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変な感覚

「いやー、今日は楽しかったよ。急にお邪魔して悪かったね」


「いえ、大丈夫ですよ。楽しかったですし」


「こうやって1年と食べるのもいいな、風間」


「あ、あぁ。ありがとう、みんな」


「それに、こんな美人な後輩と一緒に食事だなんて、本当に光栄だよ。今度俺と2人でデート行かない?」


 東雲先輩は葉月の手を取って顔を近付ける。葉月はそんな先輩にニコッと優しく微笑み、手を振り払った。


「結構です」


「それは残念だ」


「ちょっと、東雲先輩。セクハラですよ?」


 鳥谷君はどこかもどかしそうに東雲先輩を見る。本当は2人を引き離してやりたいが、先輩である以上、下手に動けないといったところか。手が出そうなのを必死に堪えている様子が見て取れる。


「冗談だって。じゃあ俺たちはこれで。風間、行くか」


「あ、あぁ。じゃあまたね」


 2人はそのまま歩いて行ってしまった。2人は何かを話しているようだが、街の喧騒に掻き消され、会話の内容までは聞き取れなかった。


「じゃあ俺たちも帰るか。空輝、お前は立花を家まで送ってってやれ。俺は水野を送って帰るから」


「え、お、俺が?」


「嫌ならいいが?」


「だ、誰も嫌とは言ってないだろ。じゃあ、行きますか、立花さん」


「あー、そうね。じゃあお願いしようかしら。葵、またね」


「うん。葉月、今日はお疲れ」


「ありがとう」


 鳥谷君はどこかぎこちなく歩き出した。2人きりになるのはこれが初めてではないのだが、やはり憧れであり、好意を抱いている女の子のエスコートは緊張するものなのだろう。堂々としている葉月。間にもう1人いるのかと思うくらい距離を取る鳥谷君。これではどっちがエスコートしているのか分からない。すれ違う人ほとんどが葉月を見ているが、誰も鳥谷君のことは恋人とは思っていなさそうだな。


「俺らも行くか」


「そうね」


「なんだよ。俺だと不満か?」


「そう見える?」


「さぁな。自分に聞いてみろ」


 山辺君は意地悪な笑みを浮かべるとそのまま1人歩き始めた。こっちは緊張しているわけでも、おどおどしているわけでもない。私とはいえ、異性と2人で街中を歩くことに何も思わないのだろうか。まぁ周りから見ても私たちは恋人同士には到底見えないだろうな。


 私も山辺君の後を追いかけるように歩き出す。後ろをついていくのもなんか、ストーカーしている気分になるので、隣を歩くことにした。意識しているのか無意識なのか、歩調をしっかりと合わせてくれる。人にぶつからないようにしてくれたり、車道側を歩いてくれたり、しっかりエスコートしてくれる。こういう一面もあるのかと、新鮮な気持ちになる。


「水野って、風間先輩のことどう思ってるんだ?」


 今まで黙っていた山辺君が口を開いたと思ったら、なぜか風間先輩のことを聞いてきた。東雲先輩のことを聞いてくるならまだしも、どうして風間先輩のことなのだろうか。


「ただの先輩としか思ってないけれど」


「本当か?」


「なんでそんなこと聞くのよ」


「いや、別に。さっき風間先輩と楽しそうに話してたからさ」


「久しぶりにユウ君のこと話したから。ユウ君のこと知ってる、数少ない人だから」


「そうか」


 私がそう答えると、山辺君はどこかほっとしたような表情を浮かべていた。質問の意図も、そんな表情を浮かべる理由も分からなかった。


 私がじっと見つめていると、山辺君は口元を手で隠して顔を逸らした。顔が赤く見えるのは、日焼けのせいだろうか。


「逆に山辺君は、葉月のことどう思ってるの?」


「なんだよ、いきなり」


「なんとなく」


「ただの友達だ。でも、ああいうタイプは嫌いじゃないな。まぁ俺はあの2人を応援したいしな」


「そう。わざとらしく2人で帰らすようにも仕向けるのも応援なのかしら?」


「きっかけぐらいは作ってやらないとな」


「お節介な母親みたいね」


「友達思いって言ってくれよな」


「ウザがられても知らないから」


 そんな他愛のない話をしながら、私たちは並んで帰る。何も不思議じゃない光景。


 ただ、私はどうして山辺君にあんな質問をしたのか分からない。気が付いたら、口からそんな言葉が出ていた。山辺君の口から、「友達」だと言われて、安心している自分もいる。


 楽しそうに話す山辺君を見ていると、胸がキュッと締め付けられるような感覚になる。多分、仲良くなればなるほど、自分の過去を知られるのが怖くなってきているのだろう。だから心が苦しくなるんだ。どこか納得しない部分もあるけれど、そう思い込むことにした。


 変な感覚はここ最近、ずっと続いているのだ。

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