優勝者は
「それでは、これから表彰式を行いたいと思います」
長い試合もようやく終わりを迎え、表彰式を迎えた。時刻はすでに6時を回っていて、朝に比べ学校の数もかなり減っている。残っているのは表彰される学校と、決勝が気になり残っていた学校くらいだ。
私は観客席からその様子を1人で見ていた。葉月は一応写真部なので、表彰の写真を撮りに行った。さすがに私が行くと浮いてしまうので、観客席に残って遠くから見守ることにした。声はしっかりマイクを通して聞こえるので、全く問題はないのだ。
「そして、第1位は……碧海高校。代表者は前へ」
私たちの高校が呼ばれ、代表として風間先輩が前に出る。この試合の主催者からトロフィーを受け取っている。周りからは拍手が送られ、私も遠くからだがおめでとうとお疲れ様の意味を込めて手を叩いた。
「まぁそうだよね。ユウ君のライバルだものね」
主催者の労いと祝福の言葉を聞きながら、私はトロフィーを持っている風間先輩を見た。何試合か試合は見たが、やっぱりフォームはユウ君そっくりだった。何より、強い相手とする試合のときに見せるあの顔。楽しくて楽しくて仕方ないという顔は、まるで新しいおもちゃをもらった子供のようだった。
『葵! 次の試合の相手、すごい強いらしいんだ。そんな相手とできるってすごく楽しそうじゃない?』
ふと昔の記憶が蘇る。いつもユウ君は優しい笑顔を私には向けてくれていた。でも、大好きなテニスのことになると、目を輝かせて色々なことを自慢気に話してくれた。あのキラキラした顔も見るのも楽しみの1つだった。
「葵、お待たせ」
昔の思い出にふけっていると、いつの間にか隣には葉月が立っていた。どうやら色々と思い出しているうちに、表彰式も閉会式も終わっていたようだ。選手たちは各々帰る支度を始めていた。
「お疲れ様。大変だったでしょ」
私は暑い中1日中仕事を頑張っていた葉月に労いの言葉をかけた。髪は少し乱れ、額には汗。そして制服も砂を被ってしまったのか、少し汚れているように見えた。
「これくらい平気よ。ベストショット撮れたことに私は満足なんだから。まぁ私よりも、選手のみんながすごいわ。暑い中、体力が削られていく中、最後の最後まで実力を出し切ったんだから」
葉月はコートに目をやる。ついさっきまで熱い試合が繰り広げられていたコートは、選手たちにより綺麗に整備されていく。その様子を見て、本当に終わったんだと思うと同時に、どこか寂しさを覚えた。
「お前ら帰らないのか」
2人でコートを眺めていると声をかけられた。そこには荷物を持った山辺君と鳥谷君の姿があった。
「帰るわよ。それより、2人ともお疲れ。表彰は逃したけど」
「うるせーよ。まぁ俺としては、先輩たちに花を持たせられて満足だけどな」
「強がり」
「ほっとけ」
相変わらずこの2人は口数が減らない。見慣れた光景だが、どこか安心する光景でもある。
「本当に君たちは賑やかだね」
また新しい人が声をかけてくる。もう顔を見なくても誰が声をかけてきたか分かる。
「東雲先輩、お疲れ様です」
鳥谷君が軽く頭を下げる。男子2人はともかく、私と葉月は今日がほぼ初対面みたいなものだ。また変な先輩に目を付けられたかもしれない。
「おい、東雲。1年を困らすな」
やっぱり来たかと思いつつ、はぁと小さくため息をつく。またまた現れたのは、手にトロフィーを持った風間先輩。あまり関わりたくないのが正直なところ。
まぁでも、今日くらいはいいかな。良い試合見せてくれたし、何より先輩たちは……。
「風間先輩、試合お疲れ様でした。優勝、おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
風間先輩は照れ臭そうに顔を逸らした。顔が赤いのはずっと炎天下の中で試合をしたからだろうか。水分取って体冷やして、しっかり休んでもらいたいところだ。
「え? 水野さん、俺は?」
「東雲。先生が呼んでるから行くぞ」
「ちょ、風間! 俺はまだ水野さんと……」
「いいから行くぞ」
風間先輩は半ば強引に東雲先輩を連れて行った。本当に忙しい人だな。
「じゃあそろそろ俺たちも帰るか」
「そうね。葵、私たちも帰ろ」
「うん」
私はもう一度最後にコートを見る。見るのさえ嫌だったテニスコートを離れるのが、こんなにも惜しく感じるなんてな。




