雑談とディナー
「おー、美味そうだな」
私たちの目の前に、それぞれの料理が並ぶ。私の目の前にはカルボナーラ。葉月はミートドリア。山辺君はチーズインハンバーグ。鳥谷君がおろしハンバーグ。そして、先輩たちはステーキを注文していた。男子はお肉か。仲良しだな。
「じゃあ食べるか。いただきます!」
東雲先輩の合図で、ご飯を食べることにした。
「ねぇ水野さん。気になってたんだけど、風間とはどういう繋がりで知り合ったの?」
ナイフで肉を切り分けながら、私に話しかける。視線はしっかりこっちを見ているのに、器用な人だななんて思ってしまった。
私はチラッと隣にいる風間先輩を見た。先輩は苦笑いをして、私からそっと視線を逸らした。何も東雲先輩には話していないのは明白だった。普通の人からしたらどうしてと思っても仕方ない。葉月ならともかく、私には変な噂がまとわりついている。文武両道の風間先輩。女子にも大変人気な人と私が、一緒にいるだけでも不思議に思うだろう。
「私のいとこと風間先輩が親友だったんです。それがきっかけです」
私は必要な情報だけを口にした。シンプルな回答。これ以上の言葉は必要ない。
「なるほどな。水野さんから見て、風間はどんな人だ?」
「おい、東雲」
「いいじゃん。ね、教えてよ」
「水野さん、別に答えなくていいからね」
2人の先輩の間に挟まれ、私は困惑してしまった。というよりも考えたことなどなかった。風間先輩は学校の先輩であり、私は後輩。そして、ユウ君のことを知っている。ただ、それだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
「風間は文武両道で女子にモテモテ。だけど案外女の子の扱いに慣れてない感じがしますけどね」
「あはは。立花さん、意外と言うね。当たってるけど」
この状況で口を開いたのは葉月だった。葉月はミートドリアを食べつつ、笑顔で答える。この笑顔は猫被ってる笑顔だ。
正直、葉月は東雲先輩のことをどう思っているかは分からない。今はまだ警戒して探りを入れている状態。信用できるのか信用できないのか。人を見る目は幼い頃からずっと養われているから葉月が認めれば安心できる証拠とも言える。
「ちなみに、君たち2人は?」
今度は男子2人に話しかける。これは完全に話が逸れたようで助かった。東雲先輩も無理に聞こうとはしてこない。ただ聞いてみたかっただけなのだろうな。ある意味好奇心旺盛だ。
「ごめんね。東雲はいつもあんな感じなんだ」
小声で風間先輩が謝ってきた。一緒にいて大変だろうな。
「気にしないでください。あ、そうだ。東雲先輩の下の名前ってなんですか?」
「ん? 東雲透だよ。透けるって書いて透。どうかした?」
「いえ、特に意味はないです」
「ちなみに俺のことはどう思ってんの? あ、立花さんの意見も聞きたい」
「あまり知らないのに答えられないですよ」
愛想笑いをしながら、受け流す。東雲先輩は1人、後輩3人に絡みまくっている。私と風間先輩はそっちのけだが、すぐ隣にいる風間先輩と多少なりとも会話はできた。
「なんか、急に参加することになってごめんね。今さらだけなんだけど」
「気にしてないですよ。こうしてたまには話すのもいいかと思ってましたし」
「そ、そうか」
カルボナーラをフォークに巻き付け、口に運ぶ。1人で食べる食事よりも、断然美味しいが、会話がなかなか続かない。こういったときどんな会話をすればいいのか分からない。みんながいるからいいが、もし2人きりだったら耐えられなかっただろうな。
「そういえば、今日の試合はどうだった?」
「え? あ、とてもすごいなって思いました。迫力もあって、駆け引きも上手かったです。ただ、どこか物足りなさそうにしている場面もありました。心から楽しんでいる、そういった風には見えない場面もありました」
風間先輩はどこか驚いたような顔をしたが、やっぱりかという表情になった。やはり自覚はあった上で他人からどう見えているのか気になったのだろう。
「ずっと優月を相手にしてきたからな。水野さんも知ってるだろうけど、あいつはすごく上手かったんだ。力は俺よりはないかもしれないが、頭脳はあいつの方が上だった。俺の弱点もすぐ見抜いた。駆け引きも上手くて、何度もあいつの戦略には騙された。テニスは、スポーツは、体力だけじゃないんだなって痛感したよ」
ユウ君のことを話す風間先輩は、とても饒舌だった。嫌味ではなく、純粋に尊敬している人の言葉だった。いつかああなりたい。いつか超えたい。そんな思いがひしひしと伝わってくる。
「風間先輩の言っていることは分かります。いつでも頭使って、本当は強いくせに私が拗ねないように手加減して、負けてくれることもありましたよ。それも、分かりやすくじゃなくて、手の込んだ負け方を。幼い私はいつもそれに騙されていましたが、ユウ君なりの優しさだったんだって、今なら分かります」
「あいつはそういう奴だよ。本当に非の打ち所がない。その分、努力しているのも知ってるけどな」
「才能をひけらかすこともなかったですしね。本当に能ある鷹は爪を隠すでした」
「小さい頃は優月と何してたの?」
「女の子の遊びに付き合わせていただけですよ」
さっきまで沈黙だったのに、今は料理を食べる手を止めてユウ君の話に花を咲かせた。あんなに話すことを躊躇っていたのに、同じように尊敬し、小さい頃のことを知っているからこそできる。いつも助けられていたばかりなのに、また助けられた。やはり、私たちの中では偉大な存在なのだろうな。
隣にいた葉月も、東雲先輩に絡まれてそれどころじゃない男子2人も気付いていなかった。ただ1人、私と顔を合わせて話していた風間先輩だけが気付いた。私がユウ君のことを話す度に、笑顔になっていることに。




