お墓参り
チューリップとお墓を洗うための桶と柄杓を持ってお墓に向かった。
「あれ? 誰だろう……」
ユウ君のお墓の前に、誰かいるのが見えた。よくユウ君のお母さん。つまり、叔母さんが来ることは度々あるが、見るからにして男の人だった。学ランを着ているように見える。
声をかけようとしたのだが、その人の頬を一筋の涙が流れていた。声も出さずに、ただ涙だけが頬を伝っていた。
「――ッ!」
男の人は私に気付くと、慌てて服の袖で涙を拭った。
「あ、あの、すみません。声をかけようとしたのですが、えっと、あの……」
なんか、気まずい場面を目撃してしまったため、なんと言えばいいのか分からなかった。それに私は男の人と話すのは苦手であたふたしてしまった。
「君は誰?」
ふと相手が私に声をかけてきた。その声で私は何とか落ち着きを取り戻した。
「私は水野葵です」
「その制服、碧海高校の子?」
「はい。今日は入学式でした」
「新入生か……。俺は風間流星。俺も碧海高校だ。俺は3年生だけど」
私の先輩になる人か。それにしても、横顔だけでよく見えなかったが、正面から見るとすごくイケメンだ。優しい瞳にスッと伸びた鼻。髪は染めているのか、茶髪だったがとても綺麗で風が吹く度なびいていた。
私は先輩の顔に見覚えがあった。この人は確か生徒会長の人だ。あまり人の顔を覚えるのは苦手だが、茶色い髪がとても印象的だったからか覚えていた。まぁ葉月のせいもあるかもしれないが。
顔も良く、スタイルも良いこんな男の人を目の前にしたら、普通の女子ならばときめいているだろう。しかし、私はそうはいかない。あいにく私はそのような感情はとうの昔に忘れてしまったのだ。
「そうですか。あの、ユウ君……いえ、色河優月とはどのような関係ですか?」
「俺と優月は小さい頃からの親友だったんだ。逆に君……いや、水野さんは優月とはどういう関係なの?」
「私は色河優月のいとこです。私のいとこです。私の父の妹の息子なので。家も近いので、小さい頃からよく一緒に遊んでいました。歳は2つしか変わりませんが、すごく優しい兄みたいな存在でした」
ここまで言ってハッと我に返る。初対面の相手に何を言っているのだろうか。ただいとこであると伝えるだけでいいのに……。
「そっか。ならあいつとは家族なんだね」
「まぁそうなりますね。あの、先輩」
「先輩か。そういや俺の後輩になるんだよね。変な感じだな。こんな可愛い子に先輩って呼ばれるなんて」
「え?」
私の聞き間違いだろうか。今、可愛いと聞こえた気がする……。
「優月が羨ましいよ。こんな可愛い子がいとこで、しかも一緒に遊んでだなんて。俺にはそんなこと一言も言ってくれなかったのに」
これは聞き間違いではなかった。確かに先輩は私のことを可愛いと言った。
「あの、私別に可愛くありませんよ? 今度親友の葉月を……」
葉月の名前を出して気が付いた。私はもう一度先輩を見た。
「ん? どうかした?」
「あの、変なことを聞くかもしれませんが、先輩は私が怖くないのですか?」
「怖いって?」
「血だらけの幽霊、見えませんか?」
先輩は私の顔を見てきょとんとした。私たちの間に変な沈黙が流れた。
「水野さんって、見かけによらず面白いことを言う人だね」
そう言って今度は笑い始めた。さっきまでの涙はどこにいったのかと、聞きたくなるほど明るい笑顔だった。
「俺に霊感なんてないよ。今まで幽霊とかなんて見たことはないし。今見えているのは水野さんの可愛い顔だけだよ」
「先輩って見たままですね。チャラいといか、女慣れしているというか……」
「初対面の相手でもズバズバ言うね。言っておくけど、俺はそんなんじゃないよ。素直なだけだし、この髪も生まれつき。俺はただ水野さんと仲良くなりたくて……わっ!」
先輩が私に近付いた瞬間、急に驚いた顔を出して後ろに下がった。
「い、いや、今血だらけの幽霊が見えたような……。いや気のせいだ。さっき水野さんが幽霊とか言うからそんなものが……」
「人のせいにしないでください」
「本当に可愛い顔してズバズバ言うね。なんか冷たく感じる」
「一言……いや、全てが余計です。先輩、お墓参りに来たんですよね?なら掃除手伝ってください」
私は先輩に半ば強引に桶と柄杓を手渡した。
「人使いが荒い……」
「何か言いました?」
「いえ、何も」
先輩は何事もなかったかのように、掃除を始めてくれた。なんだかんだ言ってしっかりと手伝ってくれている。私も先輩と同じように掃除を開始した。