心境の変化 陽人side
長い休載をしてしまい、申し訳ありませんでした。また今週から連載を開催するので、今後ともよろしくお願いいたします。
「水野にしては珍しいな」
2人が水を取りに行ったのを見計らって、水野に話しかけた。いつも通りの真顔で、水を一口飲んだ。
「別に。ただの気まぐれ。それに、いつまでも逃げ続けるわけにはいかないでしょ」
俺に対してもまだどこか冷たく感じるときはあるが、前よりは柔らかくなった。喋り方も雰囲気も、本人は無意識かもしれないが、それでも俺からしたら喜ばしい変化だった。
「まぁ葵がいいなら私は何も言わないわよ。あの2人が何もしなければ手だって出さないし」
「お前は自重しろ」
「え、手ってどういうことですか?」
「何でもないわよ」
立花は空輝にニコッと軽く微笑んだ。ただそれだけなのに、俺の親友はすぐに顔を赤くする。男に対しては社交的なのに、女子。特に立花みたいに憧れが強い場合、急に消極的になる。もっと自信持てばいいのになとずっと思っている。
「でも、あの人案外積極的ね。えーっと、東雲って言ってたっけ? ねぇ鳥谷君、東雲先輩ってどんな人なの?」
「は、はい! えっと、東雲先輩は風間先輩と同様に文武両道で知られています。女生徒からの人気も高いです。特に風間先輩とは気が合うようで、よく一緒にいますね。特にテニスに関してはペアを組めば最強ですよ。今回の試合で見たと思いますが」
「へぇなるほどね。風間にばかり気を取られてそっちの情報は全然だったわ。ありがとう、鳥谷君」
「い、いえ!」
顔を赤くして下を向く。乙女かと言いたいがここはグッと堪える。
「まぁ風間先輩のほうが目立っているから霞むのも仕方ないな。学校で人気投票したら確実に1位取るだろうしな」
ミスターコンだろうと学校での人気投票でも確実に1位を取る。勉強でもスポーツでも1位を取るだろうな。風間先輩の右に出る者はいないだろうな。
「まぁ風間先輩と対等にやり合えるのは、この世界には1人しかいないだろうね」
「そうだろうな」
さっきまでずっと黙っていた水野が口を開く。俺は水野の言葉で、ある人を思い出していた。それと同時に、自然と口から共感する言葉が漏れていた。
ふと見た水野の顔は、どこか悲しげだったが、それに加えてどこか誇らしげでもあった。本当は言いたいのだろう。色河さんのことを。憧れの人や好きな人のことを、誰かに伝えたくなるのは自然なことだ。もしも色河さんが生きていたのなら、水野は今も笑って、たくさん話してくれたのだろうか。そんな顔を見たいと思う自分がいた。
だが、それと同時に色河さんのことを笑顔で話す水野の顔は見たくない。そう思ってしまう自分もいたのだった。この矛盾に疑問を抱きつつも、気にしないことにした。
「1人? 風間先輩と肩を並べられる人がいるのか?」
「ええ。いたわ。彼も文武両道で女子からもモテてたわ。そして、テニスの実力もあった。本当に、風間先輩と対等に渡り合える人だと思ってる」
「そんな人がいたのか。その人は素敵な人だったんだろうな」
「本当に素敵な人だったわ」
空輝は水野の言葉で何かを察しているようだった。深く聞くことはなかったが、水野はどこか嬉しげな表情だった。
「素敵な人」と言われたことが、嬉しかったのだろうな。大切な人が褒められることは、自分のことのように嬉しいのだろうな。
「あ、そろそろ戻って来るかな。とりあえず、いつも通りでいいから」
水野は戻って来る東雲先輩を見ると、またいつもの壁のある表情に戻る。意識しているのだとしたら、相当な演技派だな。女優も顔負けの演技だ。
俺もこれからの交流に集中することにした。水野が先輩たちに探りを入れるように、俺も水野のことを少しでも知りたい。あいつの心を、過去を知る手がかりが見つかるのではないかと思った。
「お待たせ。もうすぐあいつも来るからさ、みんなで楽しもうな」
ニコッと俺たちに笑いかける東雲先輩。どんなときでも、東雲先輩は笑顔を絶やさない。だからこそ、一体何を考えているのか分からない。水野のことと、東雲先輩のことを知る良い機会だ。
風間先輩が戻って来るのも見えた。全員が本心で語り合うとは思っていないが、これは願ってもいないチャンスだ。ここで何かを手に入れられることを願おう。




