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夏祭り

 慣れない浴衣。慣れない下駄。慣れない人混み。人を避けながらみんなに置いて行かれないように頑張って歩く。葉月と鳥谷君は私たちの前を楽しそうに歩いている。葉月は特に歩くことには苦戦はしていないようだ。人も上手く避けながら、鳥谷君と楽しげに会話もこなしている。


「お前は大変そうだな」


「うるさい」


「無理はするなよ」


 そんなことを言いつつも、私の歩幅に合わせてくれるし、たまに私がよろめくと、転けないように手をすぐに出してくれる。もちろん、よろめいた方向に手を出すだけで、触れてはこなかった。そこはしっかりしているよなと思いつつ、本当に転びそうになっても大丈夫だと安心できる。


「ねぇねぇ! これやろうよ!」


 急に葉月が振り返り、ある屋台を指差した。そこには射的と書かれていた。葉月がこれに興味を持つなんて意外だな。


「何か欲しい物でもあるの?」


「ううん。ただやりたいだけ」


 葉月はキラキラした顔で店主にお金を渡して弾をもらい、銃を構えた。その隣で鳥谷君も同じように構えた。景品は小さい物もあれば、大きい物もある。駄菓子はもちろん、シャボン玉やけん玉などのおもちゃ、動物のぬいぐるみ、フィギュアと種類豊富だ。


「よし!」


「立花さん、何狙うんですか?」


「んー、取れそうなやつ」


――パンッ!


 葉月は一体何を狙っているのだろうか。さっきから弾が全て外れ、別の場所に当たっている。結局、何も取れずに終わった。鳥谷君は当たりはするが、ゲットとまではいかなかった。


「なんか悔しいー」


「俺もですよ」


 2人は景品は何も取れなくても楽しそうだ。この2人の前だとしっかり素で楽しんでいる。信頼しているんだなと、どこか安堵する。


「水野はやらないのか?」


「特に欲しい物ないもの」


「もっと楽しめよ。せっかくの祭りなんだから。すみません、俺もお願いします」


「はいよ」


 山辺君は銃に球を詰めるとしっかりと銃を構えた。


――パンッ!


「え」


――パンッ、パンッ!


 山辺君は5発とも見事景品に当てた。獲得したのは4つのお菓子と1つの白猫のぬいぐるみ。


「おお。お前、そんな才能あったのか」


「意外ね。でも、白猫のぬいぐるみは似合わないわね」


「お前らは黙ってろ、これやるから」


 山辺君はお菓子を2人に渡す。鳥谷君はこれで何かに火がついたようで、もう一度射的に挑んでいる。葉月もそんな鳥谷君を見て、もう一度挑戦するようだ。


「お前もやってみろよ」


「私はいい」


「そんなこと言って、自信ないんだろ?」


「そんなことない。すみません、私もやります」


「はいよ」


 私も弾を受け取り、銃に弾を詰めて構える。射的なんて初めてだ。構え方も狙い方も分からない。それにどれを狙えば良いのか分からない。


 試しに1発打ってみるが、景品にかすりもせずに後ろの壁に当たった。これでは葉月のことを下手だと言えないな。


「銃はしっかり持てよ。これで打ってみろ」


 山辺君がしっかりと銃を固定してくれる。狙いはキャラメル。言われたままに打つとキャラメルに見事にヒットし、初めて景品をゲットできた。


「銃をしっかり安定させることがコツだよ。固定できてないと狙いが定まらなくて取れないからな」


「あ、ありがとう」


「ハル、俺も!」


「お前は自力でやれ。たまには良いとこ見せろよ」


「ちぇ」


 そう言いながらもしっかりと山辺君の技を盗んでいたようで、1つだけ景品を取ることができた。それはうさぎのぬいぐるみ。


「やった!」


 狙ったのかたまたまなのかは分からないが、取れて嬉しそうだ。私は残りの弾は全部外れた。葉月はラムネをゲットしていて嬉しそうだった。


 私も山辺君の手助けがあったとはいえ、初めて取った景品。どこにでも売っているようなキャラメルでも、夏祭りの射的でゲットした物はどこか特別に感じる。


「他も行こう!」


 射的を満喫した私たちは、そのまま他の屋台を回ることにした。金魚すくいにヨーヨー釣り、輪投げとかのゲームに、りんご飴に綿飴にたこ焼きにかき氷という食べ物も全て楽しんだ。遊ぶよりも食べることが多かった気がするが、それでも楽しかった。


 ゲーム系の屋台ではみんなで競ったり、協力プレーしたり。食べ物ではみんなで色々買ってシェアしたり。夏祭りはついつい浮かれてしまう。何でもないゲームでも食べ物でも、ここまで盛り上がれるのは夏祭りの醍醐味。


 浴衣を着るのも、人混みに紛れてまで夏祭りに来るのも、どこか億劫に感じていたが、今では来てよかったと思っている。久しぶりにこんなに楽しいと感じていた。楽しく感じるのも、嬉しく感じるのも、祭りの雰囲気がそうさせてくれているのか。


「何してんの! 葵、置いてくよ!」


「疲れたのか?」


「水野さん、大丈夫?」


 私が立ち止まって3人を見ていると、3人は振り返って私の名前を呼んでくれる。祭りの雰囲気だけじゃないのかもしれない。


「今行くよ」


 私はみんなに返事をして、みんなの元に足を進めた。

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