今日はしっかり休め」


「うん。ありがとう。山辺君もね」


 私は山辺君が見えなくなるまで、白猫のぬいぐるみを抱いて玄関先で見送った。

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